2018年10月

山行日:2018.10.28
コース:JR中央線甲斐大和駅=バス=景徳院入り口バス停(8:30)~曲り沢峠(10:00)~すみ沢源流~(11:30)滝子山(11:50)~女坂~藤沢~JR中央線初狩駅(14:15)


1泊で牛の寝通りを予定していたが、晴れるのが日曜のみとの事で、急遽滝子山に変更した。最も楽そうな景徳院から登る事にした。


甲斐大和駅前のバス停には群衆が群れていた。
係員の指示がヒドイ。どうヒドイかは面倒なので記さない。
俺は途中下車組としてバス扉前で待機させられた。補助席が全部埋まって、乗車が許された。
積み残された人数は凄いものであった。

バスのギアを入れ替えるたびに、カックンと激しく揺れる。運チャン曰く、「重すぎてまともに走らん」と。

景徳院で降りたのは俺だけ。



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景徳院。景徳院は、武田勝頼の冥福を祈るために、徳川家康によって建立されたと。



景徳院で滝子山の道が見つからん。
ガイドを引っ張り出して、練成館脇より登る事を知る。(全然調べないで来ている)


少し登ると早くも紅葉の気配。


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1000m付近。



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ムフッ・・・。



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1200m付近。


写真撮りに夢中になっていると、オッサン二人が登って行った。



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クククッ・・・。



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ヒヒヒッ・・・。



曲り沢峠からすみ沢源流部の道を選択。「紅葉が美しい」とあったからだ。



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すみ沢源流部。ウワサにたがわぬ黄葉。



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すみ沢源流部。たまりませんのぉ~。




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すみ沢を離れて。



すみ沢源流部から尾根に乗り上げると。


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ブナ、ミズナラの黄葉。


このころより雲量が増える。



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滝子山に到着。清八、本社ヶ丸方面に雲がかかり、秀麗は拝めず。



どこから登って来るのか?、かなりの人々が山頂にタムロしていた。

菓子パンを食ってオサラバ。


人のいない三角点峰で煙をバキューム。


急な坂をエッチラオッチラ下る。男坂・女坂分岐では、躊躇なく女坂を選択。


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檜平。渋めの黄葉。


山腹をイヤと言うほど九十九に折れて、沢筋に出る。

沢筋を下りきって、



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何だこりゃ。



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コンクリ道より、チラリと滝子山。午前の晴天がうそのように曇ってしまった。



初狩駅で下着を取り換えて、電車に乗車。初狩駅ではすいていたが、高尾駅に着く頃には満員。


紅葉は良かった。が、秀麗を見る事ができなかった。また来ようかとも思うが、滝子山は結構キツかった。

行った日;2018.10.22(月)
コース;歌ヶ浜(7:30)~中禅寺湖南岸~千手ヶ浜(12;50)~熊窪~赤岩~竜頭の滝~菖蒲ヶ浜船着き場(14;20)=船=立木観音(15;20)~(15;50)中禅寺湖バス停(17;00頃)=バス=東武日光駅(18;50)



中禅寺湖畔の民宿をゆっくりめの時間に出発。



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天気は良好。



が、紅葉はイマイチ進んでいなかった。


以下、紅葉の切り取り写真。


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最も美しいはずの大和田沢の氾濫原は、ほとんど青葉。ガッカリ・・・。



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千手ヶ浜に着いてしまった。



そもそも千手ヶ浜で紅葉が残っている時は、南岸の紅葉が深まっていない事が多いように思う。


日当たりのよい北岸に期待しよう。



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青葉多しといえども、南岸よりは紅葉が進んでいた。




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熊窪付近。




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菖蒲ヶ浜付近。写真は悪いが、この辺りが一番綺麗だったかも。



竜頭の滝に寄るも、多くの観光客がおり素通り。



船着き場で、船の待ち時間30分。蕎麦を食おうと思ったが、本日終了との事。



中禅寺湖バス停に着くと、なんとまぁ凄い行列。行列はバス停を軽く越え、俺は「日光自然博物館」の入口付近に並んだ。その後も続々と行列は伸び、その先の信号の所まで達した。外人さんが半分位はいたように思う。

待てど暮らせどバスは来ない。湯元温泉からやってくるバスは満員で誰も乗れない。
バス会社の人がメガホンで状況説明。「臨時バスを3台出しているが、第二イロハ坂で渋滞。現在清滝付近」との事。後ろの婆さんに「清滝ってどこですか?」と聞かれた。「清滝はねぇ~、イロハ坂の下。1時間やそこらじゃぁバスはきませんなぁ~」

