2019年07月

山行日;2019.7.30~31
コース:7/30 鬼怒川温泉駅=日光市営バス=夫婦渕(12:20)~日光沢温泉(13:30泊)
    7/31 日光沢温泉(5:20)~オロオソロシの滝展望所(6:00)~(7:30)鬼怒沼湿原(8:40)~物見山(9:10)~休憩多数~湯沢渡渉点(11:10)~大清水バス停(12:00)=バス=JR沼田駅


久しぶりの山登りだ。楽めの山を選んだつもりだったが、ひどく疲れた歩きとなった。


7/30

東武鬼怒川温泉駅前は賑わっていたが、「夫婦渕」行きのバスに乗ったのは5組8名だけだった。内一名は途中下車。
夫婦渕に着いて、ゆっくりした。あまり早く着いてもやる事がないだろう。にぎり飯を食って、タバコを吹かし、クソをして出発。

歩き出してすぐに汗が噴き出す。鬼怒川沿いの道を進む。


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すぐに吊り橋を渡る。



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山は湿りきっていた。蒸し暑くてどうしようもない。



先行者に追いつく。皆汗みどろだ。


八丁の湯に着いた時は、心底ホットした。
水をガブ飲み。
益々汗が噴き出してくる。



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加仁湯にあった、春日野部屋合宿所。相撲取りがうらやましい。



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加仁湯。



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転がりこむように日光沢温泉に到着。



風呂嫌いの俺が、一直線に温泉に向かった。
どうやら一番風呂のようだ。
一応、内湯、露天風呂①、②とつかった。誰も居ないので、ガンガンに冷水を入れた。

後はピールを飲むだけだ。

そして、昼寝。

4時頃から文庫本を読んで、6時から晩飯。

晩飯を食って、外で一服。雨が降ってきやがった。
やがて、ゴーゴーと音をたてての本降り。深夜になってもやまなかった。



7/31

4時半起床。

出がらしのお茶をガブ飲みして、朝飯は食わずに出発。前夜、宿の方から、大清水に抜けるなら早く出た方がよいと言われていた。恐らく午後の雷雨を心配されての事だと思った。大清水手前で渡渉があるので。


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日光沢温泉の裏手から登る。



ひんやり感を感じたのは、出発直後の5分程度。たいした登りも無いのにすぐに汗ダクとなる。ザックから手拭いを引っ張り出す。



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オロオソロシの滝展望所。ここまでは、楽勝と思っていたが、すでにバテバテ。先が思いやられるのぉ~。取り敢えず水のガブ飲み。



今市営林署はよほどアスナロ好きと見えて、何箇所も「アスナロ」標示が現れる。


地図通りの急登となるも、道は屈曲しており休み休みではあるが何とか登る。


やがて、道は斜面のトラバースとなり、いつしか針葉樹の繁る緩い登りとなる。これが結構長い。



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ようやく鬼怒沼湿原に着いた。しかし、さっきまでの青空はほとんど失せていた。


ここで大休止。
青空を待とうではないの。疲れているし。


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たまに青空がやってくるが、一瞬だけ。一瞬でも嬉しいものである。



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一瞬だけど。



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花の写真を撮って、晴れ間を待つ。


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ガイド本などで良く見る図柄。左から大嵐山・根名草山・日光白根山か。


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下る前に、樹林中の物見小屋に寄ってみた。数人の使用に限られそう。



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物見小屋から湿原に戻ると、ありゃま、晴れている。あの山が物見山か。



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その右に、燧ケ岳が。



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そして、最後の一枚・・・。ではなく。



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これが、最後の一枚。こんなにキツイのでは、もう来れないかもネ。


とりあえず、誰とも遭遇しなかった鬼怒沼にオサラバして、物見山に向かった。楽勝と思っていた物見山にも手こずった。


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無愛想過ぎる物見山。



ここで、オッサンが大清水方向から登ってきた。川の渡渉の事を聞くと、増水は無く、岩は滑るもののロープがあるので大丈夫との情報を頂いた。心配事が解消しホットした。


しかし、物見山の下りは、(俺にとって)想像以上の難路と化していた。超急斜面の尾根に一直線にルートが着けられていた。前夜の雨のせいか、岩・木の根が異様に滑る。木につかまりながらくだるのだが、掴んだ木から水が浴びせられる。ホトホト参った。



