カテゴリ: 寺社めぐり、城めぐり

行った日:2021.12.5


久しぶりに新座市の平林寺へモミジを見に出かけた。



新座市平林寺門前にて。
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入っていきなりの紅葉。
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平林寺は南北朝時代に創建。元々は岩槻にあった。現在でも岩槻に「平林寺」の地名が残っている。
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戦国時代に戦禍を受けたが、江戸時代に現在の地に移転。松平信綱一族の菩提寺となる。
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寺域は広く、東京ドーム9個分に相当するとのこと。
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建物群を過ぎると広大な境内林となる。
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境内林は国天然記念物。
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武蔵野の雑木林の趣を残すといわれている。
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紅葉は終盤を迎えつつある。
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深紅のモミジに西日が当たる。
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明日から天気が崩れかげんという事で、日曜日ではあったがやってきた。
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筋子のようなモミジに目が奪われる。
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境内の散策モデルコースは2kmに及ぶという。ここら辺りは寺の雰囲気は無い。
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ムフフッ・・・。
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野火止塚。
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この季節、散策する人は多い。人が切れた所で、パパッとシャッターボタンを押す。
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西日に助けられて。
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ムフッ。
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1時間ほど歩き廻って、総門に戻ってきた。以前より歩ける所が制限されているような。
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それでも満足して、最後の一枚を撮って、オサラバ。
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予定を早めて来てよかった。

すでに平林寺の紅葉は終盤を迎えているように感じられた。

山行日:2020.12.13
コース:五丈の滝入口駐車場(8:00)~前沢林道~380m付近から引き返す(道間違え8:30)~五丈の滝入口駐車場(9:00)~前沢林道~五丈の滝観瀑台(9:20)~滝見の松(9:30)~倒木帯(9:40)~敗走~五丈の滝入口駐車場(10:00)
=車移動=金蔵院(10:40)~(11:20)アド山・阿土山城(11:50)~金蔵院P(12:15)
=車移動=正雲寺公民館・豊代城跡・佐野源左衛門常世館跡


「とちぎの景勝100選」という佐野市の五丈の滝を見に行った。もちろん、その上にある岳ノ山、大鳥屋山にも行くつもりだった。帰りには、みー猫さんの紅葉情報にあった金蔵院にも寄るのだ。

結果から言えば、道間違えと倒木帯のおかげで岳ノ山は敗走。道間違えは頭の衰え、倒木帯での敗走は体の衰えに他ならない。なさけないのぉ~。
時間があったので、金蔵院からアド山に登った。アド山は阿土山城でもあるのだが、これが結構いけている山城遺構だった。取り敢えず、ご機嫌を治しての帰宅となった。


①-1 岳ノ山道間違え
登山ガイドによると、五丈の滝入口駐車場のすぐ先で、道が2分するとでていた。が、実際には3分していた。真ん中の林道には前沢林道の標示があった。確か前沢林道を行くはずだと思い、中央の林道に入った。
なんか、ガイド本に出ていた様子と違うなとは感じたが、昨年の大雨の影響かなにかで、道が荒れているのかと思った。林道が尽き沢筋の踏み跡を辿るもすぐに倒木で前に進むのが面倒な状態になった。う~む、ど~すんべ~。地図を見て、このあとかなりの急斜面になるようなので、この荒れようでは労が多すぎようと思い撤退する事にした。

林道に出て、沢筋を振り返る。
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荒れた林道を戻る。
すると、子供連れの5、6人のグループが登ってきた。
そこで、山の様子などを伺うと、何とこの道は五丈の滝へ向かう道ではない事を知らされた。ムムムッ・・・・。駐車場から一番右の道を行かなければ行けなかったと。トホホホ・・・。
で、撤退ではなく、戻る!


駐車場に戻って、道を確認。なんと立派な標識があった。ガクッ・・・。
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そして、正しい道には「前沢林道」の標識が斜めに倒れかけていた。



①-2 岳ノ山敗走
気を取り直して、五丈の滝に向かう。1時間の時間ロスだ。
さっきの林道よりややマシな道を行くと、「観瀑台→」が現れた。やけに人通りが少な気な小道を谷に下る。倒木があったりして歩き難い。
そして、人の訪れた気配を感じさせない観瀑台に到着。

五丈の滝はご覧の通り、ショボイものであった。
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ガイド本には、五丈どころではなく40mの滝、と出ていた。水量が少ないのか、地形が変わってしまったのか、とても「ちちぎの景勝100選」には見えなかった。