その後、メガホンによると「臨時バスは5台」に増えた。

日が暮れてきた。寒いワ。短パン姿のアジア系の女の方、大丈夫なの?俺はフリースを出して重ね着。

意外にも外人の方々は和やかに並んでいたが、日本人のオッサンが騒ぎ出した。なんか色々な所に苦情の電話を入れている。

俺は、婆さん軍団との雑談で気を紛らわせていた。婆さん軍団①は遊覧船に乗っただけで一日が終わった
と。婆さん軍団②は、バスでやっとここまで来て、すぐに帰りバスに並んだと。してみると、俺はかなり恵まれた境遇にあるのではないか。

俺は臨時バス5台めに乗れた。バスに乗れなかった外人の団体さんが、朗らかに手を振ってきた。俺は手を振りつつ、内心「臨時バスは5台なのだよ」と・・・。

立ちっぱなしでイロハ坂を下った。婆さん爺さんも立っているのだからしょうがない。それでもトロトロとバスは動いてくれた。東武日光駅に着いたのは7時前。


各駅停車の電車に乗って、帰宅は10時を過ぎていた。

明日は仕事かぁ~。

山行日;2018.10.21
コース:JR日光駅=バス=清滝駐在所前バス停(8:40)~細尾入り口~補佐尾峠旧道870m付近より藪入り~細尾峠・篭石の尾根(11:40)~篭石(12:00)~茶の木平展望所(12;40)~中禅寺湖畔(13:30)


JR日光駅では、バス積み残しの人々が大量に出現。バスは西参道付近まで順調に進むも、旧道に入ったとたんに動かなくなった。俺はバスでは座れず、このままいつまでも立っているのはしんどいなぁと思いつつ、考えを巡らしていた。何時着くか判らないバスに乗っているよりも、以前から構想にあった細尾地区から茶の木平に至る尾根筋を辿った方がいいのではないかと。

バスの降車ボタンを押した。

それからしばらくはバスは動かず、ようやく降りたバス停は「清滝駐在所前」であった。

全く動いていない車列を横目に、車道を歩いた。

桐生に向かう国道にでると、車の往来はほとんどなし。

クルクルっと細尾峠の旧道に入り、わずかで取り付き地点に辿り着いた。870m付近である。



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手書きで、あまり精確ではありません。


予定の尾根を尾根を廻り込んですぐの所で尾根に取り付くと簡単に尾根に乗れた。しかも、藪尾根だと思っていたが、明瞭で幅広の道があった。


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こんな道があった。


道に沿って杉林を登る。道は尾根を外れる事はあっても必ず尾根に戻るように続いていた。送電線を二つ過ぎると雑木林に変わる。しだいにツツジの濃密な尾根となり、紅葉したハウチワカエデが混じるようになる。



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ヒヒヒッ・・・。


もうすぐ主尾根だろうと思った所で道を失ったが、低い笹の尾根を辿ると、


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細尾峠~篭石の主尾根に辿り着いた。1330m付近である。


そこは、ツツジ紅葉の別天地であった。



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紅葉の尾根道を篭石目指して。



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ツツジ紅葉を愛でながら。



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赤・黄のツツジ紅葉。




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アッサリと篭石到着。



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茶の木平の一角に着いた。ここは、紅葉する木が少なかった。



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茶の木平ロープウェイ跡地。



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茶の木平の下りで、素晴らしい紅葉にまみれて。



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ヒヒヒッ。ハウチハカエデ多し。



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たまりませんのぉ~。




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中禅寺湖にて。



土産物屋で、舞茸天ぷら蕎麦を食って、


歌ヶ浜で、イヤと言うほど中禅寺湖を眺めたのだ。

行った日;2018.10.14
コース:東武日光線金崎駅(9:10)~長徳寺~西方城本丸(10:20)~西方城東丸~本丸~北丸~長徳寺(11:20)~西方総合公園~東武日光線金崎駅(13;15)~思川畔~東武日光線家中駅(14:15)



朝3時に雨音で目が覚めた。けっこうな降りっぷりである。今日も山はだめだな。
寝た。

6時に起きると雨は小降りとなっていた。朝飯を食い終わる頃には雨はあがったようだった。
ど~すんべ~。

今年行った皆川城の皆川城保存会の方から推薦されていた西方城にでも行ってみっか~。



乗った電車の中で、西方城に関するお勉強。

栃木市西方町本城地区の西側丘陵上に築かれた山城。伝承によれば宇都宮景綱三男武茂泰宗の子烏丸景泰が鎌倉後期に築城と伝わる。しかし、近年の研究によれば、築城は南北朝期以降となるそうだ。古文書によれば、天正元年後北条氏に攻められるも堅固に持ちこたえている記録があるという。


東武日光線金崎駅で降りたのは二人だけ。なんと青空の向こうに男体山と女峰山が見えるではないか!地団駄を踏んでも後の祭り。取り敢えず、西方城を目指そうではないの。


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多分、あの丘のような山が西方城であろうと見当をつける。


2.5万図中宿地区の民家のオッサンに西方城への行き方を聞く。
「お寺の所に目印があっから~↑、そこから上がれるへ~」とのお言葉。お寺がどこか判らん。地図を見る。なるほど、東北自動車道をくぐった先にお寺記号があり、その近くから城山221.2m峰に向かって小道記号がある。お寺を目指す。

