2014年01月

山行日:2014.1.25
目的地:社山
コース:歌ヶ浜(8:15)~阿世潟(9:10休)~阿世潟峠(9:40)~(11:00)社山(11:50)~大日尾根~阿世潟の橋(13:40休)~歌ヶ浜(15:10)


俺は、少しでも天気が悪そうだとめったに山には行かない。
前日の天気予報は、
日光市、片品村とも晴れ。弱風。気温は高い。

ムフフッ・・・。

中宮祠の積雪3cm。

こちらの情報はチト気になる。



歌ヶ浜に着くと、微風、高曇り・・・。寒さは無し。雪はかなり少なそう。

ガクッ・・・。



イメージ 1
朝の歌ヶ浜。


余りのモノトーンの景色にガックリ。
中禅寺湖は鉛色。


まぁ、寒くないだけいいとして。そのうちお日様が出てくるでしょう。
との期待は全く裏切られ、一日中曇天であった。
逆上し、帰ってから写真は全て白黒に加工してしまった。




イタリア大使館まで、コンクリ道が出ていた。


その先も圧雪で歩きやすい。大分人が入っているのか?それとも圧雪車でも入ったのか?


何と1時間とかからず阿世潟に到着。冬季の新記録だろう。


3人組に追いつくも、踏み跡明瞭でアッサリ阿世潟峠に到着。峠下の吹き溜まりは無かった。


イメージ 2
社山への道のり。


イメージ 3
お決まりではありますが。好きなもので。



晴れる気配無し。


イメージ 4
深雪に遭遇する事も無く、社山着。


ワカンはおろかアイゼンも不要だった。



イメージ 5
展望地へ移動。



先客2名。
後から3名到着。こちらのグループは隣町八潮市からおこしとの事。


足尾方面も雪は少なそうに見えた。石塔尾根も地肌が見える。
12月に大雪が降って、その後、雪は減り続けたのか?


寒くないので、お湯を沸かしてカップ麺を食った。
3人Gと長話。


予定より時間が早かったので大日尾根に向かった。





イメージ 6
鞍部には、殆ど雪が無かった。


イメージ 7
大日尾根上部展望地。


イメージ 8
同上。白根山は一日中姿を現していた。


イメージ 9
同上。太郎山と山王帽子山。






イメージ 10
大日尾根上部には、ソコソコ雪があったが、ソコソコであり、苦労するほどの事は無かった。


イメージ 11
大日尾根中間部の平坦地は地肌丸出し。


ショートカット尾根を屈強3人Gが重装備で登って来た。声を掛けたが殆ど無視。その武骨さ、いい感じです。

ショートカット尾根下部の急斜面に雪が少なく、かえって苦しむ。とは言え、アッサリと阿世潟の橋に到着。ここからも武骨者の踏み跡があり、ノンビリ歩ける。


イメージ 12
中禅寺湖畔をのんびりと。


イメージ 13
最後くらいは、カラーで。


状況が異なると、こうも変わるものかと思った。
幸い、体力消耗は劇的に楽な方に転がった。

行った日:2014.1.19
目的地:春日部氏館跡=春日部八幡神社
コース:草加市自宅(7:40)~なるべく旧国道4号線~春日部駅(11:00)~ラーメン屋~春日部八幡神社(12;00)~春日部駅(12:40)


今日も山々は大風が吹きそうな等圧線の込み具合である。困難を克服する気持など毛頭無い。
ただ、歩かないと腰が痛くなるので長めの散歩に出かけた。


今日は平地歩きも寒かった。西風の当る左腕の感覚が薄れるほど寒かった。
なるべく交通量の少ない、旧4号線や旧日光街道と思われる道筋を歩いた。

綾瀬川を渡ると越谷市。

越谷で元荒川を渡り、

右手に大落古利根川が見えると春日部だ。

春日部駅前のラーメン屋でラーメンを食って、かじかんだ手を温めた。


春日部市粕壁にある春日部氏館跡に向かう。


イメージ 2
春日部八幡神社に到着。


イメージ 1
春日部八幡神社。


春日部八幡神社周辺には、春日部稲荷神社、浅間神社などが隣接している。浅間神社には富士塚のような高みがあり、二合目~八合目の石碑があり、山頂には「不二大神」の碑が建っていた。
一帯が、平安時代から鎌倉時代にかけて活躍した春日部氏の館跡だそうだ。

