カテゴリ: 日光・柳沢川、外山沢周辺の山

山行日:2010.7.10
目的地:大岳
コース:西の湖入り口(9:10)~柳沢林道入り口~1502m(9:50)~1577m(10:20)~1741m(11:00)~1700m鞍部(11:15)~大岳北方(11:50)~(12:00)大岳(12:40)~南尾根~1605m~柳沢林道(13:50)~西の湖入り口(14:20)


今年はツユらしい梅雨になった。手帳に記入してあった中倉山、女峰山の予定が見送られた。そろそろ山に行きたいという欲求が蓄積されてきた。10日土曜日は曇り予報に変化した。ならば、この際出かけよう。曇り空なら、展望が期待できない藪山に行ってみよう。
そういう訳で、以前から狙っていた大岳に行くことにした。大岳と言っても、八甲田や奥多摩の大岳ではない。日光の藪山愛好家は、漏らさずこの山に出向いているようだ。たそがれオヤジさんも、先だって登っていた。どうやら、おいらはたそがれオヤジさんの追っかけになりつつあるようだ。

前日も帰りが遅く、早起きはできなかった。どうせ曇り空ならまぁいいワイ。と思っていたが、玄関から外に出ると青空が広がっていた。う~ん。ならば女峰山にするか。しかし、時間が遅すぎた。

外環道にのると武甲山が見えた。東北道にのると日光連山が見えた。しまったなぁ。
しかし、気分は明るい。
加川良の古い歌が自然と口づさまれた。

  一番電車を見送って~♪
  シャツの袖をまくり上げぇ~♪
  おんぼろ車に乗って~♪

赤沼の駐車場は、ガランとしていた。クリンソウが終わればこんなものか・・・。
ハイブリットバスの乗り場にも人は殆ど居ない。傍らのベンチでタバコを吹かせ、時間をつぶしていた。
すると、大型バスがやってきた。大量の小学生がバスからはきだされゾロゾロとこちらにやってくるではないか。あわてて、タバコをもみ消し、ハイブリットバスに乗り込んだ。結局小学生が乗り込みハイブリットバスは超満員となった。最後に乗り込んだ一般客のオッサンが目を白黒させた後、「小学生、全員起立!」の掛け声を発した。おいらは、個人的に大うけだった。オッサン曰く、「冗談です!」

西の湖入り口で小学生とともにバスを降りた。
巻き込まれたくないので、そそくさと歩き出した。

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今日の登り口。柳沢林道分岐点から発する尾根に取り付いた。目印等はなし。

いきなりの急登。寝不足のせいか足が前に出ない。体調が思わしくない。体の弱いおいらは、最低でも7時間は寝ないと青白い顔となるのだ。
藪は殆ど無し。テープ類も殆ど無し。尾根上には鹿道があり助かる。

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斜面が緩やかになると1502mに着いた。

高度計を修正し、磁石を合わせ直し出発。

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巨木の森。

尾根は細かく屈曲するが、忠実に尾根を辿れば大丈夫。1577m峰を小さく下ると再び急登となる。

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急登のうえ、巨木の倒木が折り重なる。腐りかけた倒木には先人たちが踏んだ痕跡が明瞭に残っている。

急登が緩むと、尾根は西よりに変わり、やがて小ピークに辿り着いた。高度計は1740mを示していた。
磁石をまたまた、セットし直し下る。すぐに石楠花帯となる。やがて、石楠花がやや密となる。左下に藪の空間が見えたので、そちらへ回避する。すると赤テープが現れた。赤テープを辿るとすぐに尾根に復帰した。赤テープが密にあったのは、この区間だけ。すぐに、1700m鞍部に着く。

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1700m鞍部付近より、ようやく大岳と思われるピークが見えた。

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1700m付近より宿堂坊山?

