2013年07月

行った日:2013.7.28
コース:東武動物公園駅=バス=野田市関宿新町(7:35)~境橋~利根川左岸~国道新4号(8:50)~東北新幹線橋梁(9:40)~利根川橋(10:00)~東北本線橋梁(10:10)~渡良瀬川起点(10:20)~松月院塚(11:10)~古河総合公園・古河公方館跡(11:40)~三国橋(12:50)~渡良瀬貯水池(13:30)~渡良瀬貯水池下宮橋(14:00)~東武日光線柳生駅(14:20)

昨日の雨は凄かった。山歩きをやめて良かった。
今日はどうすんベ~。
古河公方館跡に行ってみんべぇ~か。

先々週行った関宿町には、東武鉄道東武動物公園駅から茨城県境町行きのバスに乗れば良い事が判明。案外簡単に行ける。バスの本数も多い。この路線バス、埼玉、千葉、茨城を股にかけている。大河も多く渡る。古利根川、中川、江戸川、利根川と。

利根川すぐ直前の千葉県野田市関宿新町でバスを下車。

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境橋で利根川を渡る。


昨日テレビで境町、五霞町で集中豪雨が降った事が報じられていた。
境橋の中央付近で小○を放出。

利根川左岸の堤防を歩く。ここもサイクリング道があった。


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茨城県境町坂花町。利根川より先々週行った関宿城を眺める。

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茨城県境町。

土手上では、湿ったナマ温い空気と冷気が交互に吹いている。
江戸川・利根川分流点を捜しながら歩いたが、川幅が広く河原に樹木が茂り良く判らないままに通過。


圏央道の架橋工事現場などがあったが、延々と単調な歩きが続く。サイクリングの人も江戸川に比べると極端に少ない。ジョギングする人も少ない。
爺さんが、ローラーブレードでぎこちなく滑り去った。

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茨城県古河市・栗橋カントリー倶楽部。栗橋は対岸であるが?


この頃より、晴れあがる。う~ん、暑さが堪えるワイ。


東北新幹線、利根川橋、JR東北本線を立て続けに越える。


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利根川左岸に微高地が見える。古い時代はもっと広い川幅だったのだろうか?


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渡良瀬川起点。


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利根川・渡良瀬川合流点は、川幅が余りに広い事と河原の藪で土手からは見えなかった。


利根川を見送った事により、この先は渡良瀬川を遡る事になった。もう少し先で渡良瀬川と思川の合流点があるが、どちらに行くべきか?


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古河市牧野地。松月院塚。


土手を歩いていたら、下に史跡のようなものが見えた。古河総合公園かと思って行ってみたら、松月院公園とあった。古河総合公園は近いな。

しかし、古河総合公園は見つからず、国道354号線に出た。折よく、大型チェーン店の食堂があったので、昼飯に入った。注文後20分経過しても何の音沙汰も無いので、そそくさと店を出た。クーラーにあたりお冷一杯とサービスの梅干しを頂いていたので、文句は無いですよ。

古河総合公園は、そこからすぐだった。


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古河総合公園①

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古河総合公園②

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古河総合公園③

あった、あった。やっと見つけた古河公方館址。だけど、これだけ。解説板も乏しかった。古河総合公園一帯から渡良瀬川河畔にかけて複数の郭があったそうなので、相当の規模であった事がうかがえるのだが・・・。

古河公方は、葛西城(東京都)、関宿城、古河総合公園などに在城していたそうだ。上流の故郷を含めて考えると、渡良瀬川~太日川(現江戸川)との関連性を思わずにはいられない。思川との合流点も近い事から下野との交通もあったはずだよな。当然、常陸南西部とのかかわりも深かったろう。
などなどと、炎天下に妄想を繰り広げるのであった。