北に古隅田川(往時は今と反対方向へ流れていたらしい)、東に古利根川(往時は利根川)、近くに鎌倉街道(不詳)が通る要衝の地だったそうだ。


寒いので、トットと帰ろう。

山行日:2014.1.13
目的地:筑波道、筑波山女体山
コース:北条大池入り口バス停(7:40)~北条大池~平沢官衙跡~筑波道~普門寺(8:15)~一の鳥居(9:00)~筑波神社~女体山(11:00)~御幸ヶ原~筑波神社(12:10)~筑波道~北条(14:50)~北条大池入り口バス停(15;15)




1/11は、お仕事。1/12は社山を予定していたが、急用が勃発。1/12の夜に天気予報を見たら、栃木県北部に大風の予報がでていた。う~ん、雪のある山で吹かれたくないのぉ~。


と言う訳で、行き場所を変更。お正月に散歩がてらに訪れた草加女体神社が筑波山と関連がある事を知り、急激に筑波山に行きたくなっていた。新年早々の通勤途上、駅で入手した筑波山のパンフレットにあった「筑波道」を知り、行きたい感に拍車がかかっていたのである。
通勤定期券を使えて、電車賃がかからないのも良いのだ。


(草加)女体神社は、草加市柿木町の中川ベリにある。
柿木地区は草加市にあって異端である。市制施行前、草加の町は北足立郡に属していたが、柿木地区は南埼玉群に属していた。江戸時代においては、草加は天領であったが、柿木地区は行田忍藩の飛び地であった。




イメージ 1
(草加)女体神社。


(草加)女体神社は、茨城県旧石毛町の豊田氏の一族が室町時代に移住して建立したとされている。
豊田氏は地頭職を務めていたが、多賀谷氏に急襲され当主が死亡、夫人と子供らが、草加市の柿木地区に落ちのびたとの事。豊田一族は、信仰のあった筑波山を偲び女体神社造営したという。
現在も柿木地区には豊田姓の表札が非常に多い。


イメージ 2
下妻街道の石碑。


女体神社のすぐそば、中川の低い堤防(自然堤防?)沿いに下妻街道の石碑が立つ。あまり古そうには見えないが、取り敢えずここにそんなものがある。
下妻街道は古道とされ、現在の東京区部から茨城県下妻、さらには栃木県喜連川に至る道とされている。豊田氏の夫人達は、下妻街道に沿ってこの地にやってきたのだろうか?石毛からの道のりは、旧鬼怒川、旧渡良瀬川、旧利根川・旧荒川などの大河川を越えなければならい。
ちなみに、柿木地区の中川は旧利根川と旧荒川が合流した下流域にある。従って故郷下総の国は川向こうで、目と鼻の先なのであるが。


などと、お正月に妄想的に思いを馳せていたら、筑波山に行きたくなったのだ。
なげー、前置きだ~。



つくばTXつくば駅で、便意を催した。便所が見つからん。バスの発車までは10分。タバコもスイタシ、クソもしたい。喫煙所を見つけ、タバコに火を着けるが、便圧が急上昇。再び駅に入り便所を捜すも見つからない。内股でバス停に行くと、バスはすでに来ていた。どーすんベー。

取り敢えずバスに乗ってしまった。ムムッ・・・、まずい。乗客は俺一人。油汗が、たら~り、たら~りと流れ落ちる。
早く、北条バス停に着いてくれ~。悲痛な叫びをあげそうになった。

しかし、北条は街中のはず。どーすんべー。
そうだ、手前の北条大池で降りよう。公園化した大池には便所があるはずである。

40分後に、内股で下車。大池を一周するも便所無し。
野グソか!
いや、釣り人が結構いるじゃぁないの。



イメージ 3
クソを我慢しながら。北条大池。その先に平沢官衙跡が見える。


そうだ、平沢官衙跡に便所があるはずだ!内股で、急ぎ足!オカマっぽいかも。


平沢官衙跡で便所の看板を発見!やった~!


