山行日:2011.11.26
目的地:湯沢源流、裏縦走路、表縦走路
コース:佐中手前の谷コース駐車地(7:10)~佐中最奥民家(7:20)~不動の滝~抱き返し滝(8:20)~釜沢越え分岐(9:30)~湯沢源流から枝沢へ(9:30)~裏縦走路・篭岩山北方(9:40)~道迷い~536m峰(11:00)~表縦走路小草越え西方(11:40)~(12:00)覗き岩(12:40)~鷹取岩(12:50)~釜沢越え(13:30)~車道(14:00)~佐中駐車地(14:30)
目的地:湯沢源流、裏縦走路、表縦走路
コース:佐中手前の谷コース駐車地(7:10)~佐中最奥民家(7:20)~不動の滝~抱き返し滝(8:20)~釜沢越え分岐(9:30)~湯沢源流から枝沢へ(9:30)~裏縦走路・篭岩山北方(9:40)~道迷い~536m峰(11:00)~表縦走路小草越え西方(11:40)~(12:00)覗き岩(12:40)~鷹取岩(12:50)~釜沢越え(13:30)~車道(14:00)~佐中駐車地(14:30)
昨年の徒然草子さんやyamasanpoさんの奥久慈紀行を見て、むしょうに奥久慈の紅葉を見たくなった。今年は絶対に行こうと、堅く決意したのであった。
そんな折、徒然草子さんとの同道が決まり、期待はさらに膨らんだ。所が、徒然さんは所用発生の事態となり、単独での行動となった。
コースは、徒然さんにお任せだったので、あらためてコースを検討した。結果、湯沢源流から裏縦走路・表縦走路を繋ぐコースとした。
そんな折、徒然草子さんとの同道が決まり、期待はさらに膨らんだ。所が、徒然さんは所用発生の事態となり、単独での行動となった。
コースは、徒然さんにお任せだったので、あらためてコースを検討した。結果、湯沢源流から裏縦走路・表縦走路を繋ぐコースとした。
徒然草子さんからコース上の注意点・ポイントなどのレクチャーを受けた。ところが、徒然さんの説明がピンと来なかった。後から判ったことだが、おいらは大いなる地図読みの過ちを犯していたのだ。おいらは、篭岩と釜沢越えが尾根で繋がっていると思っていたのだ。即ち、湯沢源流は抱き返しの滝のすぐ上で終わりだと思っていたのだ。
徒然さんは、おいらの生返事が心配になったのか、あらためて電話をかけてくれ、再度説明してくれた。
電話を切り、もう一度地図を見直した。錯覚が発覚した。危ないところであった。
徒然さんは、おいらの生返事が心配になったのか、あらためて電話をかけてくれ、再度説明してくれた。
電話を切り、もう一度地図を見直した。錯覚が発覚した。危ないところであった。

早朝、つつじヶ丘より奥久慈男体山を眺める。
佐中の最奥民家まで車で入ろうとしたが、通行止めであった。なにか宗教施設の感じがする階段の下の広場に車を停めた。湯沢の細い流れに沿って、細い舗装道を進んだ。脇の田圃には薄氷が張っていた。
佐中最奥民家までは10分ほどで着いた。民家脇から湯沢に沿った山道に入った。直ぐに峡谷となり、不動滝が現れた。
この先、道らしい道は無くなる。大岩がゴロゴロした谷底を登る。たまに岩にペンキが塗られたりしている。ピンクリボンが現れた。リボンに導かれ左岸を小さく高巻くが、細い木の倒木が多く歩きずらい。その内、高巻き道は右側の沢に入った。左側の谷の方が大きい。高巻道なのか、別コースなのか不安になる。やがて「篭岩→」の標識が現れる。やっぱりな。などと思い、来た道を引き返す(コースミス①)。
佐中最奥民家までは10分ほどで着いた。民家脇から湯沢に沿った山道に入った。直ぐに峡谷となり、不動滝が現れた。
この先、道らしい道は無くなる。大岩がゴロゴロした谷底を登る。たまに岩にペンキが塗られたりしている。ピンクリボンが現れた。リボンに導かれ左岸を小さく高巻くが、細い木の倒木が多く歩きずらい。その内、高巻き道は右側の沢に入った。左側の谷の方が大きい。高巻道なのか、別コースなのか不安になる。やがて「篭岩→」の標識が現れる。やっぱりな。などと思い、来た道を引き返す(コースミス①)。

急な谷を適当に登るが、細い木の倒木、流木が多く歩き難い。

紅葉はいい感じだ。

やがて、抱き返しの滝に着いた。

抱き返しの滝の脇には、ヒネクレタ鉄ハシゴがあった。
ヒネクレタ鉄ハシゴを登り、抱き返しの滝の落ち口に立つ。ヒヤッとした気分。ここより徐々に傾斜が緩み、一旦、流れは伏流した。ジャリ轢きの林道状となる。