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古河総合公園④ 馬鹿なので、高い所に登る。

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古河総合公園⑤  関東の水城の象徴は、ここにもあった。


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古河総合公園⑥ 五代古河公方足利義氏墓所。


古河総合公園を歩き廻って、暑さにやられた。
車道に出て歩くと、ソバ屋を見つけて冷やしタヌキソバ大盛りを注文した。店には「オ-ストリアスキー教程」の古く分厚い本があり読みふけにかかったのだが、アッサリ超大盛りが出てきてしまったので本を閉じた。満腹で店を出た。

相変わらず暑い。腹が張って歩き難い。

三国橋にやってきた。直進は渡良瀬川。橋を渡れば、埼玉県加須市(旧北川辺町)。現在の状況では、今日はこの辺までにしよう、感が圧倒的に優勢。

三国橋を渡った。
せめて、渡良瀬貯水池くらいまでは、行ってみよう。

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おお、あの水門が渡良瀬貯水池か?


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埼玉県加須市(旧北川辺町)。渡良瀬川決潰の碑。

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そして、渡良瀬貯水池に到着。遠くに見える山は安蘇の山だろうか?

広すぎる。東京ドーム100個分だそうだ。昨日の大雨で水位が上がった様子はうかがわれない。
地図を見ると、栃木県栃木市(旧藤岡町?)、埼玉県加須市(旧北川辺町)、群馬県板倉町が複雑に入り組んでいる。旧河道がそのように蛇行していたのか?

この頃より、空が怪しげになる。昨日の事もあるので、気になる。
曇ったとは言えクソ暑い中を延々と貯水池の脇を歩き、貯水池中央付近の下宮橋に至った。

至近にある東武日光線柳生駅に向かう。
駅に着いたら缶ビールを飲むのだ!という固い決意もむなしく、酒屋は無く、缶ジュースをガブ飲みし気持ちを抑えた。

前宿堂坊山を過ぎると、一旦密笹は影をひそめた。


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こんな平坦地もある。


水場の標識があったりしたが、群馬県側にあるのか栃木県側にあるのか不詳。


1789m付近を通過。
道はあったり無かったり。「うるさいほど着けられている」という赤いプレートは実際には余り見かけなかった。確かに振りかえると赤いプレートが密に取り付けられていた。従って、三俣山方面からの縦走であれば赤いプレートを追う事ができるかもしれない。今回は、振りかえって赤いプレートを見て安心すると言った具合であった。


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途中に現れた三重山稜。


白錫尾根からこの辺りにかけて、二重山稜を多く見かける。軟弱地盤による山体のズレなのか?三重山稜はめずらしいと思った。


三俣山の登りにかかる。一筋の尾根を辿ればよい。振りかえると赤いプレートが見える。脱落したプレートも多く見た。大きな倒木などがあると足元から道型が消えた。山稜に石楠花藪があり、栃木県側に回避。道型を失うも、尾根に復帰すればいいだけだ。


倒木帯が現れ、三俣山、黒檜岳の分岐のプレートを見つける。
磁石を確認して三俣山に向かった。


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三俣山到着。群大の県境全踏破のプレートに恐れ入る。


三俣山山頂脇の笹原に分け入ると群馬県側の展望が開けていた。


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三俣山から①。奥に上州武尊山。手前のタニ川周辺の山々に足を踏み入れる日は来るのだろうか。

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三俣山から②。錫ヶ岳。

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三俣山から③。皇海山。


三俣山には8:15に着いた。ネギト沢のコルから4時間を予定していたので、いくらか貯金ができた。このペースならば、最終バス16:15に余裕で間に合うはずだ。
ロールパンを食い、温存していたポンジュースをガブ飲みした。ついでにタバコを2本吸った。

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黒檜岳分岐に戻る。ここは倒木帯。


ここから赤いプレートは皆無となった。
最近の記事では、明瞭な踏み跡の記述もあるが、そんな感じはしなかった。道様があっても針葉樹の低い枝がかぶさり道なりには進めない所が多数。こんな所は鹿道なのだろうと思う。

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樹間から石塔尾根の荒々しい感じをかいま見る。左の尾根型は大平山。