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たまに岩場の展望地がある。四朗岳あたりか。



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しかし、山は湿りきっていた。



もう一組2名の屈強Gが登ってきた。「こう濡れていると、下りは危ないねぇ~」と。
俺は、思わず、「怖いです」


何度も休んだ。
本当に下りきれるのか心配にさえなってきた。

途中から、幾分傾斜が緩んだような気がした。ステンと転んだ。


両サイドから沢音が聞こえてきた。地図を見て、さしもの急下りもそろそろ終わりに近い事を知る。



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湯沢渡渉点に到着。


疲れた足では飛び石は不可。結局じゃぶじゃぶ川を渡った。


その先は平坦路となり、橋を渡ると林道状となり、大清水に到着。

大清水休憩所で、ザル蕎麦を注文すると、「向かいの店で出してるよ」と言われ、店を変えた。

ザル蕎麦を食う前に、当然のことながら、お冷のガブ飲み。

濡れた服を取り換えて、バスに乗った。
バスはガラガラだった。



しかし、暑さと湿気には参った。まぁ、体力不足がそう感じさせたのかもしれないねぇ~。

行った日;2019.7.26
コース;自宅~国道298号~八潮市白鳥~県道草加流山線~松戸市小金城址大谷口

往復距離:約24km



今回の自転車コギで、中川低地ををはっきりと認識できた。
関東造盆運動。中川流域での地盤沈下である。

自分の住む草加市。西に安行(大宮)台地。そして今回行った松戸の台地。その間に綾瀬川、中川、江戸川が流れる。まさに、関東平野の低地中の低地を横断した感じを受けた。


自宅から江戸川を渡ってしばらくは、川の土手を除いて全くの平坦地。流山電鉄の踏切を越えて、目の前に台地の森が見えた。その森が小金城だった。



小金城に到着し、さて写真を撮りましょうの段で、
カメラは電池切れ。ムムムッ。リュックに入っていたカメラのスイッチが入りっぱなしのようだった。

仕方ないので、携帯のカメラで撮った。俺はスマホなど持っていない。いまだにガラケーなのだ。それも携帯会社支給の無償品なのだ。




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小金城本城。いゃ~、それにしても写りが悪いワサ。



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小金城本城の土塁。




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障子堀跡。残念ながら典型的な障子堀には見えない。脇に発掘時の写真があり、そこには見事な障子堀が映し出されていた。



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畝堀跡。こちらもただの空堀にしか見えない。残念!



現状の小金城址は大谷口歴史公園として保存されているが、その領域は本城のみで、その本城(本郭)にも住宅が隣接している。
周辺を歩いてみたが、多分ここも城郭の一部であろうと思われる所が広範に見受けられた。資料を見るとかなりの巨大城郭であったようだが、台地上には幼稚園、病院、お墓、住宅がひしめいていた。


台風の余波なのか、強風の中、必死でペダルを漕いで、帰途に着く。

行った日;2019.7.21


千葉氏の本佐倉城を訪れた後、京成本線大佐倉駅に戻り、京成うすい駅に向かった。うすい駅は大佐倉駅よりも賑わいがあり、すぐにラーメン店を発見。お冷とチャーハンをかき込み臼井城に向かった。



臼井城は以前から行きたかった城だった。


長尾景虎は、永禄3年(1560)大晦日を上野厩橋城で過ごし、翌永禄4年2月から小田原城を目指し南進を開始した。北関東の国人たちは、次々に越軍に参陣した。小田原城を包囲したが、反越軍の武田、今川の軍勢が動いた事を察知し、包囲を解いて鎌倉鶴岡八幡宮社前で上杉の名跡を受け越後に去った。その後、連年に渡り関東に現れ後北条氏との闘争が繰り返された。

永禄9年(1566)、臼井城は越後、安房、上総、北関東の諸勢力に包囲された。3月20日臼井城は実城(本郭)の堀を残すのみの状態に陥った。
しかし、臼井城の奮戦により、その3日後、越軍は大敗北を喫し、5000人に登る死者を出してしまった。越軍大敗北の理由は分からないが、上杉軍は、里見軍の陣に一時留まったという。

この時の臼井城主は原式部大輔胤貞。たまたま作戦名人の白井入道が弓の修行のため滞在中であった。
山際に控えていた越軍に山崩れが襲たとも(小田原北条記)。


臼井城での越軍大敗北により、北関東の国人は一気に後北条氏に従属する事になり、この戦いを画期とし越軍の大規模な関東遠征はなくなる事になる。




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広い国道296号線稲荷台2丁目付近より、かつての大手道と思われる細い坂道に入った。



細い舗装道を少し登ると舌状台地上の平坦路となる。道の両側は住宅地となっている。やがて、道が左右に分岐する。左手に鳥居が見える。



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星神社に到着。ここがⅢ郭相当部分のようだが、その面影は感じられない。


分岐に戻り、右の道に入ると、


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太田図書ノ助のお墓。ここもⅢ郭であろうか。土塁状の上にお墓があった。


