2019年01月

山行日:2019.1.20
コース;つくばエクスプレスつくば駅=つくバス=筑波山口バス停=バスやまざくらGO=真壁城跡バス停(10:00)~真壁城~つぼろ台(11:20)~きのこ山(11:50)~足尾山(12:40)~一本杉峠(13:00)~加波山(13:50)~長岡バス停(15:20)=バスやまざくらGO=筑波山口=バス=つくばエクスプレスつくば駅


茨城県桜川市で岩瀬駅~筑波山口間のバスが復活した。車の運転に自信の無い俺には朗報だ。
通勤定期が使えるし、乗り継ぎの筑波山口までのつくバスも安いもので、そこそこ便数もある。これまで馴染みの無かった加波山に行ってみようじゃぁないの。


筑波山口バス停前のラーメン屋で、朝ラーメンを食おうと、暖簾をくぐったら、行列状態。行列は大嫌い。食わずに店を出た。ラーメンを食おうと、つくバスは1本早い便に乗ったのだが、こうなるとやまざくらGOの待ち時間が長い。当然、タバコの本数が増えてしまう。

やまざくらGOには10人近い団体登山者が乗り込み、ほぼ満席状態。団体さんは薬王院にでも向かったのか、途中で降りて行った。


真壁城跡バス停で下車。
早速、真壁城に向かうも工事中。城内には入れず。整備区域外の城域の荒れ地を横断し、伝正寺に向かった。


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真壁城跡と筑波山。なぜかピンボケとなる。


伝正寺に向かうも、途中の分岐に「伝正寺~つぼろ台通行禁止」の看板があった。迂回路が示されており、これに従う。
チョット迷い気味に進む。どうやらここも「関東なれあいの道」のようだ。伝正寺から道を合わせ、ようやく2.5万図の道を辿る。


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つぼろ台に到着。


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つぼろ台から加波山。う~ん、遠いのぉ~。右は足尾山かいな?


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尾根筋をユルユルと登ると、


車道に出た。パラグライダーの人々で満ちていた。この先数10mで、


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きのこ山の山頂に達した。展望なし。


車道に戻り、足尾山を目指す。


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足尾神社があり、ここより山道となる。


山道が急になり、ゼーゼー言っていると、



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展望の良い足尾山に着いた。



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お馴染の石祠。先着者2名。



足尾山の下り道は、やや荒れ気味。僅かにプチ薮を越えると再び車道となった。

丸山の基部一本杉峠に立ち、丸山に登るか迷った。コースタイムは知らない。すでに13時になっていた。丸山は巻こう。車道を登り加減に進む。


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風車に着いた。


風車のすぐ先に、


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広場があって、この奥に加波山への山道があった。


つらい登りが続く。


大岩が現れて、斜度が緩んだ。


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このくらいの道がいいのだよ。



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旗立石。


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旗立石から思いの他短時間で、神社の社に着いた。御世辞にも綺麗な所とは言い難い。


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奇岩などがあって、


山頂らしき社に着いた。意外にも山頂を示すものはなかった。薄暗く、展望なし。


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なぜか雑然とした感じで、申し訳ないが神聖さは感じられないのだが。


最短路と思われる「長岡→」を選択。



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先達の顕彰碑が目立つ。


修験者が好みそうな奇岩の道を下る。歩きやすい道であった。


石材の採掘場が現れて、舗装道となる。なにやら怪しげな廃神社跡を横目に見て、車道を下ると、


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加波山神社。



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加波山神社付近より、加波山。



加波山神社の下にも、加波山神社本宮とか東宮とか、親宮とかがあったが、良く判らず通過。


長岡バス停に着くと、5分と待たずにバスがやってきた。

早くも田園の際に太陽が下がっていた。

山行日:2019.1.14
コース:京王線高尾山口駅(7:30)~四辻~草戸峠(8:40)~草戸山(8:00)~大垂水峠(11:00)~(11:50)城山(12:10)~高尾山(12:50)~稲荷山(13:20)~京王線高尾山口駅(14:00)


一昨年、八王子城見物を兼ねて、北高尾山稜を歩いていた。そのうち南高尾山稜も歩こうと思っていたが、ポンコツ頭はいつしか忘れていた。つい最近、ノラさんの南高尾山稜記を見て、思い出したのだ。ノラさんは、ノラさんらしく、やや、ややこしいルートを歩かれたようだが、俺は素直に人混みに突入した。