1928mに着いたのは10:10。まずいねぇ~。一気に貯金を食いつぶした。その後、気持ちはアセルものの、全く歩みは進まず。ピーク、鞍部毎にヘタリ込む。完全にバテた。


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皇海山、鋸、庚申の後ろに袈裟丸連山。予想に反して好展望であった。


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シゲト山の登りに差し掛かってすぐの所にあった石祠。たいそう古いものではなさそうである。脇に陰刻が施されていたが、解読できず。


シゲト山周辺は、事前に地形図を読み切れていなかったのでGPSのスイッチを入れた。ここで、迷ったら一大事。
しかし、現地では松木川からシゲト山に突き上げる大きな尾根がハッキリと見え、そこにぶつかればよい事が判り、GPSのお世話にならずにすんだ。周辺には笹原が広がっているよで、寄り道したい気分であったが、時間的、体力的に許されなかった。

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シゲト山にバテバテで到着。


シゲト山の標識がある所は、周辺で一番高い所ではなかった。非常食のチョコレートを食い、何とかならないかいと、自分の体力にムチを打つ。

次の1919m峰の屈曲点が難しい所。尾根幅が広がり屈曲のタイミングが図りずらい。が、何とは無しにテープ類が増え、そこを右に曲がってみると尾根が続き、テープが乱設され安心感を得た。思わずGPSを確認してしまった。

なだらかであっても苦しい最後の黒檜岳の登りに差し掛かった。ノソノソと歩くしか無い。ロボット雨量計に到着。そのすぐ先に黒檜岳山頂があった。

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ん、いつもと何か様子が違う。

と思いつつ腰を下ろした。12:50だった。ヤレヤレ感と安堵感が同居した。もう急ぐ必要は無い。

休息後、歩きだしてすぐに、またも黒檜岳の標識があった。こちらは、見慣れたやつだった。ん~どちらが黒檜岳の山頂なのか?以前は社山分岐にも黒檜岳の標識があった。それだけだだっ広い山なのだろう。


後はノンビリと山を下るだけ。と言っても最早、ズリズリと這うようにしか歩けない。


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中禅寺湖に辿り着き、砂浜を歩き余韻に浸った。

山行日:2013.7.20~21
コース:7/20 西の湖入り口(8:30)~赤い橋~宿堂坊山東尾根取り付き(9:15)~宿堂坊山(11:40)~ネギト沢のコル(12:10 泊)  7/21ネギト沢のコル(4:50)~宿堂坊山(5:10)~前宿堂坊山(6:10)~1789m(7:20)~(8:15)三俣山(8:40)~1928m(10:10)~シゲト山(11:00)~1919m(11:50)~黒檜岳(12:50)~中禅寺湖(15:00)~千手ヶ浜バス停(15:30)


できうる事なら、黒檜岳から登りたかった。
前週の3連休にはそのように予定していたが、雷雨の予報にアッサリ延期した。
しかしながら、そろそろ始動しなければ。前夜の帰りは遅く、早起きは無理。反対方向から歩きを決断した。

そもそも、本コースは日光藪山通の方々が漏れなく歩かれている所。とは言え、かなりの長丁場である事からいろいろと工夫されて歩かれているようだ。未明早くから赤沼あたりから歩かれたり、自転車を駆使したりとかして、日帰りで歩かれている。時間的に余裕で踏破されているのはみー猫さんを知るのみである。
おいらは、とても日帰りは不可能。寝不足では全く歩けないし、夜目も利かないし、腰が悪く自転車にも乗れない。根本的に体力が不足している。

従って、最も確実に安全に踏破するには1泊が必要である。宿泊地は水場が近いネギト沢のコルとなる。前夜の就寝時間が遅ければ、宿堂坊山から登りネギト沢のコルに泊まる計画は、おいらにとって必然であった。