伏流した湯沢源流。
しかし、すぐに流れが現れる。沢筋は右に左にくねくねと湾曲する。傾斜は非常に緩い。時折、淵が現れる。大半は、水流スレスレを微妙に伝わる事ができたが、2箇所ほど小さく、されどイヤらしく高巻く。
そして、ようやく釜沢越え分岐に達した。随分時間がかかってしまった。直ぐ先の左岸に小屋が見えたのでそちらに行く。小屋の先は歩きずらかった。右岸に小道が見えるではないか、戻り右岸の小道を行く(コースミス②)。またも、無為に時間を消費してしまった。
間も無く、右手の小沢に踏み跡を発見。テープもある。裏縦走への登り口であろう。ここへ入り込む。
すぐに、頭上が明るくなり、明るい尾根上に出た。篭岩山の北方であろう。
すぐに、頭上が明るくなり、明るい尾根上に出た。篭岩山の北方であろう。
ちなみに、国土地理院の地図には、この篭岩山は「篭岩」と記載されている。登山者の間ではこちらを篭岩山と呼び、抱き返しの滝東南の岩を篭岩と呼んでいるようだ。

裏縦走路は良く紅葉していた。

紅葉に目を奪われながらも、ショッパナのピークへの登りに苦しむ。
ショッパナのピークのすぐ手前右側に明瞭な踏み跡があった。巻き道であろうと思いここに入る。スズ竹が覆いかぶさるが、踏み跡はしっかりしている。が、左手に大きな尾根が見える。ムムッ・・・。磁石を確認すると、北東に進んでいた。だいぶ進んでしまったな。参ったな(コースミス③)。
コースに復帰すると、前方でジイサンが急斜面であえいでいた。ジイサンは、おいらを確認すると、小ピークで立ち休憩。御挨拶後、ジイサンに「こちらは、男体山方面の道でですか?」と聞いた。するとジイサンは、「君は地図を持っていないのか。ここは、地図無しでは無理である。」と怒られた。ジイサンは、モミジ谷に行くとのたまわれた。そういえば、yamasanpoさんもモミジ谷へ行っておられたなぁ。しかし、モミジ谷なる谷が何処に在るのかは判らない。ジイサンが地図で示してくれた。なるほど。
登りワンコ蕎麦状態となる。前科があるので、ピークは巻かない。磁石に首ったけ。踏み跡はあるが、標識はおろか、山名の標示板も皆無なので、現在位置を認識するのはかなり難しい。ときおり、テープを見かけるが、信用ならない。薄い踏み跡の分岐が何箇所もある。

ようやく、男体山が見えてきた。男体山との位置関係で現在位置が判った。
小草越えの手前のピークからの下りでまたしてもルートを失った(ルートミス④)。そもそも小草越えの正確な位置を知らないのだからしょうがない。赤テープは目の前にある。しかし、踏み跡は左右に分かれていた。密林で展望も無い。まず、左手の薄い踏み跡を辿った。やがて、踏み跡はスズ竹の海に埋没した。赤テープに戻り、右手の踏み跡を辿った。あっという間に道型が消えた。さらに右側に青笹の小さな尾根が見えるので、スズ竹を掻き分け進む。人の声が聞こえた。やがて、はっきりした登山道に出た。登山道を左手に進むと人がいた。はずかしながら、「こちら方向は、小草越えですか。」と聞いた。すると、「小草越え?、こっちは鷹取岩ですよ。」とのあきれたような返事。まいったなぁ。とりあえず、小草越えはショートカットしてしまったようだ。ここより、表縦走路。
引込み線のような覗き岩なる小岩があり、そこでゆっくりと昼飯を食った。結構人々が歩いている。全員、鷹取岩の方へ歩いている。逆コースの人はいない。何か理由でもあるのかねぇ。

昼飯を食い終わり、いざ出発。すぐに険しい岩が見える。

奥久慈名物の断崖の尾根道を行く。ただし、怖さは無い。
すぐに鷹取岩のそばを通過。

おおっ。ついに、お目当ての光景が・・・。確かにジイサンに見えるね。
「ジイサン岩」の写真を撮ろうと、絶壁の縁に近づくと、オッサンに怒られた。「そこは、いつおっこてもおかしくないんだよ~。」「スンマセン」と恐縮。 今日はよく怒られる。
その後も、登りワンコ蕎麦は続く。へんな踏み跡もある。油断ができん。途中「古分屋敷→」の標識があった。以前徒然草子さんのGPS軌跡で断崖から古分屋敷の方へ下ったものがあったと思う。地図には無いので、スゲーなぁと思っていたコースである。古分屋敷へは、いきなりロープがぶら下がっていた。

黄色系の黄葉が多くなってきた。
杉林になり小さく下ると、ようやく釜沢越えに到着した。

釜沢越え。
釜沢越えから沢状を九十九折れに下る。途中「崩落注意」の看板が。注意の仕様がない。地震の影響か?

やがて、紅葉の尾根道に変わると、あっけなく車道に出た。
車道を佐中に向かう。

駐車地に向かう途中より篭岩?を振り返る。
2時を廻ったばかりというのに、陽はすでに傾きかけていた。
2時30分佐中駐車地に帰着。
2時30分佐中駐車地に帰着。

あまりの天気の良さに、再びつつじヶ丘に登り、奥久慈の山々に別れを告げた。
今日は、よく怒られた。しかし、楽しいコースであった。