ガイド本にでていた「滝見の松」に到着。ここからは滝は見えなかった。
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「滝見の松」から少し進むと、どうやら五丈の滝の落ち口らしきものがチラリと見えた。
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そして、道は細くなった。すぐに杉の倒木帯にでくわした。
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倒木はおびただしいものであった。いくつかまたいで越えた。先を見てもどこまでも倒木が続いていた。
諦めよう。
敗走じゃぁ~。



②金蔵院とアド山
金蔵院にて。金蔵院は佐野氏代々の祈願所と伝わる。
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金蔵院。
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なにか咲いていた。
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一応秋らしく。
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参道にて。
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参道には、僅かに散り残りモミジがあった。
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参道起点のすぐそばに。
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檻のような所に入ってアド山の西尾根を辿る。
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道記号は無いが、かなり明瞭な踏み跡がある。往時も登城路はここだったらしい。
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わずかな散り残り紅葉。
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250m付近(正確ではありません)の尾根を切断する堀切。
DSC03411堀切1



300m付近の堀切。
DSC03416堀切2



320m付近。
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石垣。
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340m付近の竪掘りを伴った堀切。
DSC03420堀切3



やがて斜面が急になり、連続して段切り跡が現れる。


段切り3段目上の平場に石祠が。その上の段切りを乗り越すと4段目、
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アド山山頂・阿土山城跡最高地点だった。山頂は細長くとても本郭とは言い難い。しかし、中世の山城としては、素人目にもわかる遺構の数々に魅せられた。阿土山城は麓の豊代城の詰め城と考えられている。
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ハイキングコースが標されていた。
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山頂から葛生方向。
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山頂には先客がお一人いらっしゃいました。
地元の方で、佐野のヤブ山城をたくさん訪れているとの事でした。足止めしてしまって、いろいろ伺ってしまいました。上の上の写真のハイキングコースをグルッと一周するそうです。


先客が去り、俺も菓子パンを食ってオサラバ。俺はもと来た道を引き返した。
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下ると、パラパラと雨が降ってきた。お天気雨である。
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そして、山頂でお会いした方がちょうど金蔵院の駐車場に現た。
俺は次に訪れたい豊代城の正確な位置を知らなかったので、しめたと思い豊代城の位置をお聞きした。しかし、興味の対象は山城なので平城の豊代城は名前しか知らないとの事。残念。
まぁよい、出たトコ勝負だ。豊代城捜しに車を走らせた。




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③豊代城・佐野源左衛門常世館
県道より東寄りの道を南下すると、「佐野源左衛門館200m」の標柱がチラリと見えた。ゆっくりと車を進め、右折すると、
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正雲寺公民館駐車地に佐野源左衛門館跡の解説板があった。
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近くに方形の土塁遺構があるとされるが、捜しても見当たらなかった。
現在公民館内に位牌があるらしいが、さすがに館内への侵入ははばかれた。



これで今回の旅は終了だ。
前半はなんだかハチャメチャで面白くも無かったが、アド山で何とか挽回できた。アド山山頂で出会った方からは、「岳ノ山は375mから東尾根を辿ると石祠などが散見され楽しい」とのアドバイスをいただいた。またの機会に岳ノ山を考えてみようではないの。




18580歩

山行日:2020.11.16
コース:東武伊勢崎線足利市駅=足利市営バス=行道山(8:50)~行道山浄因寺(9:20)~寝釈迦~石尊山(9:50)~毘沙門天(10:30)~(11:40)両涯山(11:50)~モミジ谷~織姫神社(12:40)~鑁阿寺~足利市駅(13:30)


なにやら低山の紅葉が一気に進んでいるような気配を感じ、アセル気持ちを抑えきれずに足利観光に向かった。

足利市駅から市営バスに乗った。乗客は5~6人の登山者Gと生活利用者らしき人々数人が乗った。
登山者Gはしきりに「牛奥の雁ヶ腹摺山」の話をしていた。どうも牛奥から石丸峠に向かう計画のようだ。俺は、「そっちでは無く、白谷の丸へ行けばいいのに」と激しく思ったのだが、黙っていた。



終点の行道山バス停で下車。しばらく車道を歩く。
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浄因寺の駐車地から石の階段道を登る。モノレールは休業中との事。参道脇の石仏などを見ながらヒーヒー言って登る。今日は暑い!
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浄因寺着。一応紅葉していた木が僅かにあった。下の写真いいトコ撮り。実態は色付き始めの感じ。清心亭は閉鎖中との事。
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浄因寺のイチョウ。ほぼ黄色くなっていたが、下の方は緑が残る。浄因寺の紅葉は今週末あたりからかなぁ~。

