行った日:2015.1.4
目的地:岩殿観音、物見山、大蔵神社(大蔵館跡)、埼玉県立嵐山史跡の博物館
コース:東武東上線高坂駅=バス=大東文化大学前(8:45)~岩殿観音正法寺(8:50)~物見山(9:20)~市民の森~地球観測センター前~道迷い~笛吹峠・鎌倉海道上道(10:40)~大蔵神社・大蔵館跡(11:10)~ラーメン屋~埼玉県立嵐山史跡の博物館(12:10)~菅谷館跡~東武東上線嵐山駅(14;15)


HP「山登りに行きたい」のHIDEJIさんの記事で、埼玉県立嵐山史跡の博物館で、「企画展 道灌の時代 戦国時代は関東からはじまった」が催されている事を知った。
これは、行かねばなるまい。期間は~2/22まで。お正月は1/4からとの事。

これに引っ掛けて、少し長めの散歩とし、未見の史跡を訪ねる事にした。


東武東上線高坂駅から鳩山ニュータウン行きのバスに乗った。大東文化大学前で降りたのは俺だけ。

少し進むと岩殿観音の案内があり、トンネルをくぐると寺域だった。


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岩殿観音正法寺観音堂。



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超古刹である。


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崖に集まる石仏群。


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イチョウの巨木。


高台にあり、参道下には長い門前の町が見下ろせた。

さて、物見山に向かおう。
物見山は、道を戻って、すぐの所にあった。ツツジ山である。ツツジの季節にもう一度来たいものである。


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物見山山頂から日光連山が見えた。写真を拡大して見たら、女峰、男体の他に、小真名子や山王帽子などが確認できた。白い所は松木山か?


物見山は坂上田村麻呂の物語が伝わる所。標高のわりには、確かに展望が良い所であった。


さて、お次は笛吹峠に向かおう。
昭文社の「秩父・奥武蔵」を持って来たが、どうも道が判りづらい。
「市民の森」なる森の道に入った。ここは広く、複雑地形であった。取り敢えず本道と思われる道を進んだ。途中、ウォーキングのオッサンに道を尋ねた所、この道で良いとの事。

T字路を右に曲がり、「地球観測センター」なる秘密基地みたいな所に沿って歩いた。
途中、右に怪しげな道を分ける。道標も無いため、左の太めの道を行く。


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秘密基地を離れて、太めの道を選択。

根曲がり竹繁茂の道が突然開け、左手に池が現れた。昭文社の地図を見て、こりゃ道を間違えたワイと思う。

散歩中のオジサンに出くわし道を聞く。
ああっやっぱり。

かなりの迂回であった。広い県道?に突き当り、右折。峠のような所から左に怪しげな道に入った。「良品計画」なる企業の敷地に沿って道が続く。何本か分岐が現れたが、真っ直ぐ目を選択。全くの森の中である。不安感にかられる。


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ああっ笛吹峠だぁ~!ヒトケの全く無い森からの脱出だった。


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笛吹峠は鎌倉街道上ツ道にある。中道、下道とあるが、最も利用頻度が高かったのが、上ツ道と言われている。戦争もこの道沿いでたくさん起こっている。足利氏と新田氏の戦いもその一つだろう。


お次は、大蔵神社である。ここからは鎌倉街道上ツ道を一本道(友部正人ではない)である。


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おおっ、大蔵神社だぁ!


大蔵神社は、源義賢館跡と伝わる。
源義賢。帯刀先生、多胡先生(群馬県吉井町、多胡荘を領有)とも称する。源頼朝の叔父。
河越氏の祖である秩父重隆の養子となり勢力の拡大を図る。

これに不満をもったのが、
源義朝(源義賢の兄)と秩父重弘(秩父重隆の兄)である。

秩父氏は平良文の子孫であるからして、源氏、平氏入り乱れての争いとなった。

ついに大蔵合戦が勃発し、源義賢は敗れた。

源義朝は在地していなかったので、抜けた義賢の跡を埋めたのは秩父平氏だったのだろうか?結果、埼玉県域から源氏勢力の影は薄れ、中世全体を通して平氏系武士団の色が濃くなっていったような感じを受けるのだが?。
なお、大蔵合戦において源義賢の子供のうち次男駒王丸は木曾に逃れ、後の木曾義仲となるのである。

以上、?以外はすべて「中世武蔵武士人物列伝」の請け売りでした。


お次は鎌形八幡神社と思っていたが、道迷いがあり、時間が過ぎている。腹も減った。菅谷館に向かおう。

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菅谷館への道も一本道。


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都幾川河畔。のどかですなぁ。奥に笠山。右に大平山。良く見ると小倉城のある小山を発見。


で、菅谷館直前のラーメン屋で腹ごしらえ。

そして、お目当ての菅谷館跡にある埼玉県立嵐山史跡の博物館に入場。入場料は100円。ちなみに、菅谷館跡の見学だけの場合は無料です。


「企画展 道灌の時代 戦国時代は武蔵から始まった」の一色に染まった館内であった。その分、常設展示が殆ど影をひそめ、ちょっと残念。

鎌倉公方、古河公方。山内上杉、扇谷上杉、犬懸上杉。長尾景春、太田道灌。といったモロモロの入り乱れた様相と文書が展示されていた。やっぱり難しいねぇ~。
幸い、パンフレットに要所のエポックが簡潔に説明されていた。何度も読んでツルツルの脳のシワに染み込ませなくては!


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企画展の写真撮影は禁止。常設展示は可との事。この地域の城密度はすごいよなぁ~。

中でもお勧めは杉山城です。山城の小倉城と青山城の間に細い山道があるので、歩き派にはこちらもお勧めです(ただし、多少の道迷いにクジケナイ方のみ)。


博物館を出て、菅谷館跡を徘徊。


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やっぱ、すごいワ。


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本郭跡。この先に博物館がある。



さあ、寒くなる前に帰りましょう。