タグ:散歩

行った日:2019.8.7



イメージ 1
植物振興センター。




イメージ 2
植物振興センター。




イメージ 3
植物振興センター。




イメージ 4
植物振興センター。




イメージ 5
植物振興センター。ノリウツギ。




イメージ 6
植物振興センター。




イメージ 7
興禅院。




イメージ 8
興禅院。




イメージ 9
興禅院。




イメージ 10
興禅院。




イメージ 11
弁財天。キツネノカミソリ。




イメージ 12
弁財天。




イメージ 13
弁財天。




彼岸花が一輪だけ咲いていた。

行った日;2019.7.26
コース;自宅~国道298号~八潮市白鳥~県道草加流山線~松戸市小金城址大谷口

往復距離:約24km



今回の自転車コギで、中川低地ををはっきりと認識できた。
関東造盆運動。中川流域での地盤沈下である。

自分の住む草加市。西に安行(大宮)台地。そして今回行った松戸の台地。その間に綾瀬川、中川、江戸川が流れる。まさに、関東平野の低地中の低地を横断した感じを受けた。


自宅から江戸川を渡ってしばらくは、川の土手を除いて全くの平坦地。流山電鉄の踏切を越えて、目の前に台地の森が見えた。その森が小金城だった。



小金城に到着し、さて写真を撮りましょうの段で、
カメラは電池切れ。ムムムッ。リュックに入っていたカメラのスイッチが入りっぱなしのようだった。

仕方ないので、携帯のカメラで撮った。俺はスマホなど持っていない。いまだにガラケーなのだ。それも携帯会社支給の無償品なのだ。




イメージ 1
小金城本城。いゃ~、それにしても写りが悪いワサ。



イメージ 2
小金城本城の土塁。




イメージ 3
障子堀跡。残念ながら典型的な障子堀には見えない。脇に発掘時の写真があり、そこには見事な障子堀が映し出されていた。



イメージ 4
畝堀跡。こちらもただの空堀にしか見えない。残念!



現状の小金城址は大谷口歴史公園として保存されているが、その領域は本城のみで、その本城(本郭)にも住宅が隣接している。
周辺を歩いてみたが、多分ここも城郭の一部であろうと思われる所が広範に見受けられた。資料を見るとかなりの巨大城郭であったようだが、台地上には幼稚園、病院、お墓、住宅がひしめいていた。


台風の余波なのか、強風の中、必死でペダルを漕いで、帰途に着く。

行った日;2019.7.21


千葉氏の本佐倉城を訪れた後、京成本線大佐倉駅に戻り、京成うすい駅に向かった。うすい駅は大佐倉駅よりも賑わいがあり、すぐにラーメン店を発見。お冷とチャーハンをかき込み臼井城に向かった。



臼井城は以前から行きたかった城だった。


長尾景虎は、永禄3年(1560)大晦日を上野厩橋城で過ごし、翌永禄4年2月から小田原城を目指し南進を開始した。北関東の国人たちは、次々に越軍に参陣した。小田原城を包囲したが、反越軍の武田、今川の軍勢が動いた事を察知し、包囲を解いて鎌倉鶴岡八幡宮社前で上杉の名跡を受け越後に去った。その後、連年に渡り関東に現れ後北条氏との闘争が繰り返された。

永禄9年(1566)、臼井城は越後、安房、上総、北関東の諸勢力に包囲された。3月20日臼井城は実城(本郭)の堀を残すのみの状態に陥った。
しかし、臼井城の奮戦により、その3日後、越軍は大敗北を喫し、5000人に登る死者を出してしまった。越軍大敗北の理由は分からないが、上杉軍は、里見軍の陣に一時留まったという。