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寝釈迦まで上がってきた。汗ダクである。
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石尊山で菓子パンを食った。山頂にあった温度計は18℃を示していたが、体感はもっと暑い。着ているものを脱いでオサラバ。


褐葉の森を行く。
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毘沙門天山門。カエデは紅葉していなかった。イチョウがなんとか。
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たまに鮮やかな黄色が。
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削平平坦部があり郭跡かと。足利城北側だろう。そして堀切状。
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堀切を登り返すと、足利城・両涯山。山頂のベンチはオバサマGに占領されていた。
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一段下って。カエデが赤くなりはじめ。ここでも菓子パン食ってオサラバ。
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足利城・両涯山からは人々の往来が多くなる。



おおっ、モミジ谷だ。なんかクスンでいるけど赤く紅葉している。早速、モミジ谷に下った。
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モミジ谷に入ると、光線の具合がいいのか、クスミは全く感じず。
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真っ赤なモミジを見て、鼻血ブー。
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ヒヒヒッ・・・。
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ここまでの行程で、真っ赤な色合いは諦めていたので、喜びもひとしお。
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たまりません。しかし、モミジに興奮したせいか、便意を催す。なんでまた、こんな時に~!
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織姫神社に急行す。そこで便所を捜すしかあるまい。
神社入口駐車場に便所を発見し、事無きを得る。
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織姫神社のモミジは赤くなりきっていなかった。残念。鑁阿寺へ向かおう。
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鑁阿寺にて。鑁阿寺の側門から入山。いきなり熟しきったモミジが現れる。写真家がロープの内側に侵入し、写真を撮っていた。蹴飛ばしてやりたかったが、その際自分もロープ内に入る事になるので、やめておいた。ジジィ、どきやがれ!
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鑁阿寺にて。大イチョウが見事に黄色くなっていた。
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鑁阿寺にて。角度を変えて。
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鑁阿寺にて。
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鑁阿寺のカエデの多くは赤くなっていた。鑁阿寺で2回目の鼻血ブー。
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鑁阿寺にて。
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鑁阿寺にて。
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鑁阿寺山門。
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渡良瀬川にて。夕景にはチト早い。特に森高千里のファンではないが。
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足利市駅に着くと、特急りょうもう号は10分待ちだった。

足利の紅葉は、
・浄因寺、毘沙門天、両涯山、織姫神社が色付き始め。
・モミジ谷は最盛期。
・鑁阿寺は最盛期直前。
という印象でした。

足利では以前も感じたのですが、「標高の高い所から順番に紅葉する」とは言えないのでした。そして、残念ながら、浄因寺ともみじ谷の紅葉を一回で堪能する事はできないという事がはっきりと判りました。





25901歩

山行日:2020.6.3
コース:西武鉄道飯能駅(6:50)~割岩橋~金蔵寺登り口(7:35)~男坂~殿屋敷~(7:55)龍涯山(8:10)~富士見台~龍涯山公園(8:40)~県道28号線~クリーンセンター~道迷い~配水場広場(9:20)~みはらし台~赤根が峠~柏木山(10:40)~富士見平(永坂?)~茜公園(11:00)~車道~八耳道登山口~金蔵寺口登山口~飯能駅(12:00)


コロナで自粛しておったが、緊急事態宣言が解除され6月に入ったので県内の移動ならよかろうと、足に優しそうに思える飯能市の大河原龍涯山城と柏木山を訪れる事にした。
前回は原市場竜谷山と吾野りゅうがい山を訪ねたので、その続きである。
柏木山は大河原龍崖山城だけでは歩き足りないだろうと、つけたしのようなものであったが、意外にも好展望の山であった。むしろ柏木山の方がメインだったような気すらしている。



