2014年12月

山行日:2014.12.30
コース:JR水戸線福原駅(8:10)~吾国山登山口(8:55)~車道(9;05)~(9:50)吾国山(10;10)~道祖神峠(10:30)~(11:20)難台山(11:50)~大福山(12:20)~団子石峠(12:40)~乗越峠(13:00)~愛宕神社(13:50)~JR常磐線岩間駅(14:30)


以前から一度は歩いてみたいと思っていた山についに出かけた。


久喜駅でJR東北線に乗り換えた。ようやく明るくなりかけていた所だ。利根川を渡ると再び薄暗くなってきた。濃霧である。小山でJR水戸線に乗り継いだが、電車はなかなか発車しなかった。濃霧で遅れた東北線の列車を待っているようだ。俺は便意を催していた。イライラ感が募る。

JR水戸線福原駅にようやく到着。一瞬早く爺さんが便所の扉を閉めやがった。まずいねぇ~。5分待ちでやっと暖かい便座に座る事ができた。


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福原駅前には、ハイキングコースの案内があった。予定コースそのものである。


歩き始めると、舗装道路は昨日の雨が凍ったのか、ツルツルである。股間に力が入りノソノソ歩きとなる。
心配していた山麓のゴチャゴチャ道は、要所に道標があり迷う事はなかった。



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濃霧は解消しつつある。


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こんな道標が随所にあり。


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凍てついた段々畑。


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あれが吾国山かな?舗装道から解放される。


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吾国山登山口の道標から坂道となった。十四丁目の石塔があった。ちなみに、吾国山山頂付近は三十三丁目でした。


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カタクリ園地からブナの巨木が現れる。残念ながら犬ブナと化していた。半円の柵は根曲がり竹でできていた。丁寧な仕事だなぁ~。


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吾国山に到着。妙齢のご婦人がお一人いらっしゃいました。


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吾国山からの加波山。奥に筑波山。


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朝霧がまだ残っていた。あまりに景色がいいので長居をしてしまった。


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伐採地から。館岸山方面?


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同じく、こちらが難台山?道標完備のため、磁石はザックに入ったまま。


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けっこうなアップダウンがあって、難台山到着。


難台山では数名の方々がご休憩。


平たい石の上に腰をかけ俺も休憩。そばにいたオジサンに
「オリンパスのデジカメ?」と声をかけられ、
「い~え、ソニーでんがな」と答える。

オジサン、今日で今年70回目の登頂だそうだ。登山道整備やら道標の設置に致力されているとの事。
ん、地元の方か?

ちなみに、「セとナさんは、知っていますか?」と聞いたら、
「ここの下の方に住んでるよ」とのお返事。
おおっ!(なぜか感動!)

話をしておったら水戸からとの事。ん、ならばついでに、
「yamasanpoさんコトA氏はご存じですか?」
「シモンさんとともに一緒にあるいているよ」

おおっ、再び感動!
世間は狭いもんですなぁ~。

ここでも長居となってしまった。先に進みましょう。


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難台山城に行きたかったが、パス。

いくつかの奇岩を見て、


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セとナさんはあの辺りに住んでいらっしゃるのかな?


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気持ちの良い尾根道。



櫓のある展望所で、さっきのオジサンに抜かれる。



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ようやく着いた愛宕山。お正月仕様ですなぁ~。



愛宕神社の急階段を手すりに掴まりながら下る。途中足を滑らせ尻もちを着く。肩に激痛が走り、泣いた。


舗装道路に出て、クネクネ道を下る。
途中、車が一台、俺の脇でスーッと停まった。さっきのオジサンだった。「乗っていくかい!」
「岩間駅まで、あと少しなので」 
丁重にお断りした。オジサンありがとう!



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のどかである。


途中ソバ屋でもないかと、キョロキョロしながら歩いたがそんなものは無かった。岩間駅前に食堂があったが、準備中の看板。今日はお休みなのだろう。

自販機で缶コーヒーを買って、腹の足しにした。


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岩間駅のホームからの愛宕山。



今日一日、予想以上に楽しい歩きができた。
朝霧がよかったなぁ~。
セとナさんやyamasanpoさんのお友達とお会いできたのも良かったよなぁ~。

次の機会は、館岸城と難台山城だな。ムフフフッ。

山行日:2014.12.28
コース:仏ノ山峠吹田P(8:00)~身代地蔵・仏ノ山峠(8:05)~仏頂山(9:00)~奈良駄峠~(10:30)高峯(10:45)~上小貫登山道~小貫~吹田P(12:10)


