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9月の中旬。
まだ、なんとか歩けた頃。
東京都足立区と埼玉県草加市の境界を流れる毛長川。
その足立区側にあった、オブジェ。


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左:富士山  右:エベレスト  とあった。


さて、中央の低い山は、何山でしょう。


(ヒント)ここは東京都です。


(答え)
 ↓


 ↓

 

 ↓


 ↓


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でした。


俺もヒマだねぇ~。

山行日:2010.5.1
目的地:石跳川
コース:月山リフト(12:10)~姥が岳(12:40)~金姥~装束場~石跳川~月山荘前(14:00)

葉山・小僧森から余りにも早く下山してしまったので、月山リフトを使い石跳川を滑ろうと思い当たった。

弓張平で制服の方に車を止められた。「姥沢駐車場が満車なので、ここからシャトルバスをご利用ください。」「ムムッ。」
おいらの頭の中は真っ白になった。そして、当ても無いのに
「月山荘までいけますか?」
「月山荘までならいいですよ。」
「月山荘からバスに乗れますか?」
「判りません。定期バスなら乗れますが・・・。」
「ムムッ・・・。では、月山荘まで行きます。」
と、言ってしまった。

月山荘入り口には今まで気がつかなかった駐車場があった。ここからバスに乗れれば絶好の場所だ。なにせ、下山地点なのだから。
シャトルバス 11:00 志津発 とある。何とタイミングの良いことか!大慌てでスキー靴を履きリュックを背負った。しかし、シャトルバスに乗れるのか?

時をおかず、バスがやってきた。運転手と目が合った。バスは通過しそうになったが、バス停5Mを過ぎ、停まり、扉が開いた。超満員のバスに乗り込んだ。

最後に乗ったので、最初にバスから降りた。
すぐに歩き出すと、日焼けしたオッサンが、「スキーをお運びします。」「ムムッ・・・。」「いえ、無料ですから。」と。おいらは、ためらわずにスキーを渡した。バス停からリフト乗り場までは、結構な高低差と距離があるのだ。スキーは雪上車に放り込まれた。
スキーを担いでいないので、楽にリフト乗り場まで歩けた。が、いつまでたっても雪上車は来ない。ゾロゾロと空身のスキーヤーが集まってくる。ようやく雪上車のお出ましだ。おいらのスキーはなかなか出てこない。結局一番最後に掘り出された。

とはいえ、リフト待ちも無く上に上がる。

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ゲーッ。雪が少ない。純白でなければ月山らしくない。神々しさは感じられない。ウーム、無残!

姥が岳までロープ塔を使う気だったが、スノーボーダーが列を成しているので気後れしスキーにシールを貼った。登るつもりの無いところを登ると疲れる。
姥が岳は、大勢の人が居た。若者に、月山をバックに写真をたのまれた。シャッターを押しながら、「こんなもんじゃないんだよ。」と思った。

そのまま、金姥に向かう。金姥には山形弁の女性が佇んでいた。野太いスキーを履くと、華麗なテレマークターンで下っていった。
そういやー、最近のスキーはかなり太いなぁ。カービーングスキーがさらに太くなっているのか?おいらのスキーは15年前の秀山荘オリジナル激安セットスキー。今のスキーの横に置くとノルディックスキーと勘違いするほど細い。そろそろこのスキー、ブチ折れないものかと時に思うことがある。

金姥から一旦、四谷川側に少し滑り込み、柴灯森との鞍部に回りこんだ。

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金姥、柴灯森の鞍部へ滑り込む。

装束場への夏道近くをトラバース気味にスキーを滑らす。

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少し、下りすぎたようだ。小さな雪庇を越える。

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雪庇を越えると湯殿山を正面に極楽斜面が現れる。

喝采を叫びスキーを回す。

下にスノーボーダーが巨大な雪穴のヘリで曲芸を楽しんでいる。時代は変わったのだ!

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装束場到着。石跳川入り口でもある。


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石跳川に入るとブッシュが現れた。信じられない!無残!