飯能駅北口から真っ直ぐ歩いて、割岩橋で名栗川を渡った。
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割岩橋から。上流側の飯能河原。
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割岩橋から。下流側。
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やや迷い気味に、金蔵寺口登山コースを発見。当初はこの先の八耳堂から登るつもりであったが、「龍崖山→」を見て、なんのためらいもなくこのコースに引き込まれてしまった。
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男坂、女坂分岐。男坂を選択。
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まもなく殿屋敷に到着。大河原氏館があったとされる。すでに城域に入ったのか。
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殿屋敷から急坂となるが僅かで尾根に出て右折すると、
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龍崖山城本郭の山頂に到着。山頂には気の利いた展望器具があった。恐ろしく精度の良い装置であった。
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龍崖山山頂(大河原城本郭)。ここで朝飯を食う。気温20℃。
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先に進むと、明瞭な堀切が出現した。堀切から連続する竪掘りと思われる溝が見えた。結局城跡らしい遺構はこの堀切と殿平の削平面だけであった。土塁跡などもあるらしいが、暑くてそれを捜す気力は萎えていた。
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展望がよいとされる富士見台に寄ってみたら、よく見えるのは直ぐそばの工場の敷地であった。何か大きな音が轟いている。うるさい。土日は静かなのかもしれない。目をこらすと、うっすらと富士山が見えているような気がした。
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富士見台から。左の小さなわだかまりが柏木山のようだ。
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燧山の小ピークを越える。もう一つ小ピークを越えて、下りとなる。
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道の途中に、熊ヨケの鐘と金槌が吊るされていた。こんな所で熊が出るのかねぇ~。



すると、何と出たのである!
スワ、熊か!
距離10m。
やっこさん、じっとしている。
首にぶら下げていたカメラをメクラ押しして、後ずさり。視界から消えた所で走って逃げた。
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ムムムッ・・・・。
ナンダ今のヤツ。
暗くてよく見えんかったのだ。
イノシシにしてはスマート。犬にしてはでかすぎる。やっぱり熊かいな。

上の写真は、帰ってから明るく加工したもの。カメラはメクラ押ししているので、ピントは手前の木に合ってしまっている。


すぐに龍崖山公園に出た。カメラを確認。写りが暗くてよく判らん。熊かもねぇ~、と思った。
公園の上の方からランニングのオッサンがやってきたので、
「この辺に熊がいるのですか」と聞くと。
「熊はいないけど、カモシカならいるよ」との事。続けて「二頭いたが、一頭は沼にはまって死んだ」と。

ムムムッ・・・、またしてもカモシカか!(岩櫃山でカモシカを熊と間違えた)
しかし、飯能でカモシカは驚きだ。
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上の写真の階段を登るのが正解だったようだが、おバカな俺は安易に楽な下り階段を下ってしまった。
県道28号線に出てしまった。
ここから道に迷い気味にさまよう。


ようやく柏木山の登山道を見つける。どうも昭文社の地図に出ているトイレの位置が違うんじゃぁね~の。と人のせいにする。


登山道とは言っても御覧の通り。工場の敷地に沿った道をしばらく歩く。向こうに見える左端が龍崖山。中央が燧山だろう。工場では小型のポールミルが轟音をたてて稼働していた。
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赤根ヶ峠に到着。立ち入り禁止が旧の峠道のようだ。
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解説板からは飯能と青梅を結ぶ峠道だったようだ。今は工場で分断されている。龍崖城は15世紀の城跡と推定されているので、ここいらの親分三田氏(青梅)の配下だったのかもしれんなぁ。などといつもの妄想を巡らすのであった。
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赤根ヶ峠は五差路になっていた。取り敢えず「フェンス道」なる尾根上の道を行く。
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ボールミルの音が遠ざかれば・・・、結構いい所ではないか。
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暑苦しいがアジサイが。
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そして、大岳山が見えた。
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僅かで柏木山に到着。先着に2名の爺さんが。地元の方だった。
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柏木山はすこぶる展望がよかった。左に川苔山。中央手前に棒の折れ山。右に蕎麦粒山。
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その他に、秩父大平山、七跳山まで見える。残念な事に三つドッケは見えなかった。



柏木山には花が植えられていた。先着の2名が去ると、地元の老人1名とご夫婦1組が現れた。大分長居となった。地元のご老人に帰り道を聞き山頂を去る。
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昭文社の地図にある「永坂」は地元の人は知らなかった。富士見平と言っていた。現地にも「富士見平」とあった。富士見平で左折。イチゴの実のあふれる道を下ると、
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茜公園。ここから車道に出て、
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八耳堂に達した。本来ここから登る予定であった。
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八耳堂。
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八耳堂から炎天の車道を飯能駅に向かった。



家に帰り、「東京アラート」の発出を知る。
いやはやこの先どうなるのか。
今夏は久しぶりに北アに繰り出そうかと思っていたのだが、山小屋は三密のルツボであろうな。居酒屋さんしかり、山小屋しかり。俺の悩みなど取るに足らないものなのかもしれないねぇ~。