高尾山口駅から国道20号に出て、南下。南高尾山稜に入る案内は無かった。地図を見て細い舗装道に入ると、「草戸峠→」があった。ここより薄暗い山道を登る。やがて尾根に出た。ここが四辻だろう。尾根なりに進む。暑くなり、フリースを脱いだ。


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冬枯れの広葉樹と照葉樹、杉の混交林だ。



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草戸峠に向かう。アレ、高尾山かしら。



小さな登り下りに辟易する。


草戸峠にようやく出た。
草戸峠と草戸山は同じものと思っていたが・・・。


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ひょこり草戸山に着いた。


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草戸山付近より、城山湖。


草戸山からは、登山者が増えた。



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なぜか、こんな階段だらけとなる。ふみふみぃさん的に;「関東なれあいの道」だった。



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これくらいの階段で勘弁して欲しい。



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樹間より富士山。


すぐ先に、ベンチ付きの



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展望地があった。津久井湖と富士山。写真家の爺さんが三脚を構えて腕組みをしておった。



この辺りから、全て巻き道を選択。バテている。平な道を歩くも多くの人々に抜かれる。
やがて、下りになって、



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バテバテで、国道をまたぐ橋、大垂水峠に到着。



ここより、270mの登り返し。つらいのぉ~。
休まずにジックリ歩くしかあるまい。ここを登っている人は少なかった。




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ようやく、城山に到着。残念ながら霞みがち、且つ雲量が増えていた。


城山に恐るべき数の人々がいた。
茶店に客が並んでおる。
テーブル、ベンチ多し。
誰も居ないテープルで握り飯2個を食う。
便意じゃ!
便所に急行するも、男便所の大は故障中。
野グソでもいいのだが、さすがにこれだけ人々が居るとはばかれる。しかも、道にはロープが張られ、「植生回復中」の看板が。
野グソのできそうな場所を求めて、高尾山方向へ。

幸い、まもなく一丁園地に到着し、そこに便所があった。助かった~。

その後も、高尾山までの間に数ヶ所の便所があった。



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高尾山到着。城山にも増す人々。



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秀麗はすでに見えず、関東平野を見下ろしてオサラバ。



稲荷山に向かうも、ここも多くの人々が歩いていた。
うんざり歩いて、高尾山口に帰着。

すぐに発車の電車に、バテバテで乗り込んだ。

行った日:2018.1.6
コース:JR八王子駅北口バス停⑫=バス=滝山城祉下バス停(9;10)~滝山城~古峯園地~国道16号線(11;30)~尾崎バス停(中央高速八王子IC入口)=バス=JR八王子駅


滝山城は16世紀に山内上杉氏重臣の大石氏により築城されたとされるが、詳細は詳らかにはなっていないようだ。大石氏が北条氏照を婿養子に迎え入れた頃、越後上杉氏の越山・関東乱入がはじまった。小田原~鉢形~上野の「山の辺の道」の強化の一翼を荷ったのが滝山城だそうだ。上杉謙信が没っし、越山が途絶えるとその重要性は失われ、南西の八王子城の築城へと推移していく。


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滝山城に実際に行ってみると、規模の大きさ、良好な遺構状態は、目を見張るものがあった。あまり手をかけずに自然な状態で保存されているように見えた。発掘調査なども最小限にとどめられているそうだ。



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大手口・天野坂より入城。




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小宮曲輪の切岸。




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三の丸の切岸。




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千畳敷の馬出。これは判りやすい。




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千畳敷。



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二の丸の横掘。



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中の丸。



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中の丸から多摩川。



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中の丸と本丸を繋ぐ木橋。



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木橋の上から腰曲輪。



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木橋を渡ると本丸。目の前に升型虎口。突き当りを右に曲がらされる。



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升型虎口。振り返る。



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升型虎口。もう一度曲がらされて。この辺りに城門があったのだろう。ここで引っかかって、横矢でお陀仏。



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升型虎口。上から見た所。見事に横矢形状(クランク)。スゲー。



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本丸下。他の郛に対比して小振り。大石氏時代の城郭を上杉氏越山に備えて広大な城郭に拡張されたらしい。なにせ、第一回越山時には小田原城が包囲され、且つ、鎌倉で関東管領職の禅譲の儀式まで正々堂々とされてしまったのだから。


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本丸から多摩川。



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本丸と中の丸を遮断する大堀切。



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二の丸付近の土橋。


信濃屋敷、刑部屋敷、カゾノ屋敷を通過し、



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ハイキングコースに入って、少林寺を目指したが、分岐で勘がハズレ・・・。