石跳川を緩く下る。爺さんが一人、湯殿山を眺めていた。少し離れて、おいらも一服。雲量が増してきた。毛髪の無い頭頂部にポツリと雨粒が当たったような気がした。急いでスキーを着け下る。

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水流が現れ、左岸を行くとネイチャーセンターに着いた。

車道を渡り、再びスキーを付け滑り出す。雨が本降りとなる。月山荘前に帰着。

着替えていると、雨が上がった。明日は一日よい天気でありますように。
明日の出発地、湯殿山スキー場に向かった。

山行日:2009.10.24
目的地:深山巴の宿と夕日岳
コース:古峯神社(7:50)~古峯ヶ原(9:00)~深山巴の宿(道迷い)~古峰ヶ原(9:40)~行者岳(10:20)~竜の宿(11:30)~地蔵岳(12:15)~三つ目(12:30)~(12:40)夕日岳(13:20)~ハガタテ平~林道~古峯神社(15:20)


またしても、パソコンがぶっ壊れた。先週の土曜日に一日かけて復旧させたのだが、火曜の夜には再びぶっ壊れた。今度はコントロールパネルも動かない。お手上げです。

金曜の夜に遅く帰り、土曜日はやや寝坊気味。東北自動車道に入ると車は異常に多かった。速度は80km/hくらい。おいらのポンコツ軽ではちょうどよい。
鹿沼市街で古峰ヶ原の標識に従うが、グルグル回し。帰りはちゃんと戻れるのだろうか。
細い県道に入り、一安心。しかし、天気予報とは裏腹に今にも雨が落ちそうな空模様であった。

古峯神社のWCで出すものを出し、出発。予定時間を大幅に過ぎていた。
延々と車道を歩き、ようやく山道にありつく。「関東ふれあいの道」とある。人影は全く無く、ふれあう事無く、再び車道に出た。



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そこは古峰ヶ原だった。紅葉の盛りはすでに過ぎているようだ。


何台か車が止まっている。夫婦と思われる登山者が案内板を見ている。「わかんないわねぇー。」おいらも「わかりませんねぇー。」と言い、「巴の宿→」へ向かった。


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深山巴の宿はすぐ近くだった。

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案内板の向かいに鳥居があった。ここを下り小沢を渡る。

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深山巴の宿。重要文化財。

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四方を小沢に囲まれた不思議なところだった。なぜか満足。

一服し、案内板を見ると、古峰ヶ原に戻らなくとも、行者沼に行けそうなので、出発。再び県道にでる。県道を下り、それらしき道に入るが様子がおかしいと思い県道に戻る。少し下りそれらしき道に入るが様子がおかしい。しかたなく古峰ヶ原に戻る。

仕切りなおして、山道に入るとすぐに行者沼が左手に見えた。泥沼で、水は無かった。いつもこうなのだろうか。さらに登ると「大天狗の大神」に出た。古峯神社繋がりの地名のようだ。ここからは尾根となる。


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名残のもみじをめでながら。

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いくつもの小ピークを越える。

行者岳、大岩岳、唐梨子山はいずれも展望なし。高曇りの空から雨が落ちてこないだけでも善しとしよう。


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唐梨子山(読み方不明)を下ると薄暗く倒木の多い平坦地に出た。「竜の宿」であった。おおっ。なぜか感動する。

下り気味の道を行く。時計を見るともう12時前だ。夕日岳は無理かなぁ。などと思いながらもピッチを上げた。

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ハガタテ平を素通りし、地蔵岳に向かう。


地蔵岳から降りてきたオッサンから「どこに行くのか。」と厳しく聞かれた。「夕日」と答えた。「遅すぎる!」と一喝された。恐縮して、さらに登る。

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地蔵岳山頂にあった傾いた石祠。


地蔵岳12:15着。おいらにしては大分追い上げた。これなら夕日岳も大丈夫だろうと思い、地蔵岳を素通り。



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三つ目到着。素通り。


主尾根から別れ、夕日岳に向かう。




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夕日岳到着12:40。追い上げた。が、今日の展望は今ひとつ。日光連山が重苦しく見える。


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先週行った半月山なども見えるが、冴えない。


案外早く着いたので、昼飯を食ってのんびりした。

今日登った尾根は禅頂行者道と呼ばれているらしい。三つ目からさらに北上すれば、薬師岳に至る。薬師岳はT字路になっており、東に行けば鳴き虫山から神橋に至る。西に行けば、細尾峠から茶の木平。茶の木平を下れば、中禅寺湖畔。茶の木平を西進すれば、半月山、社山、黒桧岳に至り、さらに道なき道となりシゲト山を経て群馬、栃木国境の三股山に連なる。ここを北上すれば錫が岳、日光白根、温泉ヶ岳。南下すれば、秘境国境平を経て皇海山、袈裟丸山。

などと思いつつ、一つ一つの尾根を追う。冴えない景色でも見ていると飽きないのだ。

気がつくと大分時間が過ぎていた。

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樹間から皇海山が。鋭鋒に見えた。


重い腰を上げ下る。三つ目、地蔵、ハガタテと通過。ハガタテを2~3分下るとすぐに水流が現れた。古の修験者もここで水を汲んだに違いない。


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今年、日光最後の紅葉を惜しみ下る。


古峯神社に立ち寄り、帰途に着く。


自宅近くの電気屋に立ち寄りパソコンを購入。折り悪くウゥンドウズ7売り出し開始で価格は高い。XPを探すがなし。パソコン音痴のおいらに最新版は不要なのだ。仕方なく、大枚をハタク。意気消沈で帰宅。