山行日:2020.2.24
コース:西武鉄道飯能駅=バス=原市場中学校前(7:35)~妻沢地区・りゅうがい山城跡案内板(8:10)~300m圏・尾根上(8:30)~(8:50)382m峰・原市場龍谷山城(9:05)~天神峠(9:40)~車道(9:50)~山中地区(10:30)~下中沢地区(10:40)~栃屋谷地区(10:50)~山道~飛村地区(11:20)~道迷い~483m峰北方(12:10)~車道~山道~前坂(12:30)~354m峰・吾野龍涯山城(13:10)~岡部屋敷跡~駐車地(13:40)~西武吾野駅(13:50)


たそがれオヤジさんの裏筑波記に登場した竜ヶ井山城に行ってみようかとネットで検索しているうちに、なにやらおかしな事に気づいてしまった。

それは、
皆野町三沢・竜谷城(千馬山城)
毛呂山町・竜ヶ谷山城
桜川市真壁・竜ヶ井城=たそがれさん踏査
そして
飯能市原市場・龍谷山城
飯能市吾野・龍涯山城

みな、呼び名は「りゅうがい」のようだ。

そういやぁ~、
足利・両涯山も山城跡だった。「りょうがいさん」の小さな「ょ」を「ゅ」に変えれば同じ響きになる(チト、無理があるが)。
「りゅうがい山」て山城特有の山名だったりしないのか、と思ってしまったのである。まぁ、俺の妄想は、当てにならないが。当てにならないが故の妄想なので・・・・。

飯能の「りゅうがい山城」は未訪だったので、こちらを優先して、二つの「りゅうがい山」を結ぶ旅に出かけたのだ。
そして、とんでもない道迷いをしでかしてしまった。



飯能市の「原市場中学校」でバスを下車。
まずは、原市場龍谷山城を目指す。HP「余湖君のホームページ」から妻沢地区から登城ルートがある事を予習していたので、名栗川の支流妻沢川に沿った車道を歩いた。
ほど無く、「日影、赤沢→」を見るが、通過。横眼で左手を見つつ歩くと、「余湖君のホームページ」に出ていた、「リュウガイ城跡→」が現れ、これに従う。
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初めは明瞭な沢沿いの道だったが、すぐに倒木地帯となり、それに大量の間伐材の残置帯が現れ、道を失う。倒木が折り重なっているので簡単には越えられない。斜面を上に下に左右に移動しながら登る。
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尾根に出ると、目の前に標識が立っていた。標高300m付近だった。俺は黄色く塗りつぶされた所から上がってきた。「中之坂」から歩けば労が少ないのだろうが、「中之坂」がどこにあるのか判らない。尾根上を龍谷城跡に向かう。
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尾根上には極めて明瞭な道があった。
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こんな不安定なケルンらしきものが、かなりあった。
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やがて、小規模な段切り跡と思われる面が2箇所現れた。
そして、明瞭な堀切跡。
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その上が、広く削平された382m峰・龍谷山城(一応本郭としよう)であった。
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北側にあった小さな腰郭。
DSC00333腰郭


15分ほど周囲を探索したが、竪掘りは見られなかった。先へ進もう。天神峠に向かうと、
西側にも明瞭な堀切があった。
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杉林が続く。花粉は飛んでいないのか、クシャミは出なかった。
鉄塔近くの数少ない展望地。向かいに周助山~ノボットの尾根が見えた。
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天神峠に到着。ムムッ、ここの方が堀切らしい。
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天神峠から進むべき方向に明瞭な道型無し。強引に登ると道が現れた。
間もなく車道に合流。
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車道を山中地区に向かう。
山肌からジャリジャリと小石が落ちてくる。車道の谷側を歩く。