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尾根通しに歩き、現代の大堀切国道16号線に降り立った。
最寄りのバス停では、2時間位の待ち時間。仕方ない歩こう。
尾崎バス停まで歩くと、バスの本数が増えていた。30分待ちである。すぐそばに、ソバ屋を発見。天ぷら蕎麦大盛りを注文。かきこんで、バスに乗った。



埼玉県嵐山町に杉山城がある。
「中世山城の最高傑作」とか「築城技術の教科書」とか言われている城である。
そんな中で「杉山城問題」なる論争があった。築城者が後北条氏かどうかと言う論争である。
縄張り論者はその築城技術の高さから後北条氏の築城とし、考古学者は後北条時代の遺物無しと言う。

現在、文献史学者による「足利高基書状」の再検討により「椙山の陣」が杉山城に比定され、考古学と文献史学の結論が一致した。現状、杉山城問題は、山内上杉氏時代の築城説で決着したようである。

素人ながら滝山城を見てスゲー城だと思い、つい杉山城を想起してしまった。それほど滝山城は凄かった。

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山行日:2019.1.2
コース:JR中央線笹子駅(8:10)~道証地蔵(9:00)~すみ沢~すみ沢直登コース~行き詰り退却~すみ沢迂回コース~すみ沢~鎮西ヶ池~(12:10)滝子山(12:40)~1590m三角点峰~女坂~(13:20)檜平(13:40)~林道(14:50)~藤沢地区~JR中央線初狩駅(15:30)



バカは風邪をひかないと言うが、バカでも稀に風邪をひく事がある。年末の2日間、寝込んだ。2日も寝込むと、今度は腰が痛くなってくる。負のスパイラルの始まりだ。
風邪と腰痛を天秤にかけると、やっぱり腰痛の方が断然重いのである。風邪は抜けきっていないが、山歩きにでかけよう。風邪っぴきで滝子山は少々荷が重いと思ったが、再考も面倒で、当初の予定通り笹子駅から滝子山を目指す事にした。


笹子駅で降りた登山者は4~5名居たようだが、皆様どうも南面の山に向かわれる様子。俺は、クソして、タバコを吹かせてから出発。
寒い、寒い。
国道を下り気味に東進。案内に導かれて中央高速道路をくぐった。ダラダラと車道を登って、


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道証地蔵。ここよりすみ沢に下る。



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すみ沢沿いのダラダラ道を歩く。沢は寒々としているが、この辺では寒さは無くなった。フリースを脱ぐ。



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ホントに寒くないのヨ。



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寒くないのに寒むそう。全然寒くないのだ。



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すみ沢の直登コースと迂回コースの分岐に到着。直登コースには「難路」と書かれていた。直登コースを見るに、道は明瞭。こちらを選択。



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ここいらまでは、楽勝。



ムムッ、黄色い砂状の傾いた道だ。靴を蹴り込んで何とか通過。先を見るとやはり明瞭な道があった。進む。
ありゃぁ、またしても傾いた砂地。すみ沢の川床まで、結構あるじゃぁないの。ケツを落として、何とか通過。しかし、またまた・・・。ウへッ!
諦めよう。
戻る。

下り加減での戻りに手こずる。迂回ルート分岐まで長い事。結局30分近いロスとなった。
迂回ルートは、すみ沢の大高巻き。ズンズン山腹を登ってからトラバース。曲沢峠からの道を合わせると、その先ですみ沢に戻った。この先、怖い所無し。

小尾根にユルユルと上がって、水溜りのような鎮西ヶ池をやり過ごす。最後にチョット急登すると、



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滝子山に着いた。三角点は1590mのようだが、山頂には1610mと書いてあった。



先着の方、一名のみ。


肝心の秀麗は、東側に雲がまとわりついていた。まぁ、これはこれで、いいか・・・。
でも、チョットだけ粘ってみた。



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あまり変らんか。




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全然変わらんは。



30分滞在で、オサラバ。



三角点峰を経由して、女坂、檜平に下った。



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いい感じの尾根道を下る。



檜平から九十九折れを急降下。
沢に出て、沢沿いに下る。


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この先で、林道に出て、



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藤沢地区に降り立った。すでに秀麗は雲に覆われて。




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初狩駅にて。特急の通過と滝子山。



初狩駅では座れたが、帰省のUターンなのか、コミコミで高尾駅に到着。

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