カテゴリ: 江戸川

行った日:2013.7.14
コース:東武野田線川間駅(6:00)~江戸川土手(6:15)~国道16号線(6:30)~宝珠花橋(7:30)~関宿橋(9:00)~関宿城跡~(9:40)関宿城博物館(11:07)=バス=東武野田線川間駅


金曜日は、職場でバルサン焚きがあったため17:00に退けた。シメシメ。明日こそテン泊で山に行くのだ!気合いを入れて、食料を買い込んで帰宅。
天気予報の降雨予想を確認すると、群馬・栃木県境付近は青いマークが張りつきまくり。う~ん、どうすんべ~。

湿った藪山はいやなので、今週も見送る事にした。であるが、アセリを感じつつある。


で、今週も川歩きにでかけた。川歩きも、2回連続して途中で中断している。今回は暑さ対策で、ポンジュースを冷凍してリュックに入れた。


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野田市尾崎。東武野田線の橋梁を振り返る。


今回は千葉県側を歩いた。江戸川までの距離は野田線川間駅からの方が遥かに近かった。

朝もやか、ただ湿度が高いのか。霞んだ中を出発。朝っぱらから暑い。
国道16号線をくぐると、野田市金野井の水位観測施設があった。計画水位10m、最大水位7.2m(カスリーン台風)とある。


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野田市岡田。関宿滑空場。霞んどる。


自転車の人々が行き交う。


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3日目にして、ようやく・・・。



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野田市親野井。宝珠花橋。対岸は春日部市西宝珠花。野田市側には僅か南に東宝珠花地区がある。


この辺りは、大きい川が狭い区間で南北に流れている。(古利根川、中川、江戸川、利根川)
宝珠花は古くからの渡し場があったそうだ。


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野田市関宿元町。関宿橋。


なんか、ゴールが近づいたような気がした。


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案内板から、ゴールが至近にある事が判った。「棒出」の史跡は見当たらなかった。


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ムムッ、異様な城が遠くに見える。


「棒出」のすぐ先から、遠くに異様な城のようなものが見えだした。あれが、目指した関宿城だとしたらとても悲しい。

そして、異様な城の手前に、不自然な地形が見えた(白いサイロの左側)。ムムッ・・・。直感的に、これはアヤシイと思い、堤防の草叢を駆け降りた。


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おおっ、関宿城跡ではないか!

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関宿城の遺構はこれだけ。大半は江戸川の改修により埋まってしまったと。周辺にもう少しそれらしきものがあるのかもしれないが、今回は不詳。


城主の梁田氏は、渡良瀬川上流の梁田の出身という。中世の江戸川は渡良瀬川であった。どういった事情で、下総の国にやってきたのだろうか?
途中、古河公方が居城した時期もあったが、古河公方方で重臣として活躍したそうだ。


蜘蛛の巣を払い、ムッとする草叢を掻き分けて土手に戻った。


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このすぐ先に千葉県立関宿城博物館があった。橋の向こうは茨城県五霞町。


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千葉県立関宿城博物館。


サイクリングの人々が大勢休んでいた。


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博物館入口。



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博物館最上階の窓越しより、利根川・江戸川分流点付近を見る。


博物館を出て、利根川・江戸川分流点を目指そうとしたが、すぐに「立ち入り禁止」となり、あきらめる。


博物館の敷地にバス停があり、5分と待たずにバスがやってきた。2~3時間に一本のバスだからラッキーだった。


凍らせてもってきたポンジュースはすでにナマ温くなっていた。

駅近くでビールを飲み、ソバを食って帰途に着く。

今日も暑い一日だった。

行った日:2013.7.7

コース:JR三郷駅(6:00)~丹後の渡し(6:10)~前間の渡し(6:20)~常磐道をくぐる(7:40)~野田橋(8:30)~東武野田線くぐる(9:40)~国道16号(9:55)~東武野田線南桜井駅(10:20)


始発電車に乗って三郷に向かった。

三郷駅前のコンビニでポカリスエットを購入。

江戸川は目の前だ。

旧渡し場の標識が連続する。


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三郷市早稲田。朝からガンガンの日射し。今日は七夕だよ。


河川敷には野球場が延々と続く。


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吉川市三輪野江。ゴルフ場が現れ、常磐自動車道をくぐる。



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吉川市吉屋。今度はゴルフ場が続く。

吉川市なのに、越谷ゴルフ倶楽部とある。


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松伏町金杉。野田橋。

江戸川にかかる橋は少ない。ここは、越谷市と野田市を結ぶバス道路。

早くも、暑さにやられ始める。野田橋の下日陰をもとめ休憩。江戸川ベリに日陰は皆無。ポカリをガブ飲みするも、すでにナマ温かくなったポカリで満足感は得られなかった。


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旧庄和町東中野。東武野田線が見えてきた。

とにかく暑い。

野田線をくぐると、国道16号線の橋が見えた。

16号線の橋の下で休憩。
さぁ、歩きましょうかと立ち上がると、立ちくらみ。ムムッ・・・。熱中症か・・・?