ところが、便所の鍵が閉まってやがる!
クソッタレ。

野グソをするしかないワサ。
しかし、サイクリングのアンチャンやら犬の散歩のご婦人などが現れる。

内股で、平沢官衙跡を去る。
平安に野グソのできる場所を求めて。

長い、長い旅だった。


筑波道に入ったようだ。
普門寺という寺があった。
参道入り口にトイレの案内があった。
「どうぞ、ご使用ください」と。
なんと、ありがたいお言葉。み仏にオスガリいたします。
ズボンを下ろして、5秒で極楽浄土へ。


イメージ 4
普門寺からの筑波山。手前の建屋が便所だった。


普門寺は、常陸守護小田氏ゆかりの寺だった。小田氏の本拠地小田城は宝篋山麓にありすぐそばである。現在国指定の城跡として整備中。南北朝時代には、東国の南朝方の拠点として奮闘していた。
普門寺も現在修復中のようだった。


み仏のおかげをもちまして、身も心もスッキリと晴れ渡りました。境内で、ピザパンとコロッケパンを頂きました。


イメージ 5
筑波道。普門寺あたりから、一端下り加減となる。



イメージ 6
下りきると、田園が広がる。筑波山は近いが、ここから登るとなるとエラク遠く感じてしまう。


イメージ 7
そして、登り出して。一の鳥居。


イメージ 8
石垣のある街並み。


イメージ 9
句碑が多い。



イメージ 10
最後は石段が続き、ようやく筑波山神社へ到着。


筑波山神社は帰りに寄るとして、神社の右手を行く。


イメージ 11
今回のテーマ、女体山。


女体山の石碑の先から「白雲橋コース」に入る。2.4kmとある。
200m毎に標識と残りのkmがでているのだが、kmがちっとも少なくならずバテる。
山ガール様も多い。見栄をハリ、ズンズン登るが心臓バクバクである。やっぱり、人の多い山はいやだよ。

色々な岩が出てきて、ポンと山頂に飛び出した。


イメージ 12
女体山から、男体山を望む。女体山の方が高いのだ!(はじめて知った。)


狭い山頂に人々がごったがえす。最高点に行こうとして、強風に煽られる。長居は無用と直ぐに降りる。


イメージ 13
山頂の女体神社。山頂が狭くて全体を写せない。寒くて、すぐに去る。


犬ブナと化したブナを見て、御幸ヶ原に下る。強風で人影は少ない。人々は店に逃げ込んでいるようだ。俺も男体山には無用で、すぐにケーブルカー脇の道を下った。


前を歩く一団のオッサンが「筑波山は褶曲山脈なんだよ」と言っていた。ホントかね?つい最近、職場のオバサンが自然博物館に行って「筑波山て、火山だったんだって」と言っていたから。
まぁ、いいや、後でで調べておかなければ。



イメージ 14
チンタラ下って、筑波山神社。人波をカット。


再び筑波道を下る。


イメージ 15
筑波道唯一の食い物屋。「いだ」という手打ちソバ屋に入る。


「いだ」というソバ屋の「い」の字は「る」という字に似ている「イ」。「だ」は、達筆過ぎて読めない。
このソバ屋、どうやら人気店のようで、大勢の人々が居た。大きな囲炉裏のような座席の四辺の一辺だけが空いていた。奥の座敷は一杯のようだった。
品書きが達筆過ぎて読めない。唯一読めた「冷やしソバ」とビールを注文した。驚いた事に、ピールが来る前に抹茶と和菓子が出てきやがった。抹茶など飲んだ事が無い。ドロンとした無味のものだった。べろりと飲んでしまったが、作法を知らないのでしょうが無い。和菓子は煎餅に似ているが、甘いので煎餅では無い。口によくヒッツイた。
ビールはエビスピールだった。陶器のコップにも驚かされた。

肝心のソバなのだが、こいつが一風変わっていた。極太麺で短いのである。口に入れるとゴワゴワしていた。かなり噛まないと飲み込めない。まずい訳では無い。何回噛まなければ飲み込めないのか数えたら、20回であった。
もしかしたら、クセになりそうな予感がある。


ビールを飲んでヨタヨタと筑波道を下る。
北条の街に着いた。バス停に向かう。バスは折よく直ぐに来たが・・・。アレレレ・・・、通り過ぎて行っちゃった。直ぐに後続の関鉄バスがやって来た。こちらは止ったが土浦行きで用は無い。
バス停を良く見たら「関鉄」のバス停だった。まいったね~。

「つくバス」のバス停を捜しあてると、次のバスは1時間後だった。
酒屋で缶ビールを買って、ビールを飲みながら次のバス停「北条大池入り口」までノソノソと歩いた。


北条大池のバス停で寒風に吹かれつつ、次のバスを待った。
はたして、今日の日光はどうであったのだろう。風は吹いたのであろうか。女体山からは日光の山々がうっすらと見えていた。