ここで、一服。風が通り涼しい。

体は重いが出発しよう。ひ弱な石楠花が散見されたが、石楠花の中に踏み跡があり、それ程苦労する事無く登れる。
そして、いきなり、目の前に超弩級の密なる石楠花が現れた。高度計を確かめると1810mを示していた。恐らくここが大岳分岐であろう。石楠花の細い木に足をかけ、前方を見渡してみたが、顕著な尾根を見出すことはできなかった。近いうちに、ここより白桧岳へ足を伸ばそうと思っていたが、予想以上の難路に思われた。この密度で石楠花帯が100mも続いたら、おいらの実力では突破できないだろうな。

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大岳北方の分岐より、木に足をかけ錫ヶ岳を見る。

なにしろ、石楠花と細身のモミの木が密生し、あたりの様子はトント判らない。磁石で方向を定め歩を進める。大岳方面の石楠花は勢いが少なく、かつ踏み跡が見つかり、それ程苦労しなかった。尾根にのっている事もすぐにわかった。10分ほどで赤リボンが多くかかる細長いピークに達した。三角点が見つかった。ここが、大岳山頂だろう。

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大岳山頂の三角点。意外にも、山頂を示すプレート類は無かった。

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山頂からの展望は、御世辞にも良いものではなかった。わずかに、樹間から大真名子・小真名子山?が見えた。

丁度12:00だった。汗で濡れたズボン・パンツを乾かそうと、ズボンを下ろすと、腹の辺りに芋虫君がへばりついていた。尺取虫クラスのやや大型のヤツだった。この野郎と、指でハジキ飛ばしてやった。フトドキ者めがっ!
昼飯を食い、少しばかり昼寝をした。

さて、帰りはどうしよう。予定では往路を戻るつもりであったが、小さなのぼり返しが厄介に思えてきた。ほぼ南に伸びる尾根を利用し1605mを経由して下ることにした。

細長い山頂ピークの南端に赤テープが巻いてあった。「ここより、下れ」ということか。磁石で方向を定め下る。はじめは、尾根型がはっきりしていて、何の苦労も無かったが、やがて平板な急斜面となった。藪は皆無。磁石を見ながら下ると、崖に出てしまった。やや東に方向修正すると赤テープがあった。広い斜面を大きく東へ西へ九十九折れに下った。時折テープを見かけ安心する。下に顕著な尾根型が現れた。これに乗ると1605mの石楠花ピークに着いた。一安心。
ここより、ダン広の尾根を下る。傾斜は緩く、藪も無く歩きやすい。柳沢川の瀬音が激しく聞こえると、予定通り崖記号の東側で柳沢林道に降り立つことができた。
千手ヶ浜から高山の肩を越え帰ろうと思っていたが、その元気も無くハイブリットバスに乗ってしまった。


時間はあり余っていたので、石楠花橋で下車し、戦場ヶ原の入り口だけ見て赤沼駐車場に戻った。


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石楠花橋近く。湯川。

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戦場ヶ原手前。

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戦場ヶ原。



朝の勇ましさは何処へやら。山中にて体調不良。眠かった・・・。
とは云え、大岳に登れたので満足はできた。

山行日:2010.6.12
目的地:前宿堂坊山
コース:西の湖入り口(9:25)~西ヶ浜(10:00)~カクレ滝(10:30)~ヤジノ沢へ戻る~ヤジノ沢右岸尾根1540m(11:20)~前宿堂坊山(12:15)~(13:00)宿堂坊山(13:30)~東尾根~柳沢川堰堤(14:40)~柳沢川右岸~西の湖手前の赤い橋(15:10)~千手ヶ浜(15:45)~九輪草園地~千手ヶ浜バス停(16:10)



池田正夫氏著「全踏査 日光修験 三峯五禅頂の道」を参考に前宿堂坊に向かった。

前日は、帰りが遅く、本日の目覚めは遅かった。どうやら、入梅も間近な様子。貴重な晴れは逃したくない。飯を食わずに家を出る。東北道は渋滞気味。赤沼の駐車場はすでに満車であった。係員が駐車場への侵入を厳しく制限している。埒があかないので、三本松へ向かう。こちらの駐車場はまだまだ空きがある。急いで靴を履き、赤沼バス停に向かう。さい先悪し。

