2013年03月

埼玉東部の川歩きをしていて、気付いた事がある。綾瀬川、元荒川の岸辺に久伊豆神社があり、中川に香取神社が多くあった。ネットで調べてみたら、正にその通りの事がいくつもヒットした。即ち、

   ①氷川神社は綾瀬川以西に分布。
   ②久伊豆神社は綾瀬川東岸~元荒川西岸に分布。
   ③香取神社は元荒川以西、千葉県、茨城県に分布。
  そして、久伊豆神社分布域と武蔵七党(鎌倉時代の血縁的集団)の野与党の勢力範囲が一致する。
  さらに野与党は久伊豆神社とのかかわりが深いらしい。

なるほどと思った。なぜなら、草加市内では①がピタリと当てはまり、②は綾瀬川東岸で一致するから。


ところが、現在(に限る)の久伊豆神社で相当でかい越谷の久伊豆神社は②に反して元荒川東岸べりにある。ムムムッ。
よく調べると、久伊豆神社の分布は埼玉南部では例外的に中川西岸にも僅かながら存在し、中部地域では、かなりの数が古利根川西岸にも分布している事が判った。
これらの久伊豆神社の例外的分布は、元荒川(荒川)の流路の変遷(自然的、人為的)により元荒川東岸に取り残されたものと納得していたのだが。

なんとなく気になり、越谷へでかけてみた。


越谷に御殿町なる町名がある。徳川家康が江戸城に移った後に狩りを楽しむためにしばしば越谷の地に赴いたらしい。そこに御殿を建て1カ月ほども滞在したした事があるという。


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越谷市御殿町。御殿町は逆川と元荒川に囲まれた中州のような所。背後は逆川。


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明暦江戸大火の修復資材として御殿は取り壊された、とある。


元荒川の少し上流北越谷に宮内庁の鴨場(猟場)がある。家康も鴨猟をしていた可能性大である。
この50m先に古い板碑があるらしい。


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あった、あった!


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古い板碑。

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鎌倉時代のものだ!



江戸時代以前の旧利根川、旧荒川の河道位置特定は困難なんだそうだが、家康の御殿があり鎌倉時代の板碑があるとなると古くから元荒川(荒川)がこの地点を流れていたと推察してもいいような気がする。

すると、久伊豆神社の分布は元荒川西岸に限らなくなると言う事になるのである。困った。


鎌倉時代の板碑から元荒川を挟んで樹間越しに越谷久伊豆神社の参道入り口が見える。



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元荒川・宮前橋から。左天嶽寺。右久伊豆神社。


久伊豆神社と天嶽寺の入り口は並んでいる。間に庚申塚があり、「北 いわつき  南 ~ 」などと書かれている。


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越谷市越谷。長い参道を歩いて、久伊豆神社。



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久伊豆神社。



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久伊豆神社由緒。


ムムッ、なんと越谷久伊豆神社は野与党ではなく、「武蔵七党の私市(きさい)党の崇敬を受ける」とあるではないか!


久伊豆神社に関して、「元荒川西岸に分布」と「野与党との深い関係」の二つが脆くも崩れ去った。
私市党が信仰したのは、玉敷神社。玉敷神社を調べてみると、久伊豆神社の元締めのような感じ。なんだか、良く分からなくなってきた。
私市党と野与党の本拠地は旧騎西町と加須市。騎西町は加須市に吸収されている。


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越谷市越谷。天嶽寺。


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天嶽寺由緒。


天嶽寺は、後北条氏の砦との事であるが、元荒川を背にした位置は初めから背水の陣でとても信じられなかったのであるが。

調べてみると、
  上杉方の岩槻城主太田資正が国府の台の戦いで里見方で参戦。戦いに敗れ帰還の途に着くも、嫡子
  氏資が北条氏康と謀り帰城を拒まれ、岩槻城は乗っ取られた。1564年。
  次いで、関宿城が1574年に陥落。後北条氏は一気に常陸南部、下総、上総に版図を広げた。

天嶽寺が北条の砦となったのは、岩槻城乗っ取り~関宿城陥落の間の出来事かと想像しているが定かではない。
ちなみに、草加市柿木町の東漸寺の文書1571年に「岩附奉行は柿木川戸の年貢未進分を取り立てるように」が残されている。草加市域もこの頃北条の版図に入ったのだろう。石高は、微々たるものだったろうな。



川歩きからはじまった疑問は、なにからなにまで中途半端な答えしか見つかっていない。
山歩き同様、ボチボチ調べ歩いてみよう。

行った日:2013.3.30
コース:草加市稲荷3丁目バス停(9:40)~葛西用水~綾瀬川~草加公園=バス=草加市八幡入口バス停~綾瀬川~新鋭団地~川口市安行藤八~ときめきランド~道の駅安行~伝右川~松原団地~自宅(15:40)