山行日:2014.1.5
コース;明智平~ロープウェイ~明智平展望所(9:40)~細尾峠分岐(11:00)~茶の木平迷走~(12:15)茶の木平ロープウェイ跡地(12:30)~中禅寺湖バス停(14:40)


お正月早々の敗走から、出直しで茶の木平に向かった。できれば半月山までなどと思っていたが、今回も根性無しを露呈し、ほぼ敗走感漂う歩きとなった。


明智平では、登山道に侵入禁止のロープが張られて久しい。従って嫌でもロープウェイに乗らなければならない。ロープウェイの始発時間は9時なので、自宅を出る時間は通勤時と同じ時間でよい。

バスはほぼ9時に明智平に到着。ロープウェイの改札に行くと、「10分待ってくれ」との事。結局ロープウェイが動き出したのは9時30分を廻っていた。いつもの事ながらのんびりしたものである。
改札で片道切符を買おうとした所、冬季は往復のみの販売、登山道閉鎖との事。「え~っ、そりゃぁ無いでしょ!前回はOKだったのに!」
改札のオネイチャンは、索道長殿を呼びに行った。索道長殿は、おいらのカッコウをマジマジと見て「いいでしょう」と言って片道切符を渡してくれた。あぶねぇ~なぁ~。向こうにしてみれば、おいらが危ない人間なんだろうね。



イメージ 1
明智平展望所。華厳の滝。無風快晴!



イメージ 2
同上。男体山。



イメージ 3
同上。日光白根山。




明智平展望所は実に眺めのいい所である。
始発ロープウェイで同乗した観光客に質問攻めされた。最後の一言が、「そんな薄着で大丈夫なんですか?」ガクッ。
索道長殿は、おいらの事を薄着と見たのだろうか?

歩き始めの雪はチョボチョボだった。一つ目のピークでチェーンスパイクを装着。しだいに雪が深くなるが、多くの足跡で固められたトレースがあり楽に歩けた。アレッ、冬季通行止めと言っていたけれど、結構な人々が歩いているではないか!よくわかんねぇ~なぁ~。




イメージ 4
深いトレースがあり、楽ちん。



しかし、どうした事か、次第に踏み跡が怪しくなり、とうとう、一人分の足跡だけになってしまった。



イメージ 5
ブナの森を行く。



イメージ 6
雪は硬かった。先日の大風でパックされたのか?古雪になって収縮したのか?



雪がそこそこ硬かったので、沈み込みはそれ程無く、トレース無しでも大丈夫。


細尾峠の分岐の標識を発見。茶の木平の一角に入った。
ここから踏み跡が皆無となる。磁石をセットし、茶の木平ロープウェイ跡地を目指す。ここは、ズボズボであった。膝程度の潜り方だったが、硬い雪が板状に割れ足を抜くのに往生する。ワカンを携行していたが、面倒で装着しなかった。汗が噴き出してくる。一人プチラッセルは辛いのぉ~。



イメージ 7
左手に何かの建物が見え、雪原に辿り着く。



雪原から浅い沢型を越え、ロープウェイ跡地に向かうも、ヘロヘロとなる。
おおっ、踏み跡だ!深い踏み跡は半月山に向かっている。しかし、何処から来たのだろう。ロープウェイ跡地の方には一切踏み跡なし。いや、無数の動物の足跡はあった。


イメージ 8
おおっ、やっと着いた~。茶の木平ロープウェイ跡地。もう、いいや。ここでお終い。バテました。


イメージ 9
めずらしくも、ずーっと白根山が見えていた。


イメージ 10
社山は、たいがい晴れている。


イメージ 11
女峰山様。


あ~っ、疲れたヨ~。
焼きソバパンと握り飯1個を食ってお終い。
足先が冷たくなってきた。汗をかいた背中も寒い。
ここから、真っ直ぐ下ろう。


かすかな踏み跡を追って下った。しかし、そんな踏み跡は直ぐに見失った。標識がある。あらぬ方向に中禅寺湖→を示す。取り敢えず→に向かうも登山道の痕跡はすぐに見失う。本尾根に向かいトラバース。トラバースで、チェーンスパイクのグリップ力の弱さが露呈した。谷側の足が流れまくる。本尾根で磁石をセットし、尾根通しに下る事とする。