千手ヶ浜に向かうハイブリットバス乗り場は、多くの観光客が並ぶ。バスは同時刻に2台発車した。西の湖入り口で、数人が下車。皆様大型のカメラと三脚を手にしている。皆様とともに西の湖方面に向かう。

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道々に、色々な花が咲いている。

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そして、歩きやすいすばらしい森の道を行く。

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ツツジは大好きなのだ。

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巨木の森を経て西の湖・西ヶ浜へ寄り道。

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えも云われぬ西ヶ浜。誰もいない。美しすぎる。

いつまでも居たいところだが、ヤジノ沢へ向かう。意外にもルートには広い道があった。赤・黄のルート標示もある。
涸れ沢を渡る手前に「カクレ滝へ」の標識があった。涸れ沢を渡ると前方よりケモノの鼻息が聞こえてきた。昨年、酉谷山手前小黒付近で聞こえた鼻息にそっくりだ。豚と馬の鼻息をタシテ2でワッタような感じ。緊張して、鈴を激しくかき鳴らした。前方、側方を注意深く見回した。またしても鼻息が聞こえた。姿は見えない。手を激しく打ち鳴らした。鼻息がまたしても。そして、ガサガサと藪を掻き分ける音。やがて静寂が戻った。全身汗ばんでいた。極度の緊張感の中、ゆっくりと前進した。鈴を手に持ち、激しく振りながら。
気がつくと、かなり沢の奥まで来ていた。ヤジノ沢入り口を通りすぎているようだ。赤・黄の標識が乱打されている。どうやらカクレ滝へ導く標識のようだ。道ははっきりしている。ならば、カクレ滝に寄ってみるか。
少し進むと、間近に滝の音がする。だが滝は見えない。沢は右に屈曲していた。容易に前に進めなくなった。辺りを観察し、対岸に登れそうな斜面があった。飛び石で対岸に移り、ぐちゃぐちゃな斜面を少し登り上流側へトラバースした。滝が少しだけ見えた。さらに沢床に恐る恐る下るとカクレ滝を正面に見ることができた。

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まさに、カクレ滝。近づいてもなかなか見えないのだ。

ここより、引き返し、ヤジノ沢を捜す。
ヤジノ沢は意外なほど狭い涸れ沢だった。
涸れ沢を登るとすぐに左に細い水流とやや広い涸れ沢に分かれた。中州のような所を登った。「全踏査・・・」によれば、岩屋が現れるはずだったが、見つからなかった。水の流れる細流が消え、右岸沿いに登った。鹿道が現れ、これを辿る。やがて小滝が見えた。「全踏査・・・」に記述あり。ここよりヤジノ沢右岸尾根の山腹に取り付いた。幸い、鹿道があり、これを辿る。右手に涸れた枝沢が浅く切れ込んでいる。ほぼこの枝沢の右岸近くを登る。傾斜はきつい。

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ほどなく、岩が見えてきた。「全踏査・・・」に記述の岩ではないと思う。オーバーハングのせり出しは無かった。

岩の右手を登る。傾斜は益々きつくなり鹿道が消える。湿った腐葉土の堆積。二本足だけでは斜面を滑り落ちそうな感じ。手をつき、膝をつきゆっくり登った。帰ろうにも帰れない状況。
右手の涸れ沢が草付の斜面となり、その向こうに緩やかな斜面が見えた。そちらへ向かう。草付の沢型を渡り、ホット一息つく。危なかった。緩く登ると、平坦地に出た。宿の跡のようにも見えたが、6巡もしている池田氏の本には載っていなかったので、自然地形なのだろう。ここより、背の低い笹の斜面を登ると、待望のヤジノ沢右岸尾根に出た。高度計は1540mを指していた。正直なところ、これで無事に帰れると思った。

