カテゴリ: 那須

山行日:2009.3.7~8
目的地:三斗小屋温泉
コース:大丸温泉(10:40)~峰の茶屋~三斗小屋温泉(15:30泊)  三斗小屋温泉(8:00)~隠居倉~那須主稜線~朝日岳~明礬沢~大丸温泉(14:30)

FKDさんより、「三斗小屋温泉大黒屋さんに、特別に泊めて頂き、あったか~い温泉にツカル」と言う企画ということでお誘いをいただき、今回の山行に参加した。
メンバーは栃木県の山岳会(男3,女2 以下栃木県隊),東京の山岳会(男5,女5以下東京都隊),三斗小屋の従業員氏(1),そしてマヨイ子のおいら(1)、総勢17名と言う大所帯だ。

集合時間になっても大丸温泉に東京隊は姿を現さなかった。東京隊の到着が大幅に遅れるとの情報で、総隊長の栃木隊のW氏だけが東京隊を待つことになり、その他の栃木県隊員、従業員氏、マヨイ子のおいらは小雪の中出発した。

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小雪の中を出発した栃木県隊 従業員氏が先頭を引っ張る。

登山指導センターで休憩。マイナス5℃だった。比較的暖かい。天気は悪いが、午後になれば移動性高気圧がはりだし天候は回復するだろう、などと話していた。ストーブに火を入れ東京隊を待つがなかなか来ない。東京隊が現れたのは12:00近かった。東京隊はここで昼飯にするということで、栃木隊は手狭な指導センターを出発した。

樹林帯を抜けると那須名物の強風に見舞われた。山腹の道に出ると風は強まった。登山者が次々に下山してくる。峰の茶屋の避難小屋が見えて来た頃は、耐風姿勢を取る時間が長くなった。おいらは、メガネの上からつけるサングラス(5000円)を吹き飛ばされた。我々の食料を背負った従業員氏は重荷のためか後方に下がり、FKDさんが先導する。雪がやんでいたのは幸いだった。おいらは親指の先が異常に痛くなっていた。見ると毛糸の手袋の先っちょに穴があいていた。
峰の茶屋まで、もう僅かと言う所で烈風となった。耐風姿勢の時間が歩く時間の数倍となった。まずFKDさんが避難小屋にたどり着いた。次いで、おいらもなんとか避難小屋の柱にしがみつく。栃木県隊の女性隊員は避難小屋10m手前の氷の地面で四つんばいになり烈風に耐えている。風の隙間をついて、何とか小屋影に転がり込む。栃木県隊の副隊長、従業員氏が次々に小屋影にたどり着きほっとする。
従業員氏はメガネと毛糸の帽子を吹き飛ばされていた。重荷で体の自由が利かなかったのだろう。
避難小屋にはお一人いらっしゃた。栃木県隊はアイゼンを脱ぐのが面倒なのと、冬季の入り口が異様に小さいことがあって、小屋にははいらなかった。外で東京都隊の到着を待った。東京都隊が見えたのは30分後ぐらいだった。東京都隊も烈風にさらされ、なかなか近づかない。
栃木県隊の副隊長Ⅰ氏は、「これ以上ここに居るのは危険。まさか予定通りこれから朝日岳に向かうことはできないだろう」との判断で、東京都隊の到着を待たずに三斗小屋温泉直行コースへの出発を決断した。おいらは、嬉しかった。
しかし、ここからも地獄であった。近年取り付けられた強風対策用の鎖の半分が氷に埋まっていたのだ。鎖にしがみつき峰の茶屋を突破するつもりだったのだ。FKD氏が再び先導し、這いつくばるようにジリジリと進む。ようやく、御沢の斜面にたどり着く。おいらも氷と烈風にビビリながら、四つんばいで突破。全員御沢の斜面に降り立ち喜びをかみしめた。ここまでくれば強風と言えども何とかなる。クラスト気味の斜面にアイゼンを利かし、逃げるように下る。

峰の茶屋付近の写真は余裕無く、無し。


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峰の茶屋のはるか下の避難小屋に到着。ここで、遅い昼飯とする。平和なひと時を過ごす。


昼飯を食い終わり、心配しながら峰の茶屋を見上げていると、ようやく東京都隊が姿を現した。全員無事だった。

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東京都隊がパラパラと姿を現した。峰の茶屋付近に青空が見えてきた。


再び従業員氏が先頭となり、三斗小屋に向かう。雪は締まり多少潜るもののカンジキ無しで歩けた。


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15:30三斗小屋着。雪に埋もれた大黒屋さん。これでも雪は少ないそうだ。ご主人は、前日、雨の中、峰の茶屋を越えてきたと。ありがとうございました。


念願の湯につかり、16:00には早くも酒宴となる。人の酒ばかり飲み、東京都隊との合同宴会の時には、すでにヘベレケに。酒に弱いおいらは、20:00には羽毛布団に潜りこんだ。


8日の早朝は快晴だったが、出発する頃にはすでに薄雲がかかり始めていた。昨日行く予定だった朝日岳に隠居倉経由で行くことになった。白樺の林を総隊長が先導する。


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隠居倉に続く尾根に出ると、流石山、大倉山方面の山とヒウチ岳、会津駒の山々が見えた。


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遠く、純白の飯豊連峰が見える。


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隠居倉に着くと、高曇りの中、三本槍も見え出した。

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これから目指す朝日岳

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茶臼岳 昨日苦労した峰の茶屋に人影がちらほらと。

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隠居倉を越えると、いやらしい細い尾根となる。女性隊員のため総隊長と東京都隊はロープを張った。