この先は、土地勘が全く無い。行き倒れは避けたい。
と言う訳で、早々の撤退となる。歩行距離19km。

東武野田線の南桜井駅まで、遠かったこと!
危なく日干しとなる所であった。

缶ビールを飲んで帰途に着く。

あ~ぁ、情けない。

行った日:2013.6.30
コース:JR京葉線塩浜駅(7:20)~市川大橋・江戸川(7:50)~道迷い~江戸川河口付近~市川大橋(8:20)~東京メトロ東西線(8:40)~江戸川大橋(9:10)~JR総武線(9:50)~里見公園・探索(10:30)~北総線(11:10)~新葛飾橋(11:30)~葛西神社~ラーメン屋~半田神社~上葛飾橋(13:20)~つくばTXゅ14:00)~JR武蔵野線三郷駅(14:30)


山に行くか迷っていたが、午後から北関東は雨と言う予報であきらめた。
川歩きにでかけよう。

今日から江戸川を歩くのだ。

江戸川を調べてみると、江戸時代以前は太日川(ふといかわ)と呼ばれていたそうだ。現在は利根川水系であるが、当時は利根川とは繋がっておらず現在の渡良瀬川と思川が源流であった。即ち安蘇山塊全域と足尾の山々の水が流れていたというわけだ。


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市川大橋。市川塩浜駅より国道357号線を歩いて江戸川に達する。ん、江戸川放水路とある。まぁいいか・・・。

高架の国道からなかなか江戸川に出られん。あっちこっち歩いて、ようやく江戸川に出て、一旦海の方に向かう。


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市川市高谷新町。江戸川河口付近。道に迷っているうちに、海の方は晴れてきた。


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少し戻るとこんな標識が。この後、250m毎にず~っと建っていた。


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土手はサイクリングロードとなっており、多くの自転車愛好家が走っていた。ジョギングの人も多い。釣り人も多い。徒歩ラーは少ない。



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市川市稲荷木(とうかぎ)江戸川大橋付近より振り返る。左江戸川(放水路)、右旧江戸川。


市川関所跡を過ぎ、京成線をくぐる。
高校生の時、江戸川沿いに春日部から京成線まで走らされた事を思い出す。


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市川市市川。京成線をくぐると国府台の台地が見え始めた。本日のお目当てである。

国府台には「里見公園」が南北2箇所にあり、どこかに国府台城跡があるはずである。
高貴な香りが漂う女子大の手前に南側の里見公園があるはずである。

行ってみると、森の中で中国の人々がなにやら拳法の練習をしていた。その先で少年野球が賑やかに行われていた。
一旦、台地を下る。


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江戸川は国府台の台地を削るように流れている。


北側の里見公園に行った。

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市川市国府台。里見公園北側。

里見公園は花が綺麗に咲いていた。城跡はなかなか見つからなかった。

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あった、あった!でもこれだけ。素人目には、遺構などは判らなかった。解説板もやや内容に不満が残った。

解説板には、築城は太田道灌との関連が書かれていた。対岸の東京都江戸川区・葛飾区には岩槻街道なる道があり、中川に通じる。中川は旧利根川と旧荒川であるので、元荒川沿いにある岩槻城=太田氏の関連を連想してしまうのだが、いかがなものか?(後で調べよ~っと)


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今日のメインデッシュ国府台を振り返る。少し食い足らないかったなぁ~。

江戸時代より前は、中川以東が下総国。力をつけた里見氏と新勢力の北条氏、それに旧勢力の関東管領上杉氏・足利公方などなどが関与して国府台合戦が勃発したようだが、複雑すぎて頭の中にはいっこうに沈殿してこないのである。



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矢切りの渡し付近を通過。



新葛飾橋を渡り、東京側へ移動。


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葛飾区東金町。葛西神社へ寄り道。


腹が減ったので、旧水戸街道へ出て、ラーメン屋に入る。

少し先に半田稲荷がある。ここは、足利公方との関係があるらしい。



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葛飾橋を通過。対岸の松戸市。


河川敷には野球場が続く。子供も大人も真剣にやっている。しばし、野球観戦。



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真っ直ぐな土手。暑くなってきた。歩く事に辟易してきた。

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三郷市新和。ノドの乾きが耐えられん。


土手下に降り、自販機を捜しながら車道を歩くも見つからず。再び土手に上がり少し歩くと下に自販機が見えた。


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遠くにJR武蔵野線が見えた。暑くてどうしようもない。


もう少し歩くつもりであったが、暑さにやられあえなくダウン。JR武蔵野線三郷駅で本日の歩き留め。海からたったの27kmであった。

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