笹の無い登りやすい尾根であった。ミツバツツジ、シロヤシオが咲いていた。1644m峰で直進しようとすると、尾根が無くなっていた。磁石を確認すると、左手を指していた。体感的には直角に曲がる感じがした。尾根上には赤テープは、ほんの2、3あったか。踏み跡は無いに等しい。あっても鹿道程度。
やがて、石楠花が現れ行く手を妨げるが、木の勢いは無く、中央突破、巻きなどでさほどの困難は無かった。石楠花が消えると密笹地帯となった。とはいえ、背丈程度。足が空中に浮くところまでヒドクは無かった。ただ、逆層気味で、歩行速度は、鈍った。

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笹の海から皇海山と三俣山へ続く尾根が見えた。

笹を掻き分けていると、いきなり前宿堂坊山と思われるピークに着いた。

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山頂を示す標示は無かった。本当にここが、前宿堂坊山なのか。高度計は1820mを示していた。

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宿堂坊山が樹間に見える。錫も、白根も山頂部のみ見えた。

一服後、宿堂坊山に向かう。下り始めは密林でうんざりしたが、すぐに鮮明な踏み跡が現れ、赤い金属製の標識が乱打され、安心して歩けるようになる。尾根幅が広がると踏み跡は消えるが、赤い標識を辿ればよさそうだ。登り返しも思ったほどの事は無く、すでになつかしく感じられる宿堂坊山に到着した。遅い昼飯を食い、安全な東尾根を下る。


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東尾根の入り口は、グリーンカーペットが敷かれている。

テープの多い東尾根は歩きやすい。1450m付近で右手の沢型を下り、広い平坦地に出た。柳沢川は渡らず、右岸に沿って歩いてみた。それほど苦も無く歩くことができた。西の湖へ繋がる赤い橋で柳沢川を渡った。

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千手ヶ原は、とびきり美しい森が広がる。

千手ヶ浜にでて右折し、九輪草を見に行った。

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九輪草は今年も咲いていた。昨年より、株数が少ないようだ。

撮影ポイントはオバサマ方に占領されていた。あきらめて、ひっそりと咲く九輪草を一枚だけ撮影した。

バスで戦場ヶ原に戻ると、山々は灰色の雲に覆われつつあった。いよいよ、入梅か・・・。



本コースを振り返って、
ポイントは、ヤジノ沢からヤジノ沢右岸尾根間の山腹の登り。もう少し、登りやすいところがあるのか?
ヤジノ沢右岸尾根は、下りには使いたくない。

山行日:2009.9.26
目的地:宿堂坊山、ネギト沢のコル
コース:西の湖入り口(8:30)~柳沢林道~18号コンクリート床固(8:45)~東尾根~宿堂坊山(11:00)~ネギト沢のコル~宿堂坊山(12:50休)~東尾根~18号コンクリート床固(14:00)~西の湖(休)~千手ヶ浜(15:40)



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今回行ったコース。


随分涼しくなったし、雨も長らく降っていない。宿堂坊山に行くチャンスだと思った。できれば、ネギト沢のコルまで足を伸ばし、近年発見された石覗を見てみたい。

日光は、まだ秋の行楽シーズンには少し早い。その為か、赤沼からのハイブリットバスはそれほど混雑していなかった。

西の湖入り口では数人が下車した。中に屈強のメンバーを取り揃えたと思われるグループがいた。
おいらは、呑気に焼きソバパンをほおばり、出発は最後となった。西の湖への林道を歩き、分岐を柳沢林道へ入る。地味な秋の花が咲き乱れていた。

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柳沢林道

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こんな花が咲いていた。

徒歩約15分とめぼしを着けていた地点には二つ目の堰堤があった。この先で、先行の屈強メンバーが右斜面に取り付こうとしていた。大岳へでも行くのか?

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18号コンクリート床固。床固て何?

