2016年03月

山行日:2016.3.27
目的地;東秩父村花桃の郷(大内沢地区)
コース:寄居駅=村営バス=大宝バス停(8:50)~花桃の郷(大内沢地区)~登谷山~釜伏峠~関所跡~中間平~常光寺~鉢形城~寄居駅(14;00)



平成の大合併の嵐に耐え、東秩父村は埼玉県唯一の村として生き残った。
何とはなしに、ネットで東秩父村の「花桃の郷」・「花桃祭り」を知り、行ってみる事にした。


小川町の駅で、多くの登山者が吐き出され「しまった」と思ったが、寄居行きの電車に乗り継いだ者はわずかだった。
寄居駅でクソをして、タバコを吸った。2本目に火を着けた所でバスがやってきた。タバコの火を消してバスに乗り込んだ。バスはガラガラだった。まぁ、この天気ではねぇ~。


東秩父村のパンフレットに従い、大宝バス停で下車。少し進み、右手の舗装道を登る。
道が曲がった所で、桃の花が現れる。


イメージ 1
東秩父村大内沢地区。


取り敢えず、近くの展望台に上がってみた。


イメージ 2
おおっ、すごい、すごい。まさに花桃の郷。



展望所を降り、そばにいた係員とおぼしき村民の方に登谷山の道を聞いた。登谷山の道々でも充分に桃を楽しめるとの情報を頂き、「花桃の祭り順路」には向かわなかった。



イメージ 3
いやはや、なんとも。



イメージ 4
山上集落はかなり上方まで続いていた。



イメージ 5
寒桜と。



イメージ 6
まだまだ続く。



イメージ 7
梅も多いが、終わっていた。



イメージ 8
民家の庭先で。




イメージ 9
この辺が最後だったか。


晴れていればなぁ~と思う。


やがて杉林の舗装道となる。そして、意外にも別荘地らしき地区に入った。タヌキが一匹こちらに向かって歩いてきた。カメラを向けると、別荘地に逃げてしまった。

舗装道路は、主稜線上まで続いた。最後の比高50mだけが土の道で、登谷山に到着。



イメージ 10
誰もいない登谷山だったが、しばらくしてオッサン一人が通過していった。



俺は、チョコパンを食って、タバコを吹かしてオサラバ。


釜伏峠に向かう。外人さんが土木作業中。ご苦労様です。多分太陽光発電かなんかの設置。
すぐに再び舗装道。緩く下って釜伏峠に到着。釜伏神社には寄らず、関所跡に向かう。ここも歌碑があるのみ。その痕跡は感じられない。

