2011年08月

山行日:2011.8.28
目的地:太郎山
コース:山王峠太郎山入り口(7:10)~山王帽子山(7:50)~小太郎(8:30)~(9:50)太郎山(10:20)~山王峠(12:40)


電力使用量制限により、休日は水・木となっていた。これを利用し、メジャー系の山に繰り出そうともくろんでいたのであるが、諸般の事情により再び休日は土・日に戻された。結局、メジャー系は行かず仕舞いで終わった。

それに、天気が悪いワ。メジャー系狙いで組んだ予定をそのままスライドさせるつもりでいたが、どうも天気がパットしない。メジャーは諦めた。何処へ行こうか。なにも浮かんでこないヨ。土壇場で、前回からの続き、太郎山へ行く事にした。ン、太郎山はメジャーか?

中禅寺湖に上がると、青空が広がり、ほぼ快晴。いい感じである。山王峠付近に駐車し、出発。
さっきまで雨が降っていたのか、笹はビチョビチョ。すぐに全身ズブ濡れとなる。なんか、最近よく濡れている。靴もカポカポ。イヤになってしまう。展望の無い道をひたすら歩く。


イメージ 1
山王帽子山に到着。雲が増えたが、まだまだ青空あり。白根山や金精様が見え隠れしている。


イメージ 2
山王帽子山でグズグズ煙草など吹かせていると、雲が押し寄せてきた。あれが太郎山か?随分高いし、遠そうだ。

イメージ 3
山王帽子山を下る。太郎山が益々高く、遠くに見えてくる。

イメージ 4
最低鞍部から上り返す。振り向くと、アララ、山王帽子山が雲に包まれ始めているヨ。

ハガタテの道に合流。ロープで厳しく侵入を防いでいる。一目、すでに藪化しているように見えた。


イメージ 5
こいつは、まだ咲いていた。

イメージ 6
小太郎到着。ガスが・・・。

イメージ 7
一瞬、戦場ヶ原が見えた。

イメージ 8
おお、岩稜だ。以前歩いているのだが、全く記憶無し。

イメージ 9
ムムッ、あれが太郎山か?人の声が聞こえる。

イメージ 10
小太郎の直ぐ先の小ピーク。

イメージ 11
小太郎を振り返る。なんか、雨でも降り出しそうだ。

イメージ 12
おおっ、あれが地図に載っている花の無いお花畑か!全く記憶が甦らない。

イメージ 13
ムムッ、石体か?

イメージ 14
太郎山到着。展望無し。先客お一人。さっきの声の主はもう下山したのだろう。

太郎山で、早めの昼飯を食い、トットと帰る。
帰る前に、寒沢の宿へ下るルートを偵察しなければ。かなりはっきりした踏み跡が2つあった。磁石を向けると、いずれも寒沢の宿へは向いていなかった。う~ム、寒沢の宿への下りは超難しそう。

トントン下る。小太郎で、二人組。途中二人組。単独お一人。山王帽子山で、二人組が休憩中。煙草を吹かせていると、3人組が登ってきた。イワキからの人々だった。震災の話などを聞き、長居になった。
山王帽子山を下り始めると雨が降ってきた。そのまま下る。山王林道に着く頃には、雨は上がっていた。

寒沢の宿へは、どうやって行こう。今年は無理かな。

山行日:2011.8.14~15
目的地:金田峠
コース:8/14湯元(7:30)~金精沢~金精峠下(9:00)~(9:30)金精峠(9:50)~念仏平避難小屋(12:00)  8/15念仏平避難小屋(5:00)~山王尾根入り口(5:20)~2274m峰~2207m峰(7:00)~2193m峰~1971m峰~(11:50)金田峠(12:10)~1949m峰~(13:50)於呂倶羅山(14:30)~山王林道~山王峠(16:00)~光徳牧場(16:40)


三峯五禅頂の日光修験道を知ったのは、山渓アルバインガイド「奥日光・足尾・那須」を読んでからだ。著者の岡田敏夫氏自らネギト沢のコルで、室町時代の石祠を発見した事が掲載されていた。ネットで検索してみると群馬県の山岳会のサイトで、その時の事、その前後の事が詳しくしるされていた。
何故か、三峯五禅頂夏峯ルートに惹かれた。そして、それまであまり行くことの無かった日光の山々に出かけるようになった。夏峯ルートを歩いてみたいと言う欲望が芽生え、ジャブを繰り出すように恐る恐る、隠し山、宿堂坊山、於呂具羅山などに行ったりしてみた。
そんな折、2009年に池田正夫氏の「全踏査 日光修験 三峯五禅頂の道」が出版され、夏峯ルートの全容がようやく判った。ヤジノ沢右岸尾根と金田峠周辺は、おいらの実力では持て余すものがあると感じていた。たそがれオヤジさん曰く「ヤブ天国」との事。
一昨年、ジャブの一環として根名草山に行った折に、山王尾根の入り口を捜してみたが見つからなかった。所が、昨年「su3777m」さんが、山王尾根入り口の標識がある事をブログ上で紹介されていた。
そんな事もあって、自分には荷が重いと思われる本コースを歩いてみる事にした。ただ、鈍足のおいらに皆様のような日帰りはとても無理。念仏平避難小屋に前泊する事にした。