臼井城は、1479年に太田道灌にも攻められている。道灌は弟図書ノ助の討ち死を伴いながらも落城させている。


太田図書ノ助のお墓の先には深い掘が現れて、道が左右に分かれる。右に進むと、


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臼井城址を示す石柱。


ここを緩く登ると、


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Ⅱ郭。但し案内類は無い。



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Ⅱ郭とⅢ郭を分ける堀は深い。



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Ⅱ郭とⅠ郭を分ける堀は広い。



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Ⅱ郭からⅠ郭への土橋。この付近で激しい戦いがあったのだろうか。



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堀とⅠ郭切岸。



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Ⅰ郭。ここが実城であろう。



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Ⅰ郭下。腰郭であろうか。



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Ⅰ郭の折れを伴う切岸。



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Ⅰ郭から印旛沼を遠望。



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Ⅰ郭の東側を下る。



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Ⅰ郭下。



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Ⅰ郭下を下ると、最後はコンクリ壁となり、車の往来が激しい道に出た。


ここから、印旛沼に向かった。



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臼井城を振り返る。中央の低い森が、臼井城かな。



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印旛沼に到着。



印旛沼では、お金持ちらしき人々がモーターボート遊びに興じていた。


汗を拭き拭き、京成うすい駅にもどった。


帰宅途中、選挙に寄る。

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行った日:2019.7.21



平安時代から活躍した千葉氏。
内部抗争や、古河公方と関東管領の抗争に巻き込まれ暫時勢力は衰えた。さらに安房里見氏・上総武田氏の台頭、小弓御所の自立などにより、東京湾岸から内海香取の海(印旛沼畔本佐倉)に本拠を移さざるを得なかった。やがて後北条氏に属する。とは言え後北条氏一門衆筆頭格の氏照(4500騎)、氏邦(5000騎)に次ぐ3000騎を数えるという。


などと、電車の中で読んだ本の請売り。


一説によると、武蔵七党野与党の先祖は千葉氏と同じく平忠常(相当の悪人であったらしい。)。あくまで、一説ではあるが。


佐倉駅を過ぎると、車窓はいきなり田園風景となった。田園の先には小高いテーブル台地が見える。閑散とした「大佐倉駅」で下車したのは俺だけであった。
線路沿いの細い道から、田地と台地の境界を歩き始めると、



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遠くに本佐倉城らしきものが見えた。



近づくと、明らかに城址であると分かった。台地(東山)を廻り込むと谷戸地の風景が現れ、



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本佐倉城登城口(東山馬場)に着いた。



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千葉氏の家紋つきの自販機(東山馬場)。



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案内板。東光寺ビョウの北側の道から来た。



通常、本郭とか、本丸とか、二郭とか案内されるのが普通だが、今回は案内板の名称で記述する事にしよう。どうも「城山」が本郭・本丸に相当するようだ。


東山馬場を緩く登ると、


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千葉氏の家紋が描かれた盾のようなものが迎えてくれた。上段がⅣ郭のようだ。



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盾とは反対に大きな北面虎口が見えた。



上の写真の右側に登ると、



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東山に続く尾根上に出て、虎口外側が見える。でかい!



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東山付近は天然の巨大土塁。湿りきっていた。



東山馬場に戻り、Ⅳ郭に登った。



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Ⅳ郭北西のピークには神社があった。



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広々としたⅣ郭に戻り、地続きの斜面を緩くを登ると花畑となった鞍跡に出た。草原だ。後方が神社ピーク。



倉跡の東側に、



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奥の山(二郭)の切岸が現れて、



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広々とした奥の山(二郭相当)の平坦面と、奥のコンモリが妙見宮跡。



踏み跡に沿って歩くと、



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奥の山(二郭)と城山(本郭)を分ける堀切。



堀切から切岸状に沿って斜上すると、



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城山(本郭)。




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城山にある茶室跡発掘地。



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城山(本郭)。



城山から奥の山、倉跡に戻り、セッテイ(Ⅶ郭相当)に向かう。



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やや迷い気味に、



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セッテイ(Ⅶ郭)西側の堀。




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セッテイ付近の虎口。ここは良く判らなかった。




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セッテイ(Ⅶ郭相当)。薮蚊に刺されまくって退散。




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竪掘状。この先で倒木に草がからまる。泥にまみれて突破。汗ダクじゃ。



東光寺ビョウ(6郭相当)にでて、往路の小道戻る。



千葉氏ゆかりの勝胤寺に向かう。




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勝胤寺、千葉氏累代のお墓。



ここより、「大佐倉駅」に戻る。


クーラーの利いた電車内が心地よい。

が、次の臼井城に向かわなければ。

行った日;2019.7.15





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植物振興センター。




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植物振興センター。




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植物振興センター。




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弁財天。



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弁財天。なんだこりゃ?



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興禅院隣地。



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興禅院隣地。



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興禅院隣地。



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興禅院隣地。



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植物振興センター。




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植物振興センター。




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植物振興センター。




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植物振興センター。ヤマボウシ。




また雨が降って来た。

急ぎ足で帰宅。

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