中間平に向かおう。
舗装道をユルユル下る。

中間平の一角に入るも、この時季見る物なし。多分桜山なのだろう。


イメージ 11
中間平。この天気で、この景色では、気が滅入るワサ。だぁ~れもいない。


中間平から、舗装道をクネクネと下る。



イメージ 12
開けた所で。


ここから一段下がると、平地になって、


イメージ 13
常光寺に着いた。


八高線の線路を渡って、



イメージ 14
鉢形城に到着。巨大な寒桜が迎えてくれた。



イメージ 15
城域を少しだけ、散策。やっぱ、この城、凄いわ。



荒川のほとりのソバ屋で、ピール、蕎麦、舞茸を食い、寄居駅に帰着。


秩父鉄道で帰るか、東上線で帰るか。小川町行きが直ぐに来たので、東上線経由で帰路に着く。


花桃はよかったが、天気がねぇ~。
それと、山登りとも思えない車道歩きの連続にまいりました。

行った日;2016.3.26


イメージ 1
一輪草自生地。





イメージ 2
一輪草自生地。





イメージ 3
一輪草自生地。





イメージ 4
一輪草自生地。





イメージ 5
道々にて。





イメージ 6
おおっ、晴れてきた。道々にて。





イメージ 7
ムヒヒヒ・・・。興禅院。





イメージ 8
興禅院。




イメージ 9
興禅院。



イメージ 10
満開だぁ~。植物振興センターのお気に入りポイント。





急速に晴れあがった。もう少し歩きたかったが、こんな時に限ってご用がある。

急ぎ足で帰宅。

イメージ 1
道々にて。



イメージ 2
道々にて。



イメージ 3
道々にて。



イメージ 4
植物振興センター。



イメージ 5
植物振興センター。



イメージ 6
植物振興センター。



イメージ 7
植物振興センター。



イメージ 8
植物振興センター。



イメージ 9
植物振興センター。



イメージ 10
植物振興センター。



イメージ 11
植物振興センター。



イメージ 12
植物振興センター。



イメージ 13
植物振興センター。



イメージ 14
道々にて。おおっ、ソメイヨシノが咲いてしまったかぁ~。

行った日:2016.3.21


難台山を下ると、さっきまでの曇天がうそのように晴れをわたった。



イメージ 1
長沢地区。




イメージ 2
長沢地区。




イメージ 3
駒場地区。




イメージ 4
駒場地区。




イメージ 5
滝入不動堂地区。




イメージ 6
駒場地区。




イメージ 7
駒場地区。




イメージ 8
日向内地区。




イメージ 9
日向内地区。




イメージ 10
日向内地区。




イメージ 11
日向内地区。




イメージ 12
羽梨山神社より。



イメージ 13
羽梨山神社より。




イメージ 14
羽梨山神社より。




イメージ 15
仲通地区。



イメージ 16
駒場地区。



あっ~、スキッリした。

山行日:2016.3.21
目的地;難台山城
コース:羽梨山神社(7:40)~すずらん登山口(長沢地区)~すずらん群生地~470m圏主稜線~難台山~難台山城跡~駒場地区~羽梨神社(12:00)



セとナさんの所属する山の会の皆様が、難台山城跡の道標を設置してくれたとの記事を拝見し、再び難台山城に行ってみる事にした。前回は、お役所が設置してくれていた案内板をたよりに藪を漕いでみたのだが、城跡らしき形跡は見いだせなかったのだ。
今回は、足の状態が思わしくないため、館岸城は割愛した。



イメージ 1
出発地の式内社羽梨山神社。


「雨が降り出しませんように」
と言った塩梅の天気。



イメージ 2
県道を西進。道々に花が咲く。



イメージ 3
なんとか、天気は持ちそうだ。


イメージ 4
大きな案内板があった。ここが、すずらん登山口であった。


イメージ 5
道は、舗装道。


広い谷に舗装道が伸びる。両サイドには、放棄された段々畑か棚田の跡のようなものが続く。やがて砂利道となる。クシャミを連発しながら歩く。だ~れも居ない山にクシャミがコダマする。

沢から離れて、尾根を絡むように進むと、



イメージ 6
すずらん群生地に着いた。今は咲いていない。5月中旬らしい。


すずらん群生地には、電気柵が巡らされていた。対象は獣なのか人間なのか?人間ならば、悲しいのぉ~。
そう言えば、浦山の花園も大分荒れてきたとの風聞がある。


ここから、結構な斜面となる。ヒーヒー言って主稜線に出た。


イメージ 7
主稜線に設置の道標。なにせ、この山、道が多いので、こう言った道標は助かります。


イメージ 8
主稜線470m圏から、雨巻山、高峯、仏頂山の連なり。


ここからは、少しは登山者がいます。


もう一ガンバリで、


イメージ 9
難台山山頂に着いた。どんより空の向こうに筑波山~足尾山~加波山の連なり。


イメージ 10
難台山山頂から東側に、太平洋が見えた気がした。


アンパンを食って出発。

山頂から主尾根をチョットだけ歩くと、「難台山城跡→」があり、ここを下る。


イメージ 11
ここも結構な急斜。ロープをつかんで下る。刈り払いの跡もありました。有難いこってす!


イメージ 12
おおっ、新設の難台山城跡の道標だぁ~。


道を外れて、「城址内通路」に入り込む。


イメージ 13
ムムッ・・・。この岩は、昨年見ておるゾ!


しかし、昨年よりも踏み跡が明瞭化しているではないか。踏み跡に沿って下ると、


イメージ 14
おおっ、ここか!地元山岳会の皆様ありがとうございます。昨年は、ここまで下には来なかったよな。


上の案内に従い、さらに下ると、



イメージ 15
確かに、段切り跡と思われる斜面が。


イメージ 16
ここにも・・。


写真では判りにくいが、確かに段切り跡と思われる斜面が3段ほどあった。そして、狭いながらも削平した平場があった。もう少しあるのでは無いかと、さらに下る。ムムッ・・・、イバラ藪だわサ!ここで諦めた。右手にあるはずの登山道に復帰すべく山腹を下るも、登山道らしきものは無し。仕方ない登り直そう。山岳会の案内まで戻り、登山道に復帰した。


難台山城は、南北朝時代に南朝方の勢力として小田五郎、小山若犬丸らが立てこもり足利勢力と対抗したとの事。真壁氏の支援を受けていたが、佐竹氏が真壁からの補給路を遮断した事により破れたと。


帰り道は、複雑怪奇であるが、


イメージ 17
こう言った、新設の案内表示により、


無事、駒場の里に下り着く事ができた。


イメージ 18
駒場地区にて。



なんにしても、地元山岳会の皆様による案内標識、刈り払いにより、難台山城跡が発見でき、難解なルートをスッキリと下る事ができた。感謝申し上げます。


駒場地区をブラブラ歩いていると、青空が見えてきた。余りにも美しい風景に、あっちこっち歩き廻り、予定時間を超過して羽梨山神社に帰着した。

↑このページのトップヘ