昨日は雨。
今日も曇り。

埼玉の城廻りに行こう。

小倉城は有名な「コクラ」城ではなく、普通に「オグラ」城。
松山城は愛媛の松山城ではなく、埼玉県東松山市の「松山城」。

まずは、「埼玉県立嵐山史跡の博物館」で、「比企城館跡群」のパンフレットを入手。展示物で小倉城と松山城の位置を頭に叩き込む。
お気に入りの「男衾三朗絵詞」を2回見て博物館を出る。

博物館からそれほど遠くない小倉城に向かうが、なかなか見つからない。
小さな入り口標識は、三角点の標石程度のものだった。細いが、舗装された山道を上がると二個目の「小倉城跡入り口」看板があった。


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薄暗い、杉林の中に道がある。


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少し歩くと、分岐があり3つ目の「小倉城跡入り口」の石柱があった。反対側は「青山城」となっていた。

ここから道は急になる。雨が降ってきた。なにやら糸を垂らしてぶら下がるイモ虫君がワンさといる。糸が顔に引っかかる。今日は誰も来ていないようだ。

少し登るとすぐにソレと分かる堀跡や土塁のたぐいが見える。
平坦地に出ると二郭と表示されていた。

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尾根上に沿って踏み跡を辿ると本郭であった。石板と案内板があった。

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さらに進むと、北虎口。中世城郭としてはめずらしい石積みである。

さらに進む。尾根上にまだまだ城郭跡が続くが案内板等は無い。両サイドから川の音が聞こえる。三方を槻川に囲まれた城だった。予想外に大きな城だ。
適当な所で引き返す。

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舗装道路から小倉城付近を見る。


下の県道を走っていると、再び「小倉城跡入り口」の石標が目に飛び込んできた。


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お寺の裏山が小倉城だった。案内板は「遠山氏」の城説だった。

「上田氏」説もあるようだ。比企丘陵城郭群の歴史は未解明の部分が多いようだ。

せっかくなので、傘をさし寺の裏手から再び城に登った。


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こちらの斜面はキツイので、城の核心部が近づくと、土の城壁が覆い被さるように迫力がある。

また、あちこち歩き回る。

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石積みの城壁を見つけた。

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なんとなく、城跡っぽい所。

などを写真に撮り、山を下った。




松山城に向かう。

松山城の下に着いたが、車を止めるところが無い。
吉見百穴の駐車場に駐車する。


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傘をさして登る。登り出すとドシャ降りとなった。

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中世の城跡らしい堀切が縦横に走る。

しかし、雨が激しすぎる。
本郭跡でたたずむことも無く、城を下る。本当はこちらがメインだったのだが、ドシャ降りではしょうがない。
あきらめが早いのが、おいらの特徴。
また、来よう。


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松山城に寄り添うように立つ岩室観音堂は、城よりもはるかに歴史が古い。歴代城主も信仰したという。

脇を通り、吉見百穴に戻る。


観光食堂で遅い昼飯を食う。
食堂を出ると以外にも雨はあがっていたが、吉見百穴に寄ることも無く帰路に着いた。


比企城郭群は、なかなか立派な中世城郭が良く残されている。ハリボテ的・コンクリート的施設が一切無いのが、好ましい。
しかし、夏はよそう。イモ虫君が、厳しいから。

山行日:2009.5.23
目的地:女峰山
コース:二荒山神社(6:10)~行者堂(6:30)~殺生禁断碑(7:00)~稚児ヶ墓(7:35)~白樺金剛(8:20休)~黒岩遥拝石(9:30休)~箱石金剛~唐沢避難小屋(10:50休)~女峰山(11:30休)~(12:15)唐沢避難小屋(12:50)~馬立(13:50休)~裏見滝・寂光滝分岐(14:45休)~寂光滝(15:45)~田母沢(16:20)~西参道(16:30)~二荒山神社(16:50)


今日は女峰山「様」で体力測定を行おう。
西参道からの標高差1860mは関東にあって貴重品だ。
同じような標高差のある山として、甲武信ヶ岳(川又~真の沢林道:標高差1780m)ぐらいしか浮かんでこない。

だから、畏敬の念をもって女峰山様と「様」付けで呼ぶことにしている。
これだけの山にして100名山に入っていないことは大変喜ばしいことで、遭難者の抑制に大いに寄与している。