7/20
閑散としたハイブリッドバスに乗った。遅いバス時刻にその筋の方々は見当たらない。
西の湖入口で下車。美女がお一人下車された。一緒に歩きだすのははばかれ、タバコを1本吹かし出発。本日は急ぐ旅でもなく、赤い橋で柳沢川を渡った。草叢を宿堂坊山東尾根に向かった。
取り付きは、東尾根南側に沿って少しだけ歩き、東尾根のタワミが見える所。尾根の腹を斜上しタワミに上がれば、尾根に沿って歩くだけ。下部に少しだけ石楠花があるが、北側の山腹を小さく回り込んで、尾根に復帰。
藪は無い。薄い踏み跡様と赤テープあり。


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樹間から表日光連山。


天気は高曇り。展望の期待できないコースにはもってこいのコンディション。荷物が肩に食い込むが、汗はさほどかかずにすんだ。


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ヌタ場。トピックスとなるような光景は少ない。


二重山稜のヌタ場を過ぎれば、山頂は近い。


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山頂直前のグリーンカーペット。


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宿堂坊山。相変わらず、静かな山頂。展望はほぼ0。


宿堂坊山は4回目。展望の無い山頂で4回目ともなると、さしたる心の動きも無くネギト沢のコルに下る。


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男嶽の宿。ネギト沢のコルに佇む室町時代の石祠。


石祠の前は刈り払いがされたのであろうか、幾分笹の丈が低い。ここにテントを張ろうかとも考えたが、なんとなくはばかれる気分を生じ、ネギト沢側に少し下った平坦面に移動。


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テントを設営し、早速酒パックを頂く。


水汲みに行かなくては。
前回は数分で水にありつけたが、今回は正規の水場まで10分弱の下りが必要だった。3つの沢型が集まる所だった。
テントに戻り、ゴロリと横になり2つ目の酒パックに手を着ける。薄い文庫本を読みふける。

読書に集中していたら、いきなり「ん、ギャー」という大きな声がした。あわてて、テントから首を出す。そして「ん、ギャー」がもう一声。何者だ!

靴を履き、あたりを見回す。何者も居ない。そしてまた「ん、ギャー」
鳥ではない。なにか凶暴なけものではないか!!緊張感がたかまった。追い払わねば!
おいらは、強烈な指笛を吹き鳴らした。山々にこだました。そして、指笛に呼応して、「ん、ギャー」
おいらも負けずに指笛を吹いた。奴の「ん、ギャー」が明らかに遠ざかった。追い打ちをかけるように指笛。そんなやり取りを長々と繰り返した。
「ん、ギャー」は去った。
何者だったのだろうか?おいらは、少しの動悸を残してホッとした。

気が付くと、青空が出ていた。

16時半に餅入りサッポロ一番醤油味とシーチキンを食ってテントに戻る。再び読書にふける。

18時頃だったろうか、足音が聞こえ、沢筋を下る様子。水でも汲みにいかれたのだろうか?帰ってきたらご挨拶でもしようかと思っていたが、戻ってくる様子は無かった。あの時間にネギト沢を下るとは・・・。

深夜、「キョン、キョン」の鳴き声に目を覚ます。2頭の鹿がしきりに鳴いている。鹿のテリトリーに入り込んだおいらが悪いのか。鹿が去るのを待つだけであった。


7/21
3時半起床。
まだ暗い。食欲無し。味噌汁とロールパン一個を食った。
テントの撤収に手間取った。ペグいれが無い。ポール入れが無い。いずれも目の悪さが原因だった。
出発は4時50分になってしまった。

ネギト沢のコルから宿堂坊山に戻るのに苦労した。目の悪いおいらに、赤い鉄の目印がなかなか見つからないのである。磁石で山頂を目指した。途中、赤い目印を発見し、薄い踏み跡を辿れるようになった。
宿堂坊山に着くと、下のグリーンカーペットにテントが一張り。


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「おはようございます」と声をかけると、「オーッ」とオヤジ声。


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あれが、今日辿る後半戦の尾根か?天気は今日も高曇り。夏の藪山歩きにはうってつけの天気。

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たまには、少しだけ展望が得られる事もある。



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前宿堂坊山・ヤジの頭。この山頂は、今回の縦走路のピークで最も藪密度が高かった。