今日は3年ぶりに大白森山に登ろうと、朝4:30に出発。川口で小雨。栃木IC付近で雨はあがったが、泣きだしそうな曇天。宇都宮ICでUターン。自宅に戻った。
去年と全く同じパターンとなった。去年も那須の山からのUターンだった。


必然的に、花見に出かけた。
と言っても、曇っていてとても寒く、まともな奴は花見になんぞ行くはずが無い。


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草加市稲荷。まずは葛西用水。満開の土曜日。露店が並ぶが、このクソ天気に人通りは無し。


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草加市松江。綾瀬川に出る。


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草加市松江。対岸は綾瀬川札場河岸跡。


綾瀬川より長駆、草加公園に向かう。


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草加市青柳。草加公園。


バスにて、草加市八幡町に戻り、再び綾瀬川沿いを歩く。


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草加市金明町。綾瀬川を辿る。僅かに緑っぽい所が氷川神社。

*草加市では綾瀬川西岸地区に氷川神社が多く、葛西用水沿いに久伊豆神社が分布する。


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草加市新栄町。新栄団地の桜は規模は小さいが、とても綺麗。


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同上。好きな所なので、2枚。晴れていればなぁ~。あっ、晴れていたらここには来なかったか!

新栄団地より、ナントカ放水路沿いに川口市安行藤八に向かう。安行藤八で伝右川沿いに安行出羽に向かう。出羽公園から南下するときめきランドという小道がある。


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川口市安行出羽。ときめきランドにて。


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川口市安行領家。道の駅安行。


国道298号線・外環自動車道の側道を東進。ドブ川伝右川に向かう。


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草加市北谷。ドブ川伝右川の桜も捨てがたい。


獨協大学脇から松原団地を通り抜け、自宅に戻った。


桜は満開とは言え、この天気ではねぇ~。

行った日:2013.3.24

コース:さいたま市見沼区深作(12:00)~上尾市瓦葺~見沼代用水西縁~さいたま市浦和区大原~芝川~さいたま市緑区大崎・念仏橋~見沼代用水・浅間橋~JR東浦和駅(17:20)


ようやく試験が終わった。試験の出来栄えは散々であった。まさか50を過ぎて試験を受けるとは思ってもいなかった。

試験会場の芝浦工大脇には見沼代用水東縁が流れている。去年の秋にここを通過していたが、まさかこんな形で再び訪れるとは・・・・。

試験会場から上流の見沼代用水分流点上尾市瓦葺に向かった。


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道端に咲く花①。

空は、心模様と同じく、どんより模様。


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上尾市瓦葺。見沼代用水分流点。右西縁。左東縁。今日は西縁を下る。


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道端に咲く花②。


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さいたま市北区本郷町。巨木だった。


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さいたま市北区土呂町。


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さいたま市北区見沼。


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さいたま市北区寿能町。道端に咲く花③

寿能城の標識はあれど、どこにあるのやら?


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さいたま市北区堀の内町。


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さいたま市浦和区大原。


これより見沼代用水西縁は蛇行の連続となる。日暮れ前にJR武蔵野線に辿り着きたい。そこで直線的に流れる至近の芝川へ向かった。


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芝川へ出た。薄日が射して黄色い花が輝いた。


この辺を歩いていると、芝川は大地溝帯の中心に思えてくる。芝川の遥か東西に微高地があり、その縁を見沼代用水の東縁と西縁が流れているのである。そして、区画化された畑地が広々と広がる。

遠くに見沼代用水に植えられているのだろう桜並木が見える。陽はすでに傾いている。
さいたま市緑区見沼の芝川の土手伝いに延々と歩く。

陽が沈みかけ、これ以上の歩行を断念。さいたま市緑区大牧の念仏橋で右折。JR東浦和駅に向かう。


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見沼代用水西縁を渡る。


また秋に再試験かと思うとうんざりしてくる。さて、秋の試験後はどんな気持ちでここを歩く事になるのだろう。

山行日:2013.3.10
目的地:山王峠
コース:光徳(7:20)~林道と登山道の間の尾根~山王林道~(9:00)山王峠(9:40)~林道~光徳(10:00)


金曜日は酒飲み、土曜日は寝坊。日曜日の予想天気図を見ると余り積極的に山歩きをしたい感じは湧いてこない。
まぁ、ダメモトで行ってみるか。車には山靴とスキーをホッタリ投げた。

光徳入口まで道は乾いていた。光徳の駐車場だけ一部氷化していた。が、全然寒くない。空は黄色っぽいが晴れている。生温かい風が吹いている。どーすっぺ~。
取り敢えず、山靴を履いたが、何故か気が変わりスキー靴に履き換えた。

