2016年12月

山行日:2016.12.30
コース:東武東上線小川町駅=バス=小安戸バス停(8:45)~光官寺~沢沿いの道を南西へ~光宮寺東方の尾根に乗り上げる360m圏(9;20)~小尾根東進~450m峰・465m峰(仙元山)鞍部()~仙元山(9:55)~萩平車道~萩平浄水場~476m~600m付近車道~笠山南方~(11:45)笠山(12:00)~栗山集落(12;50)~赤木集落~切通しバス停(14;05)=バス=小川町駅



前週、落合からの長い尾根を使い笠山に登ろうと思ったが、観音山手前で硅石鉱山にはばまれ撤退した。今週は硅石鉱山を避け、その先の尾根上に上がり笠山を目指してみた。


小川町駅で、いつものようにクソをして、コンビニの灰皿で一本吸って、バスに乗り込んだ。


小安戸バス停で下車し、車道を南下。


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光官寺。


光宮寺の裏手に広い道があった。しめしめ。思った以上に簡単に山に取り付けそうだ。少し進むと、


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こんな感じで、小道が現れた。


磁石の方向とは少し異なるが、この道を進んでみよう。2.5万図のお寺記号の南側の小沢に沿うように小沢上方に小道が続いていた。


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途中、石垣が2箇所に渡って現れる。かつては住居でもあったのか。


しばらく小道に沿って南東に進むが、沢床に着いた所で小道を見失う。北側に転進し、急な藪斜面を登った。アオキを掻き分け、トゲのある植物を避けながら、ノソノソと進む。上方が明るくなった。
計画で目指していた小尾根の360m圏に到着したようだ。

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360m圏付近。


傾斜が緩むと同時に藪も消え、楽になる。


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落合からの主尾根に到着。460m峰と465m峰(仙元山)鞍部である。北へ「新観音山」南へ「仙元山」の道標。南へ進む。


ここからは明瞭な道型が現れた。とは言え、道型が薄くなる所もある。


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仙元山の山頂に廃屋があった。



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槻川を挟んで、秩父高原牧場あたりか。


仙元山を緩く下る。


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太陽と月の陽刻のある石祠。


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萩平の山上集落に着いた。皆谷からの車道にでる。


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萩平の休憩舎にて。


萩平から一般登山道に向かわず、車道を少しだけ進む。


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萩平浄水場の脇から藪入りのつもりであったが、道があった。


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振り返ると、先週撤退した硅石採掘場が見えた。観音山があるのかないのかは判然としない。


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600m付近の車道に出る。2.5万図には車道に沿ってガケ記号があったが、そんなものは無し。いわんや、小道までついていた。


ここより、非常に美しい森となった。


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桜の木だろうか。春にも訪れてみたいなぁ~。


笠山南方で登山道に合流。ここから10分とかからず、


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笠山、笠山神社に到着。


誰もいない。握り飯を食い、さぁ出発の段で、登山者1名が現れる。


栗山集落への破線道を下った。等高線が混んでいたので心配したが、ジグザグに案外歩きやすい道だった。


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栗山への道は、足の悪い俺でも歩きやすい道だった。



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「右 笠山道」ここで、未舗装林道に出た。


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笠山神社下社。



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青い屋根の目立つ栗山集落到着。




栗山川の車道を下り、館川筋に合流。笠山を振り返る。



館山川に沿った車道を延々と歩き、槻川を合流し、「切通しバス停」に到着。バス待ちは20分。まずまずか。目の前の「ヤマザキ」で菓子パンを買って食う。タバコを吹かせているとバスがやってきた。