山中地区に到着。住人の居そうにない民家の庭先に福寿草が咲いていた。
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なおも車道を歩き、下中沢に向かい、栃屋谷地区を目指す。下中沢地区にて↓
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栃屋谷地区の民家がポツポツ現れて、右手の登山道を捜しながら歩いていると、赤い小さな橋の脇に「飛村→」を発見。
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沢沿いから山腹道となり、下り気味となり、民家の脇を抜けると、車道に出た。ここを左へ行けばいいはず(だった)。
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飛村地区の車道を左に行く。振り返って(ガードレールの右側からやってきた)。呑気に梅の写真を撮っていた。
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ここにも福寿草。
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蝋梅も咲いていた。春の気分を満喫していた。
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やがて林道は未舗装となったが、地形図通り道が二股に分かれた。予定通り右の道を選択。すぐに山道が現れるはずだったが、山道は現れなかった。廃道にでもなったかと思い、林道を戻り左の道を選択。こちらを使っても「前坂」に出られるはずと思っていた。林道を進む。気がつくと車の通れる幅員では無くなっていたし、それどころか踏み跡すら無くなってしまった。ムムムッ・・・・。地図にコンパスを当てる。ゲーッ、進んでいる方向が全然違うじゃぁないの。今は窪状の真ん中にいる。辺りを見回す。正面に障壁のような急斜面が聳えていた。どうしよう。
道を間違えているのは確かだが、それほど外しているはずは無いと思った。正面は急斜面ではあるが、さしたる標高差はないだろう。登り切れば前坂に繋がる車道の何処かに出るはずだ。
と、考え窪状を直登した。
登りはじめて、思ってた以上の急斜面であることが判った。まずいねぇ~。杉林なのに木の間隔が広い。掴んだ灌木がポキリと折れて冷っとする。掴むものを捜す。大分前にハイトスさん、たそがれさん、みー猫さん、ななころびさんの強力Pが、急斜面で窮して「草むしり尾根」と命名していたのを思い出す。ここは杉林で草は皆無。細々と生えているシダをワシ掴みする。つま先を斜面に蹴り込んで。あ~っ、また爪が死んでしまう。
やがて、右上方に白いガードレールが見えた。しかし、そちらは斜面がさらに急で近づけそうもない。反対の左を斜上した。やっとの思いで尾根上に出た。そこにはあるはずの車道は無かった。ムムムッ・・・。俺はいったいどこに居るのだろう。GPSもスマホも持っていない。アナログ男としては、高度計と磁石と地図に頼るほかは無い。
高度計は480mを示していた。ポンコツ頭をフル稼働させた所で現在位置は判らなかった。
取り敢えずガードレールの見えた方に向かった。

ガーン、超急斜面の遥か下に車道が見えた。いやはや。ど~すんべ~。
取り敢えず辺りを観察すると、少し戻った所に薄い踏み跡を発見。踏み跡を辿ると簡単に車道に降りられた。助かった~。

しかし、ここは何処なんだ。さっぱり判らん。でも途中で見た磁石の方向から前坂より西に居る事だけは間違えなかろうと、車道を東に歩いた。やがて、車道の敷設の具合などから徐々に現在位置が判りはじめた。それが正解だとすると、とんでもなく離れた所に出た事になる。やがて、俺の推定が正しい事が判った。石灰工場の轟音が聞こえたからだ。
いやはや、とんだ道迷いの仕方であった。岡山の天柱山での迷い方に匹敵するヒドサだ。それにしても、飛村地区でどのように間違ったのか、いまだに判らないでいる。


あとは、簡単に前坂に出る事ができた。前坂から吾野駅方向に向かう。
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前坂から下って、320m付近に(多分私製の)案内があって、龍涯山城跡に向かう。ボンヤリした地形ではあるが、薄い踏み跡があり、これを追う。もちろん磁石からは目を離さなかった。途中土塁状が見えたが、土塁かどうかは判らない。大岩が現れて、そこから尾根型がはっきりしてきた。
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埋もれかけた堀切があり、
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すぐに削平された354m峰・(吾野)龍涯山城に到着。
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龍涯山城は、素人目に、一つの堀切と山頂部の平坦面以外城らしい遺構は見つけられなかった。

山頂部から北北東の岡部屋敷に向かおう。山頂部でルートを捜すと赤テープが見つかり、これを追う。しかし、磁石の方向が悪いのぉ~。と思いきや薄い踏み跡は急旋回し、安心できる磁石の方向となった。


そして、かなり広い岡部屋敷跡と言われる削平平坦面240m圏に出た。
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平坦面にあった小社。ガラス入り。石造の扉あり。
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岡部屋敷からの下り道は、平坦面中央やや左よりの篠笹の薄い所にあった。最後は道を失うも、ブルーシートの建物が見えて、その駐車地に到着。
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そして、やや迷い気味に西武鉄道吾野駅に着いた。


本日のルート。
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本日のルート。
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本日のルート。飛村地区での自分の動きが全く判らない。
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飯能の二つの「りゅうがい山」を強引に結んで歩いてみた。結果、得られたのは、道迷い癖が濃厚になりつつある自分を再認識した事。
まぁ、それでも「りゅうがい山」を見つけたらまた訪れてみようと思う。「りゅうがい山」=山城なのか、妄想をもう少し追いかけてみようではないの。でも、GPSは必要かな。

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