カテゴリ: 中央線沿線・富士五湖周辺

山行日:2018.2.17
コース:JR中央線鳥沢駅(8:15)~高畑山分岐~破線道倉岳山北側の尾根~(10:50)倉岳山(11;15)~(12:15)808m・鳥屋山(12;30)~816m舟山(13:05)~寺下峠(13;20)~JR中央線梁川駅(14;50)


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JR中央線鳥沢駅で降りたのは3~4組の人々であった。俺が最後に無人の改札を通ったと思う。
すると、お巡りさんが近づいてきて、「どちらの山ですか?」と聞いてきた。「倉岳山です」
どうやら最近、近くの山で行方不明者がでているらしい。「斜面を滑り降りた跡は発見しているのですが、アイゼンは着けていなかったようです。アイゼンはお持ちですか?」 ムムムッ、スパイクチェーンしか持ってきていなかったが同じようなものだろうと、「ええ、持ってきていますけど・・・」「そうですか。倉岳山ならば大丈夫でしょう」との事。
そして、おかしなものを手渡された。幅2cm、長さ20cm位の黄色いリボンをリュックにくくりつけるように指示された。「上からの指示でして、遭難の際は、ヘリに向かってこのリボンを振ってくだい」と。ムムムッ・・・。こんなもの振って、見つけてくれるのかねぇ~。取り敢えず「判りました」と言っておいた。
しかし、3~4組降りた中で、俺だけが指導を受けたようでガテンがいかないねぇ~。そういやぁ、一番素人ぽい格好をしていたかもね。



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道々にて。左百蔵山、右扇山。扇山と百蔵山の落ち込みは、やっぱりすごいよなぁ~。


先月、高畑山から降りてきた道を途中まで辿ったのだが、街中で道迷い。記憶力はほぼ0かぁ~。ウロチョロして、ゲートを開いて山道にありついた。

小振りなダムを過ぎると、道が氷っていた。お巡りさんにも注意されていたし、せっかく持ってきた
のだからチェーンスパイクを装着した。この程度の氷と雪だと中々塩梅が良いではないの。


道に鉄道の定期が落ちていた。拾って脇の小岩の上に載せておいた。50mほど進んで、思い直し戻って定期を再び拾い上げた。良く見ると6カ月定期でこの先の期間は長い。距離もそこそこあるねぇ。どうすんべ~。落とし主が戻って捜しに来るかなぁ~。それともすでに下山している人のものかなぁ~。取り敢えず、フトコロに収めて、帰りがけに警察かJRに届ける事にした。

そこからしばらくで、高畑山の分岐を分け、さらにチョット先で石像の前の分岐に達した。右は沢沿いの正規ルート、左は「昭文社」の地図で破線道となっている倉岳山直登の尾根ルートであろう。左の破線ルートを選択。


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破線道分岐。破線道の方には標識が無かった。


しばらく登って、どうも様子がおかしい。地図では間もなく尾根に乗るはずであるが、ずーと尾根の山腹に道が繋がっている。標高が上がらない。下に見えていた沢が間近く見えてきた。道型が薄れていたが、先にテープが見えたので行ってみる。取り敢えず折り返すような薄い踏み跡が見えたので従ったが、ザレた山腹の急斜面で完全に道型を失う。まぁ居る場所はおおよそ特定できているので、あせらず山腹を斜上してみると、明瞭な道型に合流し尾根に達する事ができた。但し、昭文社記載の破線道とは違う方向から現れた道だった。


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尾根に乗ると平和な尾根だった。1~2名分位の古い足跡があった。


斜度が増して、


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カリカリした雪の上を歩くと、


看板があり、振り替えて見ると、


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と言った具合で・・・。


そこは、


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倉岳山山頂だった。青岸渡寺の札あり。


先客一人。
定期の事を聞くと、落としていないそうだ。



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先客のオッサンによると、今ようやく、雲が切れてきたとの事。ラッキーだ。