今月、yamasanpoさん御夫妻が歩かれた本コース、記事を見て気が向いた。

仏ノ山峠は、石岡在住時には毎週のように車で越えていた峠である。それは、スキーや山登りにでかけるためであったが、ついぞこの周辺の山々に目を向ける事はなかった。


吹田Pは仏ノ山峠を栃木県側に僅かに下った所にある。Pの外側に山道が見え、そこから取り付こうとしたら、「この山、入るべからず」の看板があり、諦めた。
yamasanpoさんの記事にあった、峠のお地蔵さんの所から藪入りした。


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仏ノ山峠にある身代地蔵。すごい名前である。石板の後ろから藪入りした。


道は無い。竹藪の急斜面を登る。


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こんな感じの竹藪を登る。


竹藪の急斜面が緩むと尾根に乗る。何処からともなく薄い踏み跡が合流。かすかな踏み跡を辿った。が、磁石は必携である。間もなく、根曲がり竹藪となる。根曲がり竹の密度はそう高いものでは無く歩くに不自由するほどではないが、跳ねっかいりが目にあたったりしてウットウしい。根曲がり竹は、そう長くは続かなかった。


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やがて、こんな感じのなだらかな尾根となる。


「里山、恐るべし」を肝に銘じ、こまめに磁石をセットした。

明瞭な踏み跡が南斜面を緩く登っていた。尾根をはずしこちらを辿る。途中倒木が道を塞いでいた。この倒木を巻くのがかなりシンドそうで、結局道を戻った。途中まで戻って、山腹を這い上がって尾根に復帰。仏頂山はすぐそこだった。


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仏頂山に到着。


仏頂山に展望なし。アンパンを1個食って、タバコを吹かせていたら、爺さんAが笠間方面から登って来た。もう一人爺さんBが登ってきた。爺さんBは、超高齢。これから山を下って、自転車で鶏足山に行くと言っていた。鶏足山は知らないけれど、凄いもんですなぁ~。
爺さんBを見送って、爺さんAが高峯に出発。俺は爺さんAを追った。

仏頂山からは明瞭な道となった。


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爺さんAは、異常に足が速かった。地元の方でこの付近の山に詳しかった。みるみる遠ざかっていった。


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伐採地より栃木県側。おおっ、女峰、大真名、小真名、男体のそろい踏み。


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茂木の小貫地区かな?


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「桃太郎岩」だそうだ。


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笠間側に露天掘りの鉱山でもあるのかな?


奈良駄峠を過ぎて、登りとなる。

小峰で爺さんAが、上着を脱いでいた。爺さんAに声をかけて、先行。すぐに抜かれた。ガクッ。


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気持ちの良い尾根道を進む。


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そうは言っても、大汗かいて、高峯に到着。


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爺さんAの解説によると、加波山だそうだ。


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同じく、難台山方面だそうだ。

裏側からは、雑木越しに雨巻山が見えた。


爺さんAはパラグライダーの所へ行くと言って先に行った。俺は一服後、下山。

高峯から戻るように下り、すぐの所にある「上小貫→」の道標に従った。このルートは地図には記載が無い。yamasanpoさん御夫妻はこのルートで下ったようだが、yamasanpoさん御夫妻が下ったからと言って、俺が下れる保証はない。徒然さんをして「考えられないコースを歩く方々」と言わしめているほどの達人なのだから。
俺は事前に爺さんAに「上小貫→」のルート状況を確かめておいた。爺さんA曰く、「普通の道」との事。そんなわけで、俺は安心して「上小貫→」に従ったのだ。爺さんAさん、ありがとう。

極短時間の下りで、林道に出くわした。あとは谷間の林道を下るだけ。開けるとそこが、小貫地区だった。
まるで、武家屋敷のような門構えの家々が連なる道をテクテク歩いた。


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小貫より、仏頂山?


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小貫より、高峯の一角。


県道に出ると、吹田Pはすぐそばだった。

里山を満喫した一日だった。

行った日:2014.12.14
行った所:安行興禅院


もう終わっているかな、と思いつつも出かけてみた。


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川口市安行、興禅院。



おおっ、まだ残っておったか!




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散り加減ながら、いい感じじゃぁないの!