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柳沢川は、思ったとおり水量が少なかった。

堰堤の手前を簡単に渡ることができた。堰堤の先のガレが目指す尾根の末端のようだったが、登りずらそうなので左側に迂回してみた。すると広い平坦地があり、やや下り気味に進むと、尾根のタワミが見えた。

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平坦地から見た目指す尾根。あのタワミに登ってみよう。

タワミには簡単に登れた。そこには踏み跡があった。取り敢えず磁石で方向を確認。この東尾根はほぼ一直線に山頂に続いているので、磁石は一回セットすればもう動かす必要は無い。
磁石の方向と尾根の方向は一致しているので、まず目的の東尾根と考えてよいだろう。

すぐに石楠花の厭な尾根となるが、最初だけだった。すぐ上で、右手に巻き登る場所があったが、後は尾根上を忠実に登った。踏み跡は、有る様で無く、無い様で有る、と言った具合。唐松林が多く、ヤブは殆ど無い。テープ類は多い。急坂だが登りにくいということは無い。「雲切り新道」よりよほどましだ。途中地図に現れない小尾根が左から上がってきた。やがて二重山稜となる。テープに従い、左の尾根に移る。左の尾根に移らなくても行けそうだが。

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二重山稜の間にあったヌタ場。動物の足跡が入り乱れている。

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早くも色付き始めた木々が見受けられる。今年の紅葉は早そうだ。

1800m付近で都笹が現れ、傾斜が緩む。展望は、殆ど得られない。


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時折、陽が射すと、驚くほど赤く染まった楓が目を引く。

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青笹の広い斜面を適当に登ると、

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待望の宿堂坊山に着いた。

山頂からの展望は殆ど無い。多少山を下ったりすると、かろうじて白根隠し山が見える程度だった。御料局三角点があった。
一服後、ネギト沢のコルに向かう。群馬・栃木国境尾根には、さすがにしっかりした道がついていた。と思う間も無く、踏み跡は不鮮明になった。しかし、金属製の指示板が多数取り付けられ、問題なく歩けた。約10分の下りでネギト沢のコルに到着した。テント1~2張り分位の刈払いがなされていた。

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問題の石覗は大木の根本にあった。


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複製品であろうか、発見当時のように銅製の扉が付いていた。弘治二年(1556)は室町戦国期である。その横に、昭和六十三年再造とある。この石覗の発見により、当該地が三峰五禅頂の男嶽の宿に、宿堂坊山が旧名男嶽に比定された。室町期に日光の峰修行がこの奥山に達していたことが証明されたのだ。毛利元就や武田信玄が世に出る頃か。

日光市や栃木県は、もっとこの石覗を重要視していただきたいものだ。世界遺産の日光の社寺は、この奥山に通じていることを。建造物群だけで無く、当時の民衆のエネルギーを。

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石覗の脇には、もう一つ人の手にかかった石があった。大半は木の根に覆われていて、その内容は確認できない。

感慨深く、長く佇んでいた。何故、感慨深いのかがよく判らない。ただ、古の世に、自分の足だけでこの地に至った人々がいたことに驚嘆せざるを得ない。道はあったのだろうか。食料はどうしていたのだろうか。宿とはいったいどんな風だったのだろうか。次々に疑問が湧いてくる。


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ここも展望が良くないが、笹を掻き分け斜面を下ると皇海山が見えた。

長居をしたが、再び宿堂坊山に戻り、昼飯を食った。

すると、遠くから熊除けの錫の音が聞こえてきた。徐々に近づいてきた。こちら方面の達人とご対面できるのかとワクワクしたが、鈴の音はやがて遠ざかってしまった。いったい、どこから登り、どこへ行ったのだろう。凡人のおいらには達人の行動を推測することはできなかった。

さあ、下山しよう。もと来たルートを忠実に下った。急斜面が多く、木につかまりながらの下山となった。手は樹液でベトベトとなった。しかし、案外アッサリと下れた。

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時間があるので久しぶりに、西の湖に立ち寄った。西の湖は干上がりかけていた。秋になると毎年こうなのだろうか。それとも今年が特別なのか。

さらに千手ヶ浜に立ち寄り、雲のかかった男体山を拝み、バス停へ向かった。
一度動き出したバスはおいらの姿を見つけると止まってくれた。


何故か、満足して帰途に着いた。

山行日:2008.8.3
目的地:白根隠山
コース:菅沼茶屋(6:00)~金精峠~金精山~五色山~前白根山~非難小屋分岐~白根隠山~非難小屋分岐~非難小屋~日光白根山(12:15)~弥陀ヶ池~菅沼茶屋(14:40)