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アップで。


やがて、オッサンは去り、俺はタバコを吹かせる。

しばらくして、男女がやってきた。定期の事を聞くと、女性が定期を捜しはじめた。ナイナイ!との事。
乗車区間を聞くと、ピッタリ一致。俺はフトコロから定期を出した。



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そして、雲は去った。


もう一本吸って、山頂を去る。


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808m付近より、最後の富士山。


808m鳥屋山で、握り飯を食う。人影は皆無。



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綺麗な尾根道を進み、


818m舟山を越え、


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ここは、結構迷いやすそう。雪の上の踏み跡がなければ、あらぬ所へ行くところだった。



寺下峠に達した。
ここより梁川駅に向かう。


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ウワサ通りのロープ地帯。ロープがあるので大丈夫。ないと、かなりヤバイかも。


沢に出て、またしても道を失う。戻って、その途中で左に斜上する道を発見。こちらの方が薄いかもねぇ~。斜上し、小さな尾根を越え、再び沢に下るも、沢床には出ず、山腹を緩く下る(地図のイメージとは異なる)。広い車道に出て、これまた判り難い道を梁川駅に向かった。

山行日:2018.1.21
コース:JR中央線初狩駅(7;55)~男坂~(9:20)高川山(9;50)~峰山(11;20)~むすび山~JR大月駅(12;40)


寒いのぉ~。
手袋をはめて出発。
複雑怪奇な狭いコンクリ道を「高川山→」に導かれてユルユルと登った。「沢コース」の分岐から本格的な登りとなった。先日降った雨が氷っておるのか、滑ってなかなか進まん。



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女坂合流地点付近。ここで富士山が見えた。結果から言うと、本日一番クリアに見えた富士山であった。



天狗岩からの尾根だろうか、太い尾根に合流すると道は緩んだ。



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ユルユルと登る。杉林は少ない。山頂は近そうだ。



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高川山に到着。左奥は滝子山だろうか。


高川山には数組、数人がいたが、俺が到着するとパラパラと皆居なくなった。一人占めの山頂で、360°の展望でなんとも贅沢な感じだが、肝心の富士山方面だけは春霞がかかったようで、少し黄色っぽい。そういやぁ、早朝の寒さはどこへ行っちゃったの?フリースを脱いでも全く寒くない。



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高川山から。



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高川山から。



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高川山から。右に三ツ峠。



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高川山から。30分ほどいたが、しだいに霞んでいくような。


2人組が登ってきた。ここらでオヒラキにしよう。オサラバ。


高川山から大月市街に伸びる尾根を下った。ユルイ尾根だと思ったからだ。所がドッコイ、急斜と平坦の混成で、泥濘とした斜面に苦しんだ。ロープ多数ありで助かったが、峰山まで昭文社の地図で1時間の所1.5倍の時間を要した。



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峰山を過ぎて、ようやく平和な尾根になった。



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そして、最後のピーク「むすび山」に着いた。扇山から百蔵山の連なりが見えた。手前の岩殿山も行かなくっちゃ。などと思いつつタバコを吹かせた。


JR大月駅には、外人さんが大勢いらっしゃいました。

俺はホームで、グビリとピールを飲んだ。本当に明日、雪が降るのだろうかと、いった陽気であった。

山行日:2018.1.3
コース;JR中央線四方津駅=バス=犬目バス停(9;00)~稜線(9;50)~(10;35)扇山(10:50)~(12:35)百蔵山(12;50)~JR中央線猿橋駅(14;15)


中央線四方津駅から犬目行きのバスに乗ったのは、3組4名。終点まで乗っていたのは俺だけ。
どうやらここ犬目は旧甲州街道の宿場のよう。立派な家々が並ぶ。それにしても桂川からは随分と標高を上げている。


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犬目宿、宝勝寺より。


宝勝寺の先から山道に入る。ユルユルとした登りが続く。ありがたいねぇ~。



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樹間より。



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アッサリと主稜線に乗る。先週行った九鬼山が杉林だらけだったので、こういった森に出会うとホットする。



しかし、最後は急登となって、



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扇山に到着。すでに何組かいらっしゃいました。



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先週より200mほど標高が高い。そのせいか、少しは裾野が広がった。



