行った日:2014.12.7
目的地:金鑚神社、御嶽山城、安保氏館跡
コース:JR八高線丹荘駅(8:10)~金鑚大師大光普照寺(9;15)~(9:30)金鑚神社(10:00)~御嶽山(10:20)~安保氏館跡(13:00)~阿保神社~JR丹荘駅(13:30)
目的地:金鑚神社、御嶽山城、安保氏館跡
コース:JR八高線丹荘駅(8:10)~金鑚大師大光普照寺(9;15)~(9:30)金鑚神社(10:00)~御嶽山(10:20)~安保氏館跡(13:00)~阿保神社~JR丹荘駅(13:30)
武蔵七党丹党の安保氏の本貫地、神川町を訪れた。
羽生から秩父鉄道で寄居まで行き、JR八高線に乗り換え、無人の丹荘駅で降りた。

JR丹荘駅。
丹荘駅・・・。なんと中世的な響きなのだろう。そう感じるのは俺だけではなかろう(ただの勘違いか?)。
晴れてはいるが寒い。車道を延々と歩いた。前方に山並みが見えるが、どの山が御嶽山なのかは判らない。取り敢えずここは平地である。
県立青年の家を横目に緩い坂を上がると、

金鑚大師普照寺に着いた。
この寺は飛鳥時代に開創と伝えられる超古刹。寺域も広い。寺の中を歩きまわってしまった。
この寺の直ぐ先に金鑚神社の大鳥居があった。
まずは、多宝塔に向かおう。

おおっ、まだ残っておったか!

多宝塔(重文)。安保弾正による寄進と伝わる。

そして、金鑚神社。武蔵国二宮。

金鑚神社拝殿。御嶽山が御神体の為本殿をもたないという。
金鑚神社の奥に御嶽山への道が続いていた。膨大な句碑が並ぶ山道(階段)だった。
天然記念物鏡岩は整備中との事で、シートに覆われていた。
ほどなく、尾根に出て、右に行くと、
天然記念物鏡岩は整備中との事で、シートに覆われていた。
ほどなく、尾根に出て、右に行くと、

御嶽山山頂、御嶽山城本郭跡に着いた。
現在、展望は宜しく無い。また、城址の雰囲気も感じられない所であった。
早々に下り、弁慶穴を見学し、岩山展望所→に向かった。

岩山展望所。狼煙台とも護摩壇跡ともいわれている。

岩山展望所から、右赤城山、左榛名山。誰かが、「県庁が見える」と叫んでおりました。

岩山展望所から神流川上流方向を望む。
御嶽山城は、1337年長井氏の築城と言われるが、1480年阿保氏が居城していた記録が残る。その後、再び長井氏が在城。この間、甲斐武田、小田原北条との激しい城の争奪戦が繰り広げられた。あまり有名ではないが、一時的ではあるが埼玉県内で唯一武田氏の支配領域になった事もある。
などと、「埼玉の城址30選」の請け売りで、シッタカをするのであった。
さて、山を下ろう。後で気が付いたのだが、城跡らしい所が違うコースであったようだ。ムムムッ、無念である。

金鑚神社に戻る。
そして、金鑚大師の鐘の脇から山の尾根を伝わって青年の家に下った。ここから車道歩きである。途中で「戸隠そば」を見つけて、大もりを食う。ううっ、ウマい。
八高線の踏み切を渡って、神川町元阿保の安保氏館跡にヤマ勘で向かった。

安保氏館跡。めずらしくも、勘が当たって、すぐに見つかった。
残念ながら、安保氏館跡は、その目印があるだけで、全く面影の無い所であった。

安保氏館跡のすぐ先にある阿保神社。

阿保神社の巨木。

阿保神社の裏手より。
安保氏の本拠地は、もっと山よりにあるのかと思っていたが、平野の真っただ中にあった。
取り敢えず満足して丹荘駅に戻る。
寄居の駅で乗り継ぎ待ちをしていたら、

なつかしい、東武鉄道の車両が引き込み線に入っていた。小学生の時以来か!
もしかして、本日の最大の収穫は、この一枚だったりして・・・。
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