どこか涼しいところへ行きたいと思い、地図を眺めていたら、白根隠山が目に飛び込んできた。
白根隠山と言うからには、日光白根山を隠すようにたたずんでいるのだろう。とりあえず、白根隠山に登り、さらに日光白根山に行き、隠し山がどのあたりからの風景で白根山を隠しているのか確認してみようと思ってしまった。

めずらしく早起きに成功し、6時に菅沼茶屋を出発。すでに駐車スペースは満杯寸前であった。しかし、金精峠に向かう人は見当たらない。歩き始めこそヒンヤリしていたが、すぐに汗みどろとなり、いつもの通りピッチは上がらない。峠に着く頃にはへばっていた。
峠からはなだらかな温泉岳?といきり立った金精様が迎えてくれた。残念ながら表日光の山々は逆光がきつく良く見えない。


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金精峠からの金精山


金精山を見ただけで、その険しさに尻込みをしてしまう。幸い登山道は西面を迂回しており、急傾斜と言えども、事なきを得た。金精山の山頂からは、残念ながらその急崖を覗くことはできなかった。
金精山を越えると、道はなだらかとなり国境平を経て五色山に至った。どーんと、日光白根山が現れた。群青色の五色沼との取り合わせは、関東有数の眺めと言っても過言ではないと思います。


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日光白根と五色沼


眺めの良さに足元がおぼつかないくらいだ。小さく降り、登り返すと前白根の山頂だ。ここには無木立ちで特に眺めが良い。これから行く白根隠山やその先の群馬、栃木の県界尾根の強面の山々が見える。前白根のザレた道を下ると駒草が咲いていた。あたりを見回してみるともう一株あったが、生き残れるのか心配だ。


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急なガレ場を過ぎると避難小屋との分岐はすぐだった。白根隠山への踏み跡には枯れ木が積み上げられ、「入っちゃいけませんよ」的な雰囲気を醸していた。隠し山へのルートは
白樺林に苔と芝が生えたこの上なく歩きやすい道であった。ルートも不鮮明というほどのことは無い。白樺林を抜けると、不審な廃屋寸前の小屋が建っていた。ロケーションは申し分ない所だ。


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この小屋を過ぎると、芝の草原となった。日光白根山の右手に燧ケ岳が見え、なんと五色沼との競演となった。

小さなピークを越え、少し下ると隠し山への最後の急登だ。唯一ここだけはルートが見極めにくい。チョット迷えばすぐに分かるはずだ。山頂は小さなケルンが立つ無木立ちの草原だ。すばらしい展望が広がっている。この先の群馬・栃木県界尾根は壮絶なヤブになっているらしいが、ここからは全く想像できない。分かった山だけでも表日光、錫ヶ岳~皇海山、武尊山など。そして夏だと言うのに雲の上にヒョコリと富士山のテッペン付近が浮かんでいた。


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白根隠山からの展望 表日光の揃い踏み


誰も居ない隠し山を後に、避難小屋分岐に戻る。避難小屋分岐から隠し山までの所要時間は、登り35分、降り25分だった。
避難小屋から日光白根山の登りは例によって、白ザレたいやな登りだ。上から人がどんどん降りてくる。登り優先とはいえ、この登りで道を譲られるとつらい。正午の陽を浴びてへとへとで山頂に到着。
さて白根隠山の姿を写真に収めねば。日光白根山を訪れた登山者の中で、隠し山の姿を認識した人がいかほどいただろうか。おいらだって昨日の晩までその存在すら知らなかったのだから。
日光白根山からの展望は言うまでもなくすばらしいものであった。そんな中で、白根隠山は物陰に隠れるようにひっそりとその緑の緩やかな山頂付近だけを見せてくれていた。


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中央の山頂だけ見えている白っぽい山が、白根隠山。他の山々に比べてあまりにも地味


白根隠山が白根山を隠している地域は
  ①中禅寺湖千手ヶ浜付近
  ②西の海周辺
  ③小田代付近
の極限られた地域ではないかと思われます。

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