山行日:2023.3.11
コース:常磐線羽鳥駅=バス=平沢バス停(9:30)~鳴滝(10:00)~382m峰北西の主尾根(10:30)~団子石峠(10:50)~(11:40)難台山(12:00)~難台山城分岐~難台山城~小田五郎碑(12:30)~常磐線岩間駅(13:40)


山渓社新分県登山ガイド茨城の山(2013年3刷)では難台山に登るにあたって瓦谷バス停から鳴滝に立ち寄った後、一旦下り、車道を使って団子石峠に至るようガイドしている。石岡市(旧八郷町)側からは難台山への良い登路が無いのかなと思っていた(吾国山へはいくつかのルートで登れた)。
最近、「せとな」さんが、鳴滝から直接難台山の主尾根に登られたことをブログで知った。「せとな」さんにルートをお聞きしたところ、ブログ上に地図を追加して掲載してくださった。道があるのだそうだ。そこで、自分も行ってみようとなった。ちなみに「せとな」さんによると、鳴滝南方の別の沢筋に馬滝という滝がありそこからも難台山主尾根に登れるそうだ。こちらも近々行ってみたいと思っている。
「せとな」さん、ありがとうございました。



鳴滝周辺図。
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小田五郎碑周辺図。(画像を拡大して見てネ)
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羽鳥駅が大幅に改修されていた。俺は列車の前の方に乗っていた。以前は無かった跨線橋はホームの一番後ろにあった。バスの連絡時間は4分。まずいねぇ~。ションベンもしなくちゃぁならないし。トイレを済ませた後は走った。バス停の位置がずいぶん変わっていた。はーはー言ってバスに乗り込むと、すぐに発車。アブネェ~。他に乗客なし。



平沢バス停を降りると、いきなり鳴滝への案内が。
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地図を見ながら歩く。正面の山は450m峰(後で大福山と知る)か?
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のどかな畑地帯。振り向けば加波山から筑波山の山並みが穏やかに広がっている。
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途中にあった案内。「鳴滝地蔵尊→」と「愛宕山古道→」。興味はあるが、本日は案内を見送り、車道を進む。
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ヘアピンカーブの先に「鳴滝」の看板。
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鳴滝に到着。やや急な滑滝だった。水量は少ない。
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赤いテスリ付きの階段を登る。
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石岡にこんな滝があったんだねぇ~。石岡に17年も住んでいて知らなかった。
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最上部から下を見る。下から柏手を打つ音が聞こえた。
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鳴滝最上部にあった鳴滝不動明王の祠。
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祠の裏に藪に埋もれかけた踏み跡があった。すぐに明瞭な道型となる。途中2.5万図記載の小道を合わせると尾根上の道となる。1か所道が2分するが、どちらを進んでもよいみたいだった。
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歩きやすい山道を登り傾斜が緩むと、難台山~愛宕山の主尾根に出た。標識も完備。
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広い尾根道を進む。かなりの人々が歩いている。地元の方が多いようだ。なぜって、尻上がりの言葉はナチュラルなもんで。
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中央の黒っぽい小山を巻くように歩いてきた。
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「せとな」さんが、「下から見てください」と言う獅子が鼻。確かに下から見るもんだ。ちなみに江戸の異能少年天狗小僧寅吉はこの岩の存在を知っていた。
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屏風岩。
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「天狗の奥庭」にあった「天狗鼻」から加波山。
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暑い、暑いと言って、難台山に到着。
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難台山山頂には多くの人々がいると思っていたが、広い山頂には単独者2名がいるのみであった。菓子パンを食い終わる頃に、次々に人々がやってきた。おいとましよう。


帰りは、難台山城に寄ってみよう。地元の人たちが設置してくれた標識。有り難いことです。
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やや、ヤブ化しつつあるようだが、まだ大丈夫。急傾斜地にはロープがはってある。
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ピンクリボンが見え、道から離れて尾根上に出る。すでに難台山城の一角にいるようだ。
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ピンクリボンが尽きて道に戻ると、ここにも標識が。
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このようなヤブ城跡が好きである。城好きを自称している高橋英樹には「わっかんないだろうなぁ~」。ここにはわずかな段切り跡がかすかに見えるだけ。
天守閣や石垣好きの愛好家にはけっして注目されないだろうな。


以下難台山城の案内。
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難台山城の戦いは、南北朝の争いにかかわるものと説明されているが、最近はその側面は薄いように思い始めている。関東(鎌倉)公方足利氏満の権勢欲による小山氏への攻撃、その後小山氏残党(小山若犬丸)が反足利公方勢力の中の南朝方と結びついての事件のように妄想しているのだが。


以下のように説明されている。
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足利氏満方によって没落した小山氏の中で脱出した小山若犬丸は本城祇園城を何度か奪還したが、長くは維持できず、穏遁の生活をしていた。そんな折、密かに常陸小田氏が匿う時期があった。それが足利氏満の逆鱗に触れたのだ。


小田五郎の碑に到着。
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ここより、地元の方々設置の案内に従って、駒場方面を目指して下山。案内の無い所で、やや迷い気味に下る。前回も同じような感じだったなぁ~。



団子石峠からの車道に合流。
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梅の花に癒されて。
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でも、梅の季節にしては暑いのぉ~。
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でも、景色はいい。
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梅越しに難台山。
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広々とした畑地からの難台山。
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あとは、岩間駅を目指してひたすら歩く。