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扇山より、もう一枚。


朝飯代わりの菓子パンを食って、煙をバキューム。そして、オサラバ。


扇山より西に向かう。とんでもない傾斜の急降下。400m弱の下りはヘコタレルわい。こう言う時は、荒川前岳を思い出すようにしている。あちらは700mだったから、あれよりはマシだと。

急降下後は、長々と小さな登り下り。バテル。



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ようやく百蔵山の登りとなる。ここも超急斜面。一般道というのに、木につかまりながら登った。樹間から扇山。ここから見ると平和に見えるのだが。



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やっとこさ、百蔵山到着。



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百蔵山にも家族連れ他、数人の方々がいらっしゃいました。


百蔵山で握り飯2個を食う。
なんだか、風が強くなってきた。もう少しゆっくりしようと思っていたが、寒風に背中を押されオサラバ。

少し西に進み、南へ下る。主稜線を離れると、風が収まり、陽もあたり暖かくなる。手袋をはずす。



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展望地より。



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展望地より。



この下山路、地図で見るととても等高線が混んでいたが、実際には細かく屈曲していて、俺向きの緩斜面で歩きやすかった。

途中より谷筋に入る。途中先行のご夫婦が滞っていた。道が分岐していた。どちらがいいのか?奥さま、スマホのアプリで右が良いと。あいよ!俺も右に。すぐにコンクリ道となった。やがて民家が現れる。


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コンクリ道より、しぶとく。



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桂川。



桂川を渡るとJR猿橋駅は近かった。

山行日:2017.12.29
コース;富士急行禾生駅(8:05)~(9;10)弥生峠(9;20)~九鬼山(9:45)~道迷い~高指山(11;45)~鈴ヶ音峠(11;45)~(12;40)大桑山(12:50)~(13;20)高畑山(13;40)~JR中央線鳥沢駅(15;10)



昭文社の「山と高原地図 高尾・陣馬」をみていたら、「秀麗富嶽12景」なる標記のある山をいくつか見つけた。ネットで検索すると、どうやら大月市が選定した「ひいでてうるわしい富士山の好展望地」であるらしい。興味を覚え、早速でかけてみた。


富士急行禾生駅から「杉山新道コース」を登った。

寒い。

良く整備された山道ながら、利用者が少ないとみえて、柔らかい足裏感覚の道であった。



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九十九折れの道から、ようやく富士山が見えてきた。



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弥生峠で、一旦杉林から解放される。



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九鬼山に到着。



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九鬼山より。杉林の切れ間から。



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縦走路に乗ると松林となる。



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松林の切れ間から。



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枯れ木越しに。



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松の枝越しに。


途中850m圏ピーク付近で南の尾根に引き込まれる。かなりの勾配で明瞭な道が下っていた。下から単独のオッカサンが登ってこられた。「この道、下まで下っちゃう」とおっしゃられる。オッカサンの後ろに着いて登り直し。途中より正解尾根が見えだした。俺は850m圏ピークの下からトラバース。オッカサンは怖いので、道なりに戻り、850mに登るとおっしゃられていました。オッカサンのおかげで、大下りせずにすみました。ありがとう。




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ようやく高指に到着。



かなり歩いて、車道の鈴ヶ音峠に到着。この先車道の分岐あり。左に行きたいのだが、チェーンがかかり、「侵入禁止」の看板あり。躊躇していると、右側の車道より軽トラックがやってきて、オトッツァンがチェーンの鍵をあけていた。オトッツァンに高畑山への道を聞く。チェーンの掛かった左の道だそうだ。
車道をしばらく歩くと「大桑山・高畑山→」の小さな道標があった。急な山道に入る。



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大桑山の登り。ここはコタエタのぉ~。



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大桑山。疲れました。



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大桑山の先に岩稜。30cm位の幅の所あり。横に木が伸びており、つかまれるので怖くはない。



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岩稜帯から。



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やっと着いた高畑山から。精根尽きました。倉岳山までと思っていたが、ここから下る事にした。