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くすんだモミジも逆光だと、まだまだ見られるねぇ~。




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ククククッ・・・。




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ちょっとくすんではおるが・・・。




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興禅院下の弁財天。




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ヒヒヒヒッ・・・。




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だれかが撮っていたので、俺も撮ってみた。




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弁財天の湿地。




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グルグル境内を廻って、帰途についた。



今年のモミジ狩りもこれでお終いかな。

行った日:2014.12.7
目的地:金鑚神社、御嶽山城、安保氏館跡
コース:JR八高線丹荘駅(8:10)~金鑚大師大光普照寺(9;15)~(9:30)金鑚神社(10:00)~御嶽山(10:20)~安保氏館跡(13:00)~阿保神社~JR丹荘駅(13:30)


武蔵七党丹党の安保氏の本貫地、神川町を訪れた。


羽生から秩父鉄道で寄居まで行き、JR八高線に乗り換え、無人の丹荘駅で降りた。


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JR丹荘駅。


丹荘駅・・・。なんと中世的な響きなのだろう。そう感じるのは俺だけではなかろう(ただの勘違いか?)。


晴れてはいるが寒い。車道を延々と歩いた。前方に山並みが見えるが、どの山が御嶽山なのかは判らない。取り敢えずここは平地である。

県立青年の家を横目に緩い坂を上がると、



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金鑚大師普照寺に着いた。

この寺は飛鳥時代に開創と伝えられる超古刹。寺域も広い。寺の中を歩きまわってしまった。


この寺の直ぐ先に金鑚神社の大鳥居があった。


まずは、多宝塔に向かおう。


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おおっ、まだ残っておったか!


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多宝塔(重文)。安保弾正による寄進と伝わる。


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そして、金鑚神社。武蔵国二宮。


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金鑚神社拝殿。御嶽山が御神体の為本殿をもたないという。


金鑚神社の奥に御嶽山への道が続いていた。膨大な句碑が並ぶ山道(階段)だった。
天然記念物鏡岩は整備中との事で、シートに覆われていた。
ほどなく、尾根に出て、右に行くと、


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御嶽山山頂、御嶽山城本郭跡に着いた。


現在、展望は宜しく無い。また、城址の雰囲気も感じられない所であった。

早々に下り、弁慶穴を見学し、岩山展望所→に向かった。


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岩山展望所。狼煙台とも護摩壇跡ともいわれている。


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岩山展望所から、右赤城山、左榛名山。誰かが、「県庁が見える」と叫んでおりました。


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岩山展望所から神流川上流方向を望む。


御嶽山城は、1337年長井氏の築城と言われるが、1480年阿保氏が居城していた記録が残る。その後、再び長井氏が在城。この間、甲斐武田、小田原北条との激しい城の争奪戦が繰り広げられた。あまり有名ではないが、一時的ではあるが埼玉県内で唯一武田氏の支配領域になった事もある。

などと、「埼玉の城址30選」の請け売りで、シッタカをするのであった。


さて、山を下ろう。後で気が付いたのだが、城跡らしい所が違うコースであったようだ。ムムムッ、無念である。



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金鑚神社に戻る。


そして、金鑚大師の鐘の脇から山の尾根を伝わって青年の家に下った。ここから車道歩きである。途中で「戸隠そば」を見つけて、大もりを食う。ううっ、ウマい。


八高線の踏み切を渡って、神川町元阿保の安保氏館跡にヤマ勘で向かった。


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安保氏館跡。めずらしくも、勘が当たって、すぐに見つかった。


残念ながら、安保氏館跡は、その目印があるだけで、全く面影の無い所であった。


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安保氏館跡のすぐ先にある阿保神社。


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阿保神社の巨木。


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阿保神社の裏手より。


安保氏の本拠地は、もっと山よりにあるのかと思っていたが、平野の真っただ中にあった。

取り敢えず満足して丹荘駅に戻る。



寄居の駅で乗り継ぎ待ちをしていたら、

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なつかしい、東武鉄道の車両が引き込み線に入っていた。小学生の時以来か!
もしかして、本日の最大の収穫は、この一枚だったりして・・・。

行った日:2014.12.6


野暮用が済んだのは、3時過ぎ。

今日も安行へモミジ狩り。


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安行興禅院。すでに薄暗い。雲がでてしまった。



ハス向かいの小林モミジ園は、ほぼ落葉。



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興禅院に戻る。



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ああっ、曇ってしまつたなぁ。



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植物振興センター。弱々しい西日が射してきた。



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植物振興センター。



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植物振興センター。



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植物振興センター。ムヒヒヒッ・・・。



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植物振興センター。



ああっ、朝のうちに来たかったなぁ~。

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