ところで、おいらは、女峰山様にはいつもギリギリの体力で登っている。西参道から女峰山に登れなくなったら、それなりに考えなくてはなるまい。
だから、それなりの緊張感と覚悟を持って登るのだ。「覚悟」とは、「バテたら早めに諦める」ということだが。

早朝、天気は思わしくなかったが、日光市内に入ると女峰山様が見える。
二荒山神社の駐車場には一台として車は止まっていなかった。


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二荒山神社の社内を少しだけ見てスタート。


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神社の脇に沿って登る。杉の巨木は凄い。


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しばらく登ると行者堂。役の小角と前鬼・後鬼を祭る。三峰五禅頂ゆかりの地。ただし建物は新しい。


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禁断殺生の碑を過ぎると、ツツジが現れはじめた。


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そして、ツツジだらけとなった。


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悲しい伝説を持つ稚児ヶ墓にも、盆栽型のツツジが。
ここで、ご老人が熱心に写真を撮っていた。


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やがて草原となる。ツツジに目を奪われここまで、疲れ知らず。気が付くと空模様が怪しくなってきた。

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黒木の森に入ると、ヤシオツツジが咲いていた。他のツツジはツボミをたくさん着け開花の準備中。来週辺りに咲き乱れるかもしれない。
森の中の白樺金剛で、初めて一服する。

徐々に斜面がきつくなりだすと、あっという間にバテだした。


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黒岩は巻き、遥拝石にでた。ガスがかかり雲竜渓谷の展望は無い。ここでも一服。


黒岩を出てしばらくすると、後から凄い鼻息が聞こえてきた。熊かと思いビックリし、口笛を鳴らした。精悍なオッサンが走るように登っていった。唖然として見送るしかない。


箱石金剛付近はいつもかなりバテる所だが、今回もバテた。


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桜だろうか。写真を撮りながらバテを誤魔化す。

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変な形のダケカンバ。写真を撮りバテを誤魔化す。


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急に明るくなる。雲の上に出たようだ。白根山がいきなり見えた。


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そして、樹間にようやく女峰山様と唐沢避難小屋が見えた。


だが、唐沢避難小屋にはなかなか着かない。


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ようやく着いた唐沢の宿跡。石仏と石祠はまだ雪から出てきたばかのようだ。 


小屋前にはお一人いた。
一服後、出発。
腐れ雪で布靴がビチャビチャになる。

薙ぎで3人組を抜かす。
抜かしたくなかった。
抜かしたら、抜かれたくないのが人情。
眉間に皺を寄せ、口を大きく開け何とか止まらずに登る。

石楠花の次に這い松が現れたら山頂だ。ようやく這い松が現れた。
取り敢えず山頂に着くことができた。

山頂には人が大勢いた。女峰山様にしてはめずらしいことだ。


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天気はグングン回復しているようだ。

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左より、男体山、大真名子山、小真名子山。大真名子の遥か後に皇海山が見える。

次から次に人が来るので、すぐに山頂を後にした。
唐沢避難小屋に戻り昼飯とする。

下山は、晴れてきたので黒岩コースで雲竜を見たいとも思ったが、予定通り田母沢に下ることにした。

女峰山様は登りもさる事、足の弱いおいらは下りも恐ろしい。
馬立までの急斜面は疲れた足にこたえる。ギクシャクと下る。

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馬立手前では、薙ぎの砂防工事が終わったようだ。あの荒れた薙ぎに石ころ一つ無い。
誰か、ここで定点観測をしてもらいたい。このフラットな薙ぎがどのように変わっていくのか。
工事終了のためか、去年まであったモノレールが無い。


馬立で、またまた一服。
一服後立ち上がると、足はやるせない疲れで動きが超鈍くなっていた。

傾斜の緩んだモッコ平を行くが、スピードは上がらない。笹が深く、木の根や段差に引っ
かかり、ヨタヨタと歩く。

再びツツジが咲き乱れ、標高が下がったことを知る。

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笹に埋もれかかった石仏に何故か感動する。

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唐松の新緑が美しかった。

尾根の両側から沢音が聞こえ出すと若子(じゃっこ)神社・寂光滝に着いた。寂光滝を拝み、車道をトボトボと田母沢に下る。

西参道を疲れきりボーっと登って、何故か東照宮へ迷い込む。意識朦朧。
二荒山神社の駐車場に座り込み、残ったジュースを飲み干す。


体力測定の結果、ほぼ従来どおりの体力であることが判明。
喜んでよいのか、悲しむべきか。

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