お寺を目指していると「西方城祉→」が現れ、これに従う。ヤレヤレ。

東北自動車道をくぐって、少し登るとすぐに西方城祉駐車場を発見。隣の民家の大型犬に吠えられる。民家の上にお寺あり。


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西方城址駐車場にあった案内板。


結果から言おう。
西方城祉は、ほぼ案内板に描かれたような遺構が見事に残っていた。特Aクラスの山城遺構であった。たいがいの場合、こう言った案内板に描かれた状態を現認する事は難しいのだが、ここは違った。さりとて、大きく遺構の整備がされているわけでもない。が、薮がキツイわけでもない。ゴルフ場により一部が破壊されているそうだが、超お勧めの中世山城跡だった。



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お寺(長徳寺)の脇から山道となる。



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すぐに竹林となる。帯郭と思われる削平地が重層的に現れる(もしかして近年のものかもしれないが)。



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竹林が尽きて、ヘンな穴。



ヘンな穴の写真を撮っていると、「ブフォ」と獣の音。姿は見えない。大きく手を叩く。派手なガサガサ音。大声を出して追い打ちをかける。獣は去った。シシか!


倒竹、倒木を乗り越えて、登る。



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登城ルートが深い堅堀跡となる。こんな所で横矢を射かけられたらひとたまりも無いワ。




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尾根に出ると、いきなりの「保塁跡」。




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尾根上の広い削平地北の丸。向こう側に土塁も見える。




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二の丸との間の空堀。



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二の丸より東側。遠く筑波山や石切山脈と思われる山並みがかすかに見えた。



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二の丸。




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二の丸。




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本丸。



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本丸に落ちていた焼き物。瓦かなぁ~。




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本丸のさらに上に神社。




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「升型虎口」と言われても、絵で見るような形はさすがに確認できなかった。




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南の丸。



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東の丸。


東の丸を少し下ってみた。まだ遺構はありそうだったが、この辺までにしておこう。戻る。


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井戸跡付近。


本丸、北の丸と戻り、長徳寺への道を辿る。途中の帯郭と思われるような所を巡ってみた。蜘蛛の巣に絡め捕られ退却。



長徳寺から、西方総合公園によってみた。



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野球場のほうからグルと廻って、西方総合公園。東北道を走っていて、横目で何度も見ていて、一度来てみたかった。



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思い川から横根山を見る。この時間、日光の山は見えなかった。




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近津神社による。やはり西方氏ゆかりの神社であった。



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近津神社にて。駒犬の先に城山・西方城。



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道々にて。



金崎駅手前でソバ屋を見つけ、ソバをすする。



金崎駅手前で踏切が鳴り出した。金崎駅に電車と俺は同時到着。ホームには階段を駈けあがらなければならない。諦めよう。

電車は1時間待ち。
桜祭りのある金崎の思川畔に出てみた。この時季、特に何も無し。時間を持て余し、隣の家中駅に向かう事にした。

家中駅手前で、時計を見てアセル。もうすぐ1時間経過。小走りで帰りの電車に乗り込んだ。



それにしても「西方城祉」は見所満載で楽しかった。ここを紹介して下さった、「皆川城」保存会の方に感謝である。



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行った日;2018.10.13
コース;JR武蔵野線東所沢駅(14:00)~滝の城(14;40)~JR武蔵野線新座駅(16;00)



朝4時半に起きた。暗がりの外を見る。よく判らんが、どうも厚い雲に覆われているように思われた。山に行くのはやめよう。布団に入った。



所沢市にある「滝の城」の存在を知ったのは今年に入ってから。清瀬市との境界近くにある。近年、古代の横穴墳墓が発見された。中世後半には後北条氏支配の城となった。


自宅で昼飯を食ってから出かけた。


東所沢駅から県道を歩いていると、「アライテント」の建屋が目に入った。おおっ、こんな所にあったのか。俺も大分お世話になった。


畑地が目立つようになると、


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滝の城に着いた。



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滝の城案内板。



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滝の城解説板。



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いきなりの掘跡。



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広く深い掘。



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二郭。



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竪掘りか。上に城山神社社務所。



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本郭にある城山神社。




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本郭下の崖の崩落修復時に発見された横穴墳墓群の解説。



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二郭付近の倒木。




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折りを伴う切岸。




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三郭。




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三郭から南側を望む。JR武蔵野線と城郭下の野球場。北条氏照が望んだ風景とはどれほど異なっているのだろうか。



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三郭を通り、



関越自動車道をくぐって、城下の柳瀬川を越え、新座駅に向かった。

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