山行日:2024.3.3
コース:東武日光線栃木駅=栃木市営バス=村檜神社入口バス停(8:40)~大慈寺~村檜神社(8:55)~(9:35)諏訪岳(9:45)~京路戸峠(10:05)~(11:00)唐沢山城・神社(11:35)~(12:00)梅林(12:30)~佐野城・東武佐野線佐野駅(13:50)


ここのところ、関東の山間部で雪が降ったようだ。自宅近くの高い所に登ると、奥多摩・奥武蔵の連嶺が白くなっている。今や雪のある山を歩くのはチョットしんどい。そこで、とびきり低い山歩きをしようと思った。以前大平山山系の桜峠から村檜神社に歩いた際、バス停を見つけていた。村桧神社から登れる諏訪岳は300m代、佐野の唐沢山(城)は200m代。というわけで、その二山を歩くことにした。念のためチェーンスパイクを持ったが、全く不要であった。


栃木駅でクソをして、市営バス小野寺線に乗った。なんと乗車は俺を含めて5名もいた。車窓からは皆川城(法螺貝城)の怪異な姿が見えた。乗車した人々はやがて皆降りて、最後に俺が村桧神社入口で降りた。空のバスを見送って、まずは大慈寺に寄ってみた。


733年開基の超古刹の大慈寺。行基、最澄、円仁といった教科書に出てくる高僧が関係した天台宗の寺院、大慈寺。
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大慈寺の寺域は広そう。全部回ると大変そうなので、本堂だけ見て移動。



大慈寺のすぐ隣にある式内社村檜神社。
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急な石段を登る。
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拝殿。重要文化財。
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拝殿の左手に諏訪岳の登山口。麓で熊が捕獲されたと。本日、鈴は不所持。ヤバッ・・・。
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村檜神社を上から。
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石祠の先に諏訪岳。
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諏訪岳直登ルートを選択。急坂が続く。トラロープにつかまりながら登る。
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屋根だけの石祠。
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傾斜が緩んで、精工な石祠。石製の扉を開けてみたが、中に石仏はなし。
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わずかで、諏訪岳に到着。気温は2.5℃。ちょうどよい。
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諏訪岳にて。
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諏訪岳付近より。太陽光発電か。アンパンを食ってオサラバ。
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これから辿る尾根。
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京路戸峠。
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関東なれあいの道は、ジジイに優しくない。
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諏訪岳を振り返る。意外にも多くの人々とスライドする。逆方向は俺だけ?
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巻けそうな所は、ここまで巻いた。ここは巻かなかった。
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そして、鉄塔のあるピークに到着。スルー。
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まもなく、城跡らしくなってきた。二重堀切とあったが、二重には見えなかった。
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キャンプ場。多分北城。
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多分杉曲輪。
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堀切。虎口にも見える。
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ここを登ってみる。
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多分長門丸。
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振り返って。多分金の丸。
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引局(武者詰)。土塁に見える。
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二の丸。
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本丸。明治時代創建の唐澤山神社。
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唐沢山八百尺。
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南局。女性が詰めていた曲輪。
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南城から三毳山。
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南城。よくここに猫がいるが、今日はいなかった。
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くい違い虎口。
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神橋と堀。梅林への道を捜したがなかなか見つからない。神橋近くに、まことに細い道をみつけ、これを辿る。ただし、チョット疑わしくて、不安。
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梅林公園→が現れ、ホッとする。
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窪状となり、狭隘地をかわす。
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明るい平坦地に出た。
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そして、梅林公園に到着。
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梅はかなりいい塩梅に咲いていた。
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登りかげんに歩道を歩く。
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人はソコソコで、混雑感はない。
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ヒヒヒッ・・・。
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なぜか人々は公園の奥の方にいなかった。
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公園の最奥で菓子パンを食って、オサラバ。
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佐野市街に向かって歩く。街並みは全く見えない。市街地まで、長い道のりだった。
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佐野駅方向に歩くと、高台が現れた。登ってみると、公園化された佐野城だった。
本丸。
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佐野城の本丸と二の丸を区切る大きな堀。小山市の祇園城に似ているなぁ~。
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二の丸のガイダンス施設でクソをする。


三の丸はなんと佐野駅(JR・東武)と直接つながっていた。佐野駅北口は佐野城三の丸なのだった。
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佐野城は、佐野氏が江戸初期に唐沢山城から新たに移転して築城した。佐野氏は徳川家に対して歴史的に微妙な立場にあり、江戸時代早々に改易となったとのこと。従て、実際に使われたのは数年にすぎない。
しかし、佐野氏も大変だったんだろうなと思う。朝乗ったバスからは皆川氏の皆川城が見えた。あまり有名ではないが、一時は宇都宮氏にとってかわった時期もあったほど有力であった。また、守護を務めた小山氏も近い。唐沢山からは足利氏の城も見えるし、その隣の新田岩松・由良といった有力国人も近い。しかも上杉謙信からは関東制圧の拠点として唐沢山が狙われていた。圧力に屈し北条に従ったかと思うと、北条がコケた。なんとか細いツテを伝わって戦国を乗り切ったかと思ったが、改易。一族の何某が、徳川旗本として幕末を迎えたと。


暑くもなく寒くもなく、晴れた一日の城見物と梅観に満足した。