光徳で除雪は終わりで、最初からシールで歩ける。登山道はやめて林道を歩きだす。すぐに林道が大きく迂回しているので脇の尾根に乗って歩く。
尾根が細い所などは雪消えで山腹を巻いたりしたが、強烈に雪が緩んでおった。まずいね~。しかもスキーがズブズブと潜り、ヒッコ抜くのに手間取ったりした。おとなしく林道を歩けばよかったなぁ。
小ピークがあり僅かな下りがあったが、雪が無い。雪が無いくせに氷化しておる。面倒だがスキーを脱ぐ。石楠花にぶら下がりながら降りた。なんか調子がでん。

一旦林道に出たが、左手の疎林に入り込む。再び林道に出たが、切り開きがありこちらに入る。

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林道ショートカットの切り開き。


再々度、林道に出て少し進むと林道最高地点に着いた。山王峠に向かう。


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山王峠着。


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山王帽子山。


大した展望も得られなかったが、寒くないのでボーッとするのにちょうどよい。足跡は沢山あったが、今日は誰も来そうにない。


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峠から林道に降りて。於呂具羅山。


シールのまま山王帽子山の登山口に向かう。山王帽子山の登山道に入ると、とたんにグズグズの雪となり、スキーが潜り込んだ。異常に雪が緩い。しかも全く締まりが無い。これだけ密林の山なので雪崩の心配は無いと思うが、このクソ雪で密林の中を滑る事はオレには無理だろうな。
何の未練も無く山王帽子山は諦めた。従って敗走と言う気分も湧いてこない。

シールを剥がして、いざ滑降。疎林に入ると、やっぱりスキーが潜ってどうにもならない。ダメだー!
いそいそと林道に戻る。あとは、ただノソノソとスキーに乗っているだけ。


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大真名子山。


タダの1回転もしないで光徳に帰着。


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余りにも早い時間なので、中宮祠・二荒山神社へ行った。


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なにを隠そう、おいらは、一度も表玄関から男体山に登った事が無いのである。従って、二荒山神社も初見参。


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そして、殆ど雪の無い中禅寺湖北岸から霞んだ社山に一瞥をくれた。



帰りの高速は、強風が吹き荒れた。そして世間は真っ黄色に染まった。異常事態かとラジオのスイッチを入れたら、「黄砂の襲来と、気象庁開闢以来の高温」である事が告げられていた。

行った日:2013.3.3
コース:北越谷駅=茨急バス=松伏町・第一保育所(7:05)~中川・豊橋~幸手市・権現堂堤~幸手駅(13:50)


昨日は大風が吹いておったので、おもてに出るのはよした。今日は少しは風が収まるだろうと中川歩きに出かけた。


北越谷駅で「茨急バス・野田市駅行き」のバスに乗った。バス停の前の⑦で飲み物などを仕入れて出発。
今日も冷たい向かい風が吹いているじゃぁないの!松伏町・田島の豊橋より中川に沿う。


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松伏町・大川戸。向かい風キツイ。


あまりの寒さにタオルでほっかむりして、その上から帽子をかぶる。少しイカレタ感じがするかもしれないが、人通りは全くないので、まぁいいか。

少し行くと神社が現れ、スワ、香取神社かと思いきや金杉神社だった。しばらく歩くと、期待通りに香取神社が現れた。
「元荒川以東に香取神社が色濃く分布する」を実感する。


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旧庄和町・庄和。対岸は春日部市・豊野町の清掃工場か。向かい風が断続的に吹き、すでにバテていた。
この辺り、1km以内西方を大落古利根川が並行しているはずである。


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お決まりではあるが、春を感じる。その割には寒すぎる。


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春日部市・藤塚。東武野田線をくぐる。


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春日部市・新川。香取神社。


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国道16号線を渡って。


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現在の中川は、かなり直線化されているように見受けられるが、大昔の名残であろうか。


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杉戸町・大塚。なかなか興味深い庚申塔。

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なるほど。


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幸手市・上宇和田。宇和田公園。今は使われなくなった土手が公園化されている。ここで、菓子パンを食う。


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幸手市・上宇和田。対岸は茨城県五霞町。


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幸手市・上吉羽。なんと中川土手内の3/4を占めて吉羽園という釣り堀があった。緑色の網の向こうで中川が狹っ苦しく流れていた。こういう事もアリですか!


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茨城県五霞町・土与部より幸手市・権現堂を見る。


気が付くと、風は収まっていた。が、またしても足裏が痛い。またまた、水泡ができたな。ゆうべ、古い皮をむしり取ったばかりだと言うのに。
潮時であろう。ここで、本日の歩き留めとしよう。権現堂堤は桜の名所なので、桜の頃にまた来よう。

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