行った日:2016.12.29



ナッチbbさんによると、安行で蝋梅が咲き始めたとの事。



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興禅院。


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興禅院。



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興禅院。一本だけしぶとく。



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興禅院。




興禅院には、今年も随分とお世話になったなぁ~。

山行日:2016.12.24
コース:東武東上線小川町駅=バス=落合バス停(8:40)~槻川を渡る~笠山に続く尾根に乗る~370m付近鉄塔(9;20)~393.2m地蔵岳(9;50)~観音山手前420m付近・通行止め(10;10)~420mをキープし南下を試みるも鉱山のヘリに出る・撤退(9:30)~地蔵岳~地蔵岳西方の尾根を下る~坂本バス停(11:40)~和紙の里バス停(12:30)=バス=東武東上線小川町駅


前回、タカハタ経由で笠山まで歩いてみた。その時、地図を見ながら気がついた尾根がある。大内沢川と槻川の合流点、落合地区から長々と笠山付近に伸びる尾根だ。ちなみに大内沢川の上流は「花桃の里」である。昭文社の地図を見ると観音山の先に「ケイ石採掘場」と点が打たれている。2.5万図を再確認すると、観音山の南に数百mにわたって人為的なガケ記号が標されていた。ここの通過に手間取る事があるかもしれないと思い、今回はクソッタレGPSを持参してのぞんだ。が、結果は撤退となった。ケイ石採取場は2.5万図よりはるかに広がっており、観音山北側に及んでいた。


いつも通り、小川町の駅でクソをして、コンビニの灰皿でタバコを吹かしてから「白石車庫行き」のバスに乗った。座れなかった。
落合バス停で下車。


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落合バス停を少し南に歩き、小さな橋で槻川を渡る。


橋を渡って真っ直ぐ進むと、右上方に墓地が見えた。墓地の脇から藪入り。なんか、墓地の脇から藪入りする機会が多いのだが、俺だけ?

墓地から東側に斜上するとなだらかな尾根に出た。


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なだらかではあるが、アオキかなんかの常緑樹がうるさい。


アオキを掻き分けつつ進むと10分ほどで、藪から解放された。さらに進むと西側から小道が合流し、以後道型がはっきりしだした。東電の黄色ポールがあり、土留め状の階段となり370m付近の鉄塔に出た。
坊庭地区方面への明瞭な尾根は要注意。道型ありとは雖も薄い。磁石を当ててクリア。少しばかりテープ類が散見される。


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地蔵岳393.2m峰に到着。ん、山名板は393.1mになっている。複数山頂標識があったが、いずれも393.1mになっていた。まぁ、いいか。

しばらく歩くと、


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予定してから、どのくらいたったのだろうか。


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どっか~ん。


ムムムッ・・・・。ずいぶんと早いおでましじゃぁないの!昭文社の地図では観音山の先に印がついていたのに。まだ観音山の姿すら拝んでいないのに。


上の写真の看板の先に少しだけ侵入してみると、


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こんな景色が広がっていた。


すでに足下はケイ石採掘になっていたのだ。尾根通しに歩く事は「まかりならん」と言う事か!
看板に戻る。


GPSのスイッチを入れてみた。どうやら現在位置は420m圏。観音山までは200m足らずの距離だ。地図をみて、420mをキープしながら尾根の西側をトラバースし観音山方面に向かう事にした。
高度計を見ながらトラバース開始。すぐに急斜面の密林に突入。もがきながら進むと、すぐに、アレレレ・・・、密林が失せて、ケイ石採掘場のヘリに出てしまった。廻りを見回すも観音山の姿は無し、急な下りが進行すべき方向に続いている。
地図を見る。こんなヒドイ下りは地図には無いワサ。観音山は何処へ行っちゃったのか?開き直ってケイ石採掘場のヘリに沿って北上。すぐに元の看板に戻る事ができた。