8/14
湯元の駐車場で、出発準備。キャンピングカーが多く停まっている。タクシーが居ないか見廻すが、残念ながら姿形も無い。中曽根コースへ行く広い道を歩き出した。のっけから暑さにヤラれた。直ぐに汗ダクとなる。
涸沢を渡ると道は細く急になる。どうやら金精沢を外れている様子。引き返し、涸れ沢の直ぐ手前のうっとうしい小沢を登る。笹の露に濡れた。
金精道路の橋桁をくぐる。広いゴロゴロの涸れ沢となる。

イメージ 1
金精道路を2回横断。3つ目の橋の先は、堰堤が連続していたので、そこからは金精道路を歩いた。

イメージ 2
金精様は凛々しいねぇ。

トンネル手前で、大休止。暑すぎる。バイクツアーの人々が押し寄せてきた。怖いので、出発。

イメージ 3
金精様を見るのは大好き。でも登ったのは1回だけ。

峠から温泉ヶ岳の道に入ると日蔭になりいくらか涼しい。お一人降りてきた。その後、山王峠まで、ただの一人とも出会わなかった。
温泉ヶ岳はパス。


イメージ 4
明日辿る、尾根が見えてきた。ここから見る限り、平和そうな尾根に見える。

イメージ 5
「su3777m」さんが発見してくれた「山王尾根入り口」の標識を見つける事ができた。枯木の高い位置に打ちつけられていた。温泉ヶ岳方面から来ると見つける事は困難。

イメージ 6
旧念仏平避難小屋の水場。位置的には「旧」の方が好都合なのだが。

イメージ 7
新念仏平避難小屋。1.5階建て。1階は天上が低い。2階は登るのが面倒。一階に陣取った。しかし、誰も来なかった。


イメージ 8
新念仏平避難小屋の水場。歩いて30秒。旧より細い。日照り続きの時は旧で水汲みをしておいた方が良さそうに感じた。

昼飯を食って、ゴロンとする。文庫本を読む。朝の好天がうその様に曇り、涼風が吹き抜ける。
3時頃からバターピーをつまみに酒パックを飲みだした。このマッタリ感が何とも言えないねぇ。
4時半には、晩飯の準備。5時半には寝た。
9時過ぎに轟音で目が覚めた。豪雨が降っていた。あ~ぁ、明日も笹薮でずぶ濡れか・・・。


8/15
3時半起床。月明かりが小屋の窓から射している。小屋の窓から。温泉ヶ岳と男体山。まずまずの天気のようだ。まずは、タバコを一服。コーヒーを飲んだりしているうちに、時間が過ぎていた。

イメージ 9
5時出発。昨晩の豪雨の影響か、山々は濡れていた。晴れているのに、いきなり上下カッパを着用。ザックカバーも。

「山王尾根入り口」にて磁石をセット。いよいよ薮入りだ。ノッケから迷う。2274m峰はすぐ近くと思っていたが、見つからない。やや北方にそれらしき高みが見える。藪を漕ぐ。

イメージ 10
2274m峰付近より。ヤレヤレ。

山王尾根入り口付近に2、3のテープ類を見たが、その後は2193mまで全く無し。ヒト道も無し。時折鹿道が現れ、助かる。直ぐに全身ずぶ濡れ。靴は防水スプレーをしたにもかかわらず、カポカポ。藪は、これまで行った日光の中では最高に激しい。笹、石楠花、針葉樹の幼木。笹は根曲がり竹でないので、背丈を越えても何とかなる。石楠花と針葉樹の幼木のミックスには閉口した。
尾根上を回避したりしながら進んだ。しかし、濡れた笹の片斜面は良く滑る。時折見える地面がなんとも嬉しい。
2207m峰は細長い。端から端へ様子を窺がう。2190m圏の頂きが何とか見えた。磁石をセットし山腹を下る。尾根型が現れホットする。
2190mピークを巻きたいところだが、慎重を期し、ピークへ登った。山頂は2つのピークからなっていた。手前のピークに戻り再び磁石をセット。この時ボールペンを失っていることに気がついた。記憶力の無いおいらの事、以降時間経過は、殆ど不詳。ここは、すぐに尾根型に乗り安心して歩けた。ゲキ藪は変わらない。
2193mは藪には苦しめられたが、ルート上の不安は無かった。高薙ぎ山の登山者が居る事から、以降、少しは踏み跡が現れるのではないかと言う期待があった。

イメージ 11
2193m峰

案の定、下り口にテープが2つ巻いてあった。しめた、ここを下ればよいのだ。しかし、いつまでたっても尾根型は現れなかった。不安になり、辺りを観察した。左手に尾根が見える。あれに違いないと、山腹をトラバース。石楠花藪が厳しかった。しかし、到達した尾根は小尾根で、前方に高々とした山が見える。すぐに高薙山の一角だな、思う。木に登り、辺りを再び観察。遥か右手に平な尾根が見えた。あれが正解か!クソッタレ!再び山腹をトラバース。このトラバースは精神的にもきつかった。沢状