タグ:歴史

訪問日:2011.2.20
目的地:金山城と太田七福神
コース:太田駅(8:30)~長念寺~大光院~金龍寺~西城~金山城本丸(実城)~新田神社~北城往復~松風峠~玉巌寺~永福寺~曹源寺(さざえ堂)~親水公園~受楽寺~高山神社~太田駅(14:00)

尾瀬や武尊山のスキー帰りに、鎌田の交差点でしばしば大渋滞にはまり、難儀したことがある。抜け道として、赤城北麓・東麓から黒保根村と言う恐ろしげな名前の村を通過し、大間々に抜けるようになった。このルートを上杉謙信が発見し、道を整備し北関東の拠点佐野に直通できるようにしたらしい。ところが、このルートの通行を裏で支配していたのが金山城の由良氏だったようだ。
金山城には、以前から興味があった。下克上により、地方大名に成り上がった横瀬氏(由良氏)は、上杉、北条の大勢力に挟まれ苦労したことだろう。上杉方についていた頃に、北条氏康から通行の便宜を図るよう依頼されたりしている。困ったろうな。一説によれば、武蔵の男衾氏との関連も囁かれているようだ。徳川氏発祥の地でもある。調べれば、興味はつきない。

東武伊勢崎線急行大田行きに乗った。太田に行くのは初めてである。電車の中で、茶色く変色した「関八州古戦録」上下巻を由良氏絡みの所を選んで読んだ。予習のつもりであったが、いっこうに頭に入らず太田駅に着いてしまった。駅に着いてビックリした。あまりにも立派な駅で。北口には新田義貞の銅像があった。空き地が広がり閑散としていた。企業城下町なのか、やたらと「スバル」の文字が目に入った。

東武鉄道から発刊されている「みちしるべ」を片手に長念寺に向かった。長念寺(恵比寿)は、お墓中心のようで、チョット覗いて先へ進む。

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八瀬川に沿って歩いた。正面が金山城だろうか。曇り空で、冴えない。

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すぐに、大光院(弁財天)に着く。

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大光院の裏手で新田義貞、呑龍上人の墓を見て山道に入る。

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金龍寺(毘沙門天)裏手には、由良氏一族が弔われていた。

道は良いし、道しるべも多い。但し肝心なところで道標が無い。後ろから小学生の一段が追いついてきた。道を聞かれて困ってしまった。幸い、引率者が現れ、事なきを得た。
西尾根上に出ると、ぐんま子供の国が見えた。

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西尾根に出た所で尾根を少し下った所に、金山城址の石柱が建っていた。

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西尾根を緩く登ると掘り切りなどが現れ城らしくなってきた。自然な感じでいいじゃないの。なんて、余裕を持って見ていた。

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ここは、西城というらしい。随分上に城門があったんだねぇ。

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なるほど。

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案内板で、現在位置が判った。

脇に駐車場があり、結構人がいる。あくまで尾根上を行く。

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案内板が多い。いちいち見ていたので、時間がかかる。(帰宅後は、何も頭に残っていなかったが)

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なるほど、なるほど。

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こちらが、実物。


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いい感じだねぇ。


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この辺から様子が変わってきた。

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ムムッ。ただの藪城ではないような予感がする。

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いいねぇ~。

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フム、フム。

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おーっ。

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月の池。

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うぉーっ。まちゅぴちゅカーッ。戦国期の城とは思えないワサ。

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凄すぎるワー。

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ここで、一息入れよう。

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日の池


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お勉強もしなければ。でも、頭に入らない。

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石積みが終わると、ケヤキの大木があった。

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金山城最上部には、新田神社が鎮座されていた。

ここより、北城に向かった。持参したルートマップには北城は載っていなかったので、カンで行った。神社の裏手から山を下り、少し登り返すと小藪の小ピークに着いた。あたりを見廻すと下に平坦面が見えた。北城だろう。尾根続きに藪が切り開かれていた。カンが当たれば近道だが、自信が無い。金山城最高部に戻り、そこから、松風峠に下った。
松風峠は、県道を通すため、切通しにしたらしい。そのため、発見された遺構が損なわれたとの事。
松風峠から王厳寺(福禄寿)、永福寺(寿老人)に立ち寄った。
楽しみにしていた曹源寺サザエ堂(布袋尊)は修復調査中で、入れなかった。中には、サザエ回廊と100体の観音像があるとの事。