腰を降ろして一服。
どーすんべ~。
地図を再確認。もう一度再チャレンジして観音山を越えられたとしても、その先にも人為的ガケ記号が続いている。最早これまでだな。

撤退じゃぁ~。

どうやって帰ろうか。
最も楽に帰れる方法を考えた。

どうやら地蔵岳西方の尾根が緩やかだ。途中から北進して沢筋に降りればいいだろう。

地蔵岳に戻る。

GPSのスイッチをまた入れた。
磁石をセットして西進。うまく尾根に乗れた。



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やや薮っぽいが大した事はない。


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ここで、北へ転進すべきかな、


と思ってGPSを見ると、もう少し西進せよと言っている。そんなものかと思いさらに西進。斜面がいやに急なので、おかしいと思いGPSを確認。いいらしい。
このGPSは、クソッタレGPSだよ。信じちゃぁいけませんヨ。

と言う訳で、高度計を見ながら登れ直して、磁石を見て北へ転進。斜面が急になった所で東進。竹林となる。竹を掴みながら沢(沢向沢)に下ると、


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こんな所があって、対岸に道があった。


広い道を下ると、東秩父村西小学校の脇に出て、車道には坂本バス停があった。


時刻表を見ると、なんと10分前にバスは行ってしまっていた。しかも次のバスは2時間待ちだった。

食堂でも無いものかと見まわしたが、何も無し。しかたがない、歩こう。

結局、「和紙の里」まで歩いた。ユネスコ文化遺産に登録された東秩父村・小川町の「細川和紙」にちなんだ施設なんだろう。ソバ屋は満席。ラーメンを食った。バスの時間はまだ先だ。物産販売所に行ってみた。特に物産には興味無し。
ところが、なぜか本が3冊置いてあって、それが俺のお好みの本であった。

「戦国の境目 秩父谷の城と武将」2500円。
「北条氏邦と鉢形領支配」1800円。
「武蔵松山城主 上田氏」1800円。

いずれも地元東秩父村出身の方の本だった。上記2冊を鼻息を荒くして購入。

ようやくやってきたバスに乗り込み、「戦国の境目~」を読みふける。気がつくと居眠りをしていて、小川町の駅に帰着。

行った日:2016.12.18


飲み過ぎだ。
体が重くて遠出する気にはなれない。


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興禅院裏の弁財天。


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興禅院裏の弁財天。



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興禅院裏の弁財天。



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興禅院裏の弁財天。。



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興禅院裏の弁財天。



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興禅院裏の弁財天。



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興禅院裏の弁財天。



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興禅院裏の弁財天。



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興禅院。



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興禅院。



安行のモミジもほぼ落葉。

最後の散り残りを見て、家路につく。

行った日:2016.12.11



爺さんと秘密の紅葉スポットで、銀杏臭に鼻をつまみながら紅葉撮影。



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安行の秘密の紅葉スポット。


他にも紅葉スポットはないものかと、農道を歩き廻る。
爺さん曰く、
「みんな、落葉だな。金剛寺に行ってみっか!あそこのお墓のモミジがまだ赤いかもよ。」
「俺は、もう一度弁財天に行ってみますよ。」
「そうだな、光の具合が変わってるかもしれないしな。」

興禅院まで戻ると、爺さんは疲れたと言って、バス停のベンチに座り込んだ。
ここで、爺さんと別れて、植物振興センターを徘徊。


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植物振興センター。ここは、ほぼ落葉。期待していた大モミジもマル禿げ。


斜面を下り、再び弁財天へ。


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興禅院墓地裏。ここは立ち入り禁止。金網にレンズだけ押し込んで撮影。


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弁財天。


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弁財天。


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弁財天。


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弁財天。


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弁財天。


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弁財天。


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弁財天。


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弁財天。


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弁財天。


それにしても、人影が少ないねぇ~。ここの紅葉は12月に入ってからなんだけど。

いやいや、奥の方で爺さんがシャッターを切っていた。


そろそろお昼だ、爺さんに挨拶して帰ろうとすると、

「あれぇ~、もう帰っちゃうのぉ~。これから光線が良くなるんだけどねぇ~。」

「またねぇ~。」と手を振って別れた。

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