途中ですが、もう寝る時間なので・・・。

行った日:2013.7.15
コース:自宅(8:00)~赤山城跡~自宅(11:00)


思う所があって、赤山城跡に隣接する山王社に行ってみた。


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川口市赤山。山王社。


成果はあがらず・・・。



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赤山城跡を徘徊して・・・。


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汗まみれになって・・・。


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帰った。

行った日:2013.7.14
コース:東武野田線川間駅(6:00)~江戸川土手(6:15)~国道16号線(6:30)~宝珠花橋(7:30)~関宿橋(9:00)~関宿城跡~(9:40)関宿城博物館(11:07)=バス=東武野田線川間駅


金曜日は、職場でバルサン焚きがあったため17:00に退けた。シメシメ。明日こそテン泊で山に行くのだ!気合いを入れて、食料を買い込んで帰宅。
天気予報の降雨予想を確認すると、群馬・栃木県境付近は青いマークが張りつきまくり。う~ん、どうすんべ~。

湿った藪山はいやなので、今週も見送る事にした。であるが、アセリを感じつつある。


で、今週も川歩きにでかけた。川歩きも、2回連続して途中で中断している。今回は暑さ対策で、ポンジュースを冷凍してリュックに入れた。


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野田市尾崎。東武野田線の橋梁を振り返る。


今回は千葉県側を歩いた。江戸川までの距離は野田線川間駅からの方が遥かに近かった。

朝もやか、ただ湿度が高いのか。霞んだ中を出発。朝っぱらから暑い。
国道16号線をくぐると、野田市金野井の水位観測施設があった。計画水位10m、最大水位7.2m(カスリーン台風)とある。


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野田市岡田。関宿滑空場。霞んどる。


自転車の人々が行き交う。


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3日目にして、ようやく・・・。



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野田市親野井。宝珠花橋。対岸は春日部市西宝珠花。野田市側には僅か南に東宝珠花地区がある。


この辺りは、大きい川が狭い区間で南北に流れている。(古利根川、中川、江戸川、利根川)
宝珠花は古くからの渡し場があったそうだ。


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野田市関宿元町。関宿橋。


なんか、ゴールが近づいたような気がした。


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案内板から、ゴールが至近にある事が判った。「棒出」の史跡は見当たらなかった。


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ムムッ、異様な城が遠くに見える。


「棒出」のすぐ先から、遠くに異様な城のようなものが見えだした。あれが、目指した関宿城だとしたらとても悲しい。

そして、異様な城の手前に、不自然な地形が見えた(白いサイロの左側)。ムムッ・・・。直感的に、これはアヤシイと思い、堤防の草叢を駆け降りた。


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おおっ、関宿城跡ではないか!

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関宿城の遺構はこれだけ。大半は江戸川の改修により埋まってしまったと。周辺にもう少しそれらしきものがあるのかもしれないが、今回は不詳。


城主の梁田氏は、渡良瀬川上流の梁田の出身という。中世の江戸川は渡良瀬川であった。どういった事情で、下総の国にやってきたのだろうか?
途中、古河公方が居城した時期もあったが、古河公方方で重臣として活躍したそうだ。


蜘蛛の巣を払い、ムッとする草叢を掻き分けて土手に戻った。


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このすぐ先に千葉県立関宿城博物館があった。橋の向こうは茨城県五霞町。


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千葉県立関宿城博物館。


サイクリングの人々が大勢休んでいた。


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博物館入口。



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博物館最上階の窓越しより、利根川・江戸川分流点付近を見る。


博物館を出て、利根川・江戸川分流点を目指そうとしたが、すぐに「立ち入り禁止」となり、あきらめる。


博物館の敷地にバス停があり、5分と待たずにバスがやってきた。2~3時間に一本のバスだからラッキーだった。


凍らせてもってきたポンジュースはすでにナマ温くなっていた。

駅近くでビールを飲み、ソバを食って帰途に着く。

今日も暑い一日だった。

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