往路を戻り、松風峠手前で水道専用路に入りる。途中、「おしろ橋」の標識を見るが次の機会にしよう。親水公園から東尾根に乗る。振り返ると、(たぶん)八王子砦の頂きが見えた。ここも次回だな。右手に見える野球場で子供達が歓声を上げている。

七福神めぐり最後の受楽寺(大黒天)に到着。腹が減った。

車道を渡り、すぐに山道に入る。
最後のポイント高山神社に到着。立派な社殿を持つが、案内板が見つからなかった。


昼なお閑散とした太田駅前の食堂でソースカツ丼を食い、ビールを飲んだ。店のオヤジと金山城談義をして、帰途に着く。

金山城は、想像を絶した城だった。どこまでが城域なのだろうか。現在も発掘が続けられているようだ。復元された石垣の城は優美であった。優美さとは別次元の歴史があるのだろう。
食堂のオヤジの話では、地元では天守閣の建造も提案されたようだが、お役人からピシャリと「ノー」を突きつけられたそうだ。正解である。たまには役人も正解を出すときもあるのか。
もう一度、行かなくてはなるまい。

行った日:2009.3.20

山スキーのハシゴをしようと思い、家を出た。
利根川を渡ると日光の山々が見えた。山は晴れである。平地に雲がかかる変な天気。
高原山も晴れている。
しかし、男鹿山塊の奥山に雲がかかっている。
那須ICを過ぎると吹流しが真横になった。那須の山々の中腹より上には雲がかかっている。
弱気なおいらは、登山をあきらめた。
白河の観光地めぐりに変更した。


①南湖公園

はじめに行ったのは、前から気になっていた南湖公園だ。


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南湖公園から那須連峰を見るといやらしい雲がかかっている。(行かなくてよかった!)


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公園を散策する。


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さらに散策する。


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公園裏の松林に登り湖に戻ると、水鳥の群れがいた。


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彼らはあまり人を恐れない。(ヨーロッパ的)


端境期なのか、特に感想なし。(感受性が乏しい。)



②白河城

小峰城に向かったが、途中に「白河城入り口」の看板を見つけ、山道に入ってみた。


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山道の最後は急な木段。


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木段を登りきると平坦地に出た。本丸跡のようだ。なぜか後村上天皇の石碑がある。事情はよく分からない。

白河城は、源頼朝の奥州征伐の際活躍した白河結城氏の城だそうだ。(この辺の事情も詳しくない)


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本丸跡を反対側に下ると梅が植樹されていた。あちこちで桜の開花が報告されているが、白河は梅の季節だった。


③小峰城

白河城を後に小峰城に向かう。小峰城も白河城と呼ばれているので、ややこしい。元祖白河城が、早くに廃城になったのに対し、小峰白河城は白河結城氏、蒲生氏、上杉氏、丹羽氏などに受け継がれ、江戸時代をまっとうしたようだ。

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小峰城はJR白河駅のすぐ裏手にあった。駐車場からは梅越しに天守閣が見えた。


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映画やテレビドラマにも使われた、門。立派だ。天守閣、門とも木造による復元。それぞれ3億円也(との噂)。しかし、入場料は無料。太っ腹な持ち主(誰の所有物?)。

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どこから見ても立派。丹羽長重により大改築されたそうだ。

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天守閣も無料。入場者は最大50名まで。天守最上階は5名まで。係員のおっちゃんが、モップ片手に目を光らせている。ご苦労様です。
天守閣最上階は意外な狭さだった。

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石垣を下り、小峰城を後にする。


白河市内の道は城下町らしく、カクカクと曲がる。あまりに角角しすぎて道に迷った。

そして、あても無く本日の寝所を捜した。

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