イメージ 12
小さな雪庇。



途中急斜面が現れ、木に掴まりながら下る。板状に割れた雪塊が下に落ちていく。
地図では読み切れない枝尾根が結構あり、慎重に下る。ようやく道型を発見し、山腹を右に廻り込んだらすぐにお墓が見えた。尾根を外れ、お墓に向かって下ると車道に降り着いた。


グリップの悪いチェーンスパイクをチャチャッと外し、中禅寺湖バス停に向かった。
バスはすでに来ていた。あわてて、乗り込む。座席は9割方埋まっていた。おいらの他は皆様観光客。開いている席に座り、おもむろにスパッツをはずしたら、スパッツの中に雪がギッシリ詰まっていて、その雪を車内にぶちまけてしまった。バスはすでに発車しており、いろは坂にさしかかっていた。
揺れる車内でヨタヨタと雪をかき集めたものの、この雪ど~すんベ~。旧式車両で窓が開いたので雪を投げ捨てたら、運転手にマイクで怒られた。ウヘッ~。Mr.ビーンを思い出してしまった。

トホホッ・・・。


日光駅に着くと、電車は1時間待ち。近くのソバ屋でビールを飲み時間を潰した。




イメージ 13
ソバ屋を出ると女峰山様に怪しげな雲が。



なんかハチャメチャな一日だったが、山中、好天だったので善しとしよう。

行った日:2014.1.2
コース:中禅寺湖バス停(9:20)~茶の木平取り付き(敗走)~中禅寺湖バス停
    神橋~瑠璃殿~愛宕~東武日光駅


2014年の開幕は、明智平から茶の木平へ登り半月山方面へ行ける所まで行ってみるというものだった。
日光駅からバスに乗ると、バスの無線で「強風のためロープウェイが運休」の報が入った。ムムッ、まずいねぇ~。計画変更で中禅寺湖までバスに乗った。

バスを降りると、いきなりの烈風。観光客共々バスの待合室に逃げ込んだ。待合室でとりあえずスパッツをつけた。路上が凍っておったので、新規購入のチェーンスパイクも装着。おおっ!1分で装着し終わった。おいらの旧式アイゼンは紐をグルグル廻しにして締めつけるので装着に10分はかかるから、この簡便性は驚きだ。

外へ出るといきなり風に煽られた。森に入れば何とかなるだろうと、お墓のある取り付きへ向かう。ムムッ、歩き心地が悪い。なんかグラグラするなぁ~。

木段の登山道を登る事1分。ブリザードのような風で氷の粒が顔面を叩く。う~ん、カナワン。撤退じゃぁ~~。

逃げるようにバス停に向かった。
折りよく下りのバスがやって来た。バスは超満員。次のバスは1時間後である。こんな寒い所に1時間は居れんワサ。チェーンスパイクを脱ぐのにものの10秒。行列の最後尾に並んだ。
座れないと知ると、乗らない人もおり、おいらはギリギリでバスに乗った。「華厳の滝バス停」でお待ちのお客様は、超満員で積み残し。凍死者がでるんじゃねぇ!


やれやれ、どーすんべー。
神橋で下車し良く行くラーメン屋に行ったが、1/3~の営業だとさ。まいったねぇ~。

駅に向かう道すがら、愛宕のイノシシでも見てくるか~、と思った。


日光市総合庁舎近くの瑠璃殿は、大分雰囲気が変わっていた。案内板が設置されていた。
額には瑠璃殿とあるが、正確には「観音寺、薬師堂」だそうだ。




イメージ 1
瑠璃殿。実は観音寺、薬師堂。




イメージ 2
瑠璃殿脇。顔が・・・。




瑠璃殿の後ろの尾根を登る。




イメージ 3
鳴虫山山中にひっそり佇む愛宕。




イメージ 4
イノシシ像。



イメージ 5
なんせ、好きなもので・・・。



イメージ 6
ケツはどうなっているのだろう。尻尾は折れているようだ。ケツのラインがいい感じ!




イメージ 7




イメージ 8




イメージ 9
馬にまたがっているのかな?


瑠璃殿に戻ると、


イメージ 10
朝、雲のかかっていた女峰山様が見えていた。



新年、早々のズッコケ歩きはアッサリ午前中で終了。


電車で缶ビールを飲み干して、春日部まで熟睡だとさ。

↑このページのトップヘ