那須の主稜線に着くと南下し朝日岳に向かう。
朝日岳の基部で大休止。その間、東京都隊とおいらは朝日岳に向かう。地元栃木県隊のメンバーは、朝日岳登頂には大した魅力は無いようだ。


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朝日岳からの旭岳。中央の小さく見える三角ピークが旭岳

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朝日岳からの下山も苦労させられた。山々に雪が少ない割りに、岩稜帯に氷雪が多いとのことだ。


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いやらしいトラバース。3回に渡り、確保用のロープを張って通過した。


剣ヶ峰手前の鞍部からすばらしい雪の斜面があった。今日はここを下ると言う。地図に無い明礬沢コースだ。


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硬めの雪面にアイゼンを利かし、快適に下る。


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快適な下りもここまで。藪の片斜面を突破し、登山指導所に着いた。


大丸温泉で一風呂浴びた。反省会をすると言う栃木県隊と東京都隊に暇乞いをし、車に乗り込んだ。振り返ると、なんと青々と晴れ上がった那須連峰が見えるではないか。

栃木県隊の皆様、東京都隊の皆様、FKDさん、ありがとうございました。

いよいよ、9月21日に国道289号線の甲子道路が開通する。これまでの登山道国道甲子温泉~下郷村の道はどうなるのだろう。

たまたま、先週、那須旭岳の帰りに甲子温泉の玄関口に、宿の方がいたので二言三言声をかけた。
私の疑問は、甲子温泉の直前から登山道までの約100mの間が温泉の敷地のようであり、道の様相を呈していないことである。
温泉宿の方に聞くと、「玄関前は国道」とのこと。
それでは「お宅の敷地ではないのですか」と聞くと、
「そのようなもの」とのこと。

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道とは思えない温泉前の国道

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温泉の奥の山門のような所をくぐると登山道となる。

第二の疑問は甲子道路が開通した時に登山道国道はどうなるのか。聞くと、
「来週、登山道入り口の国道標識は取り外す。」とのこと
でした。

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木に打ち付けられた国道標識は本当に明日で無くなるのか???・・・。

山行日:2008.9.15
目的地:那須旭岳
コース:甲子温泉(8:00)~甲子山(10:00休)~旭岳(11:20休)~甲子山~甲子温泉(15:00)

今年の3月「雪遊び」と言うホームページを開設しているイガクミさんと那須大白森山で出会った。彼女は鎌房山の山頂で「赤崩れ山だ~。」と叫んでいた。その隣の観音山にも行ったという。観音山は無理としても、赤崩れ山(旭岳)には行きたいものだと思った。旭岳の山容は個人的に、那須連山随一の美しさだと思うのだが。

今日も寝坊気味で甲子温泉を出発したのは8時であった。白河の町から全く那須の山は見えなかったが、薄日が差してきた。温泉神社を過ぎると、緩い坂の九十九折れの道だ。足の弱いおいらにはうれしい。
猿が鼻を過ぎると背中のあちこちが痛痒くなった。背中を掻きながらの登りとなった。シャツの中から巨大な蟻がてできた。
痒さからようやく開放されると甲子山に着いた。曇天の中、旭岳が現れた。ルートとなる尾根を観察すると、恐るべき急斜面に見える。

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甲子山の登りよりようやく旭岳が見えてきた。

甲子山を小さく下るとすぐに案内板があり、新道と旧道に分かれていた。「入っちゃいけないよ」の赤紐で旧道を塞いでいる。人気の無い事を確認し、旧道に入った。すぐに赤土の急斜面となる。補助用のトラロープが延々と張られ、何とか登る。
ここで、思い出した。15年ほど前、茶臼岳から縦走し、坊主沼で1泊。朝起きると季節外れの大雪で、このトラロープにしがみついて下ったことを。そのとき手が冷たく、つらかった事。そうそう、茶臼岳では、人事部長に偶然会ったことも。
そんなことを考えながら登っていると、分岐らしきところに着いた。どうやら左は旧道で坊主沼への道のようだ。しかし、今はヤブに覆われ、廃道寸前のようだ。と言うよりも、公式には廃道なのだが。一方、右の道はしっかりしている。15年前は確かこんなはっきりした踏み跡は無かったはずだが。
右の道を選択し、登り出すと、なんと刈払いまでしてあるではないか。道のない山としてやってきたのだが、思ってた以上に簡単に山頂に着くかもしれないと、内心ほくそえんだ。が、すぐに、赤土の急斜面となり、木の枝、草、トラロープにしがみついた。踏み跡こそしっかりしているが、山頂までそんな登りだった。

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これが別名「赤崩れ山」の由縁か。山頂への道より。

ようやく山頂に着いたが、曇天で景色はさえない。それでもスダレ山から三本槍の尾根、二股山、小白森、大白森、鎌房山などが見えた。旭岳の北側に延びるゴツゴツした尾根がどうなっているのか見たかったのだが、山頂からは見えなかった。
昼飯を食っていると、三本槍の方で怪しげな黒雲がわいてきたので、山頂を後にする。この後が地獄だった。登るに苦労した道は、下るにはその数倍の労力を要した。何しろ道が急で赤土なので、降りにくいことこの上ない。しかも赤土は粘土化している。腰を引き、つかめるものは何でもつかまなければ下れない。ところが、トゲ棘のアザミ?が多く、そうも言っていられない。つかむ物を探すだけで時間が過ぎていく。そして、とうとう足を滑らせて転んだ。あわてて脇の草をつかんだが、アザミだった。洒落にならない。結局、登りに要した時間以上に降りに時間がかかった。
甲子山に着けば、道はハイウェイ並だ。何せこの登山道は国道289号線なのだ。アット言う間に甲子温泉に帰着した。

結局、旭岳は登山道が「赤崩れ」だった。

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雪の旭岳はなお美しい。

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