九十九折れの道を下って、



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ようやく車道に出て、


ここから鳥沢駅までは、まだまだ歩かねばならなかった。

山行日;2017.12.9
コース:JR高尾駅=バス=八王子城跡バス停(7:30)~八王子城本郭(8:30)~八王子城詰城~高ドッケ(9:50)~黒ドッケ(10;50)~堂所山(12:20)~(12;50)明王峠(13;20)~与瀬神社~JR相模湖駅(14;45)



高尾駅北口のバス乗り場には大勢の登山者がひしめいていた。

イヤだねぇ~。

「八王子城跡」行きのバスがやってきた。このバスに乗ったのは、オッサン一人と俺だけ。


終点八王子城跡バス停で下車。寒い。

ガイダンス施設の脇などを歩くも人の気配は皆無。様子は判らんが、取り敢えず「本丸→」に従おう。



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八王子城の案内。


八王子城は天正10年(1582)頃から築城が開始され、天正15年頃までに滝山城(八王子市)から拠点を移したとの事。戦国末期の城だ。豊臣秀吉の小田原征伐により天正18年に落城。わずか一日で落城と伝わる。築城から数年の出来事であった。城主は北条氏照。落城時には小田原城に詰めており不在。

北条氏照は通称であろう。大石氏照だと思う。
ちなみに鉢形城の北条氏邦は本名藤田氏邦。自ら北条氏邦を名乗った事はない。

毛利などは、正しく吉川だの小早川だのと後世に伝わるが、北条一族はどうした事なのか?ああ、初代早雲からして本名は定着していなかったか。

などと、つまらぬ事を妄想しながら、雛壇状の尾根筋を登る。


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八王子城を登る。


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八王子城にて。


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金子曲輪あたりだったか。



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松木曲輪付近から。



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松木曲輪付近から。



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八王子城本丸。


八王子城の規模は想像をはるかに超えていた。埼玉の藪城とはスケールが全く違っていた。下からここまで、ウロツキながら歩いたとは言え、1時間を要した。尾根上の雛壇や帯曲輪と思われる削平地などが随所にあった。
このような大規模な山城が、たった一日で落城してしまったとは信じがたい。築城途上であったともいわれており、何か致命的な欠陥でもあったのか。それとも城主不在で城内の連携、統率に問題があったのか。
この地で、多くの武蔵武士が落城とともに命を失っている。


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八王子神社。


ここまで随分時間を使ってしまった。日の短いこの時季、先を急がねば。と言った所で、歩みが早まる事は無い。


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八王子城詰城。



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詰城付近の大規模な堀切。


詰城と呼ばれる郭を通過すると、城跡の雰囲気は失せた。北高尾山稜と言うらしい尾根をひたすら歩く。展望は悪いが、照葉樹の卓越した森が続く。


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富士見台。数少ない展望地。



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高ドッケを通過して。


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黒ドッケ。ん、確か酉谷山も黒ドッケのはず。「ドッケ」も東京都にとられてしまったなぁ~。



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黒ドッケを過ぎると平和な尾根に。ここまで、イヤと言うほどの登り下りがあった。



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堂所山を通過。ここより裏高尾縦走路と合流。いきなり人が増えた。



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明王峠到着。



明王峠には多くの人々がいた。一段下がった所でひっそりと昼飯を食った。ここを訪れたのは40年ぶりだろう。若い頃の記憶は鮮明に残っている事がある。ここの茶店の雰囲気も40年前と変わっていなかった。40年前と同じように店の人はいなかった。


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相模湖に向かって下る。サクラの大木が何本もあった。春に訪れるべき山なのか。



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孫山を緩く巻いて、急降下すると相模湖が見えた。



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しつこく、急降下すると与瀬神社。



与瀬神社の参道を下ると中央自動車道の跨線橋(人専用)。そこから相模湖駅は至近だった。


駅に着いた途端に登り電車が発車していった。
する事も無く、タバコを吸いに駅舎の外にでるも、「路上喫煙禁止」張り紙がそこいらじゅうに張られている。ようやく灰皿設置場所を見つけ事無きを得る。

やってきた電車は満員だった。

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