この時の臼井城主は原式部大輔胤貞。たまたま作戦名人の白井入道が弓の修行のため滞在中であった。
山際に控えていた越軍に山崩れが襲たとも(小田原北条記)。


臼井城での越軍大敗北により、北関東の国人は一気に後北条氏に従属する事になり、この戦いを画期とし越軍の大規模な関東遠征はなくなる事になる。




イメージ 1
広い国道296号線稲荷台2丁目付近より、かつての大手道と思われる細い坂道に入った。



細い舗装道を少し登ると舌状台地上の平坦路となる。道の両側は住宅地となっている。やがて、道が左右に分岐する。左手に鳥居が見える。



イメージ 2
星神社に到着。ここがⅢ郭相当部分のようだが、その面影は感じられない。


分岐に戻り、右の道に入ると、


イメージ 3
太田図書ノ助のお墓。ここもⅢ郭であろうか。土塁状の上にお墓があった。


臼井城は、1479年に太田道灌にも攻められている。道灌は弟図書ノ助の討ち死を伴いながらも落城させている。


太田図書ノ助のお墓の先には深い掘が現れて、道が左右に分かれる。右に進むと、


イメージ 4
臼井城址を示す石柱。


ここを緩く登ると、


イメージ 6
Ⅱ郭。但し案内類は無い。



イメージ 5




イメージ 7
Ⅱ郭とⅢ郭を分ける堀は深い。



イメージ 8
Ⅱ郭とⅠ郭を分ける堀は広い。



イメージ 9
Ⅱ郭からⅠ郭への土橋。この付近で激しい戦いがあったのだろうか。



イメージ 10
堀とⅠ郭切岸。



イメージ 11
Ⅰ郭。ここが実城であろう。



イメージ 12
Ⅰ郭下。腰郭であろうか。



イメージ 13
Ⅰ郭の折れを伴う切岸。



イメージ 14
Ⅰ郭から印旛沼を遠望。



イメージ 15
Ⅰ郭の東側を下る。



イメージ 16
Ⅰ郭下。



イメージ 17
Ⅰ郭下を下ると、最後はコンクリ壁となり、車の往来が激しい道に出た。


ここから、印旛沼に向かった。



イメージ 18
臼井城を振り返る。中央の低い森が、臼井城かな。



イメージ 19
印旛沼に到着。



印旛沼では、お金持ちらしき人々がモーターボート遊びに興じていた。


汗を拭き拭き、京成うすい駅にもどった。


帰宅途中、選挙に寄る。

イメージ 15


行った日:2019.7.21



平安時代から活躍した千葉氏。
内部抗争や、古河公方と関東管領の抗争に巻き込まれ暫時勢力は衰えた。さらに安房里見氏・上総武田氏の台頭、小弓御所の自立などにより、東京湾岸から内海香取の海(印旛沼畔本佐倉)に本拠を移さざるを得なかった。やがて後北条氏に属する。とは言え後北条氏一門衆筆頭格の氏照(4500騎)、氏邦(5000騎)に次ぐ3000騎を数えるという。


などと、電車の中で読んだ本の請売り。


一説によると、武蔵七党野与党の先祖は千葉氏と同じく平忠常(相当の悪人であったらしい。)。あくまで、一説ではあるが。


佐倉駅を過ぎると、車窓はいきなり田園風景となった。田園の先には小高いテーブル台地が見える。閑散とした「大佐倉駅」で下車したのは俺だけであった。
線路沿いの細い道から、田地と台地の境界を歩き始めると、



イメージ 1
遠くに本佐倉城らしきものが見えた。



近づくと、明らかに城址であると分かった。台地(東山)を廻り込むと谷戸地の風景が現れ、



イメージ 2
本佐倉城登城口(東山馬場)に着いた。



イメージ 3
千葉氏の家紋つきの自販機(東山馬場)。



イメージ 4
案内板。東光寺ビョウの北側の道から来た。



通常、本郭とか、本丸とか、二郭とか案内されるのが普通だが、今回は案内板の名称で記述する事にしよう。どうも「城山」が本郭・本丸に相当するようだ。


東山馬場を緩く登ると、


イメージ 5
千葉氏の家紋が描かれた盾のようなものが迎えてくれた。上段がⅣ郭のようだ。



イメージ 6
盾とは反対に大きな北面虎口が見えた。



上の写真の右側に登ると、



イメージ 7
東山に続く尾根上に出て、虎口外側が見える。でかい!



イメージ 8
東山付近は天然の巨大土塁。湿りきっていた。



東山馬場に戻り、Ⅳ郭に登った。



イメージ 9
Ⅳ郭北西のピークには神社があった。



イメージ 10
広々としたⅣ郭に戻り、地続きの斜面を緩くを登ると花畑となった鞍跡に出た。草原だ。後方が神社ピーク。



倉跡の東側に、



イメージ 11
奥の山(二郭)の切岸が現れて、



イメージ 12
広々とした奥の山(二郭相当)の平坦面と、奥のコンモリが妙見宮跡。



踏み跡に沿って歩くと、



イメージ 13
奥の山(二郭)と城山(本郭)を分ける堀切。



堀切から切岸状に沿って斜上すると、



イメージ 14
城山(本郭)。




イメージ 16
城山にある茶室跡発掘地。



イメージ 17
城山(本郭)。



城山から奥の山、倉跡に戻り、セッテイ(Ⅶ郭相当)に向かう。



イメージ 18



やや迷い気味に、



イメージ 19
セッテイ(Ⅶ郭)西側の堀。




イメージ 20
セッテイ付近の虎口。ここは良く判らなかった。




イメージ 21
セッテイ(Ⅶ郭相当)。薮蚊に刺されまくって退散。




イメージ 22
竪掘状。この先で倒木に草がからまる。泥にまみれて突破。汗ダクじゃ。



東光寺ビョウ(6郭相当)にでて、往路の小道戻る。



千葉氏ゆかりの勝胤寺に向かう。




イメージ 23
勝胤寺、千葉氏累代のお墓。



ここより、「大佐倉駅」に戻る。


クーラーの利いた電車内が心地よい。

が、次の臼井城に向かわなければ。

行った日;2019.7.15





イメージ 1
植物振興センター。




イメージ 2
植物振興センター。




イメージ 3
植物振興センター。




イメージ 4
弁財天。



イメージ 5
弁財天。なんだこりゃ?



イメージ 6
興禅院隣地。



イメージ 7
興禅院隣地。



イメージ 8
興禅院隣地。



イメージ 9
興禅院隣地。



イメージ 10
植物振興センター。




イメージ 11
植物振興センター。




イメージ 12
植物振興センター。




イメージ 13
植物振興センター。ヤマボウシ。




また雨が降って来た。

急ぎ足で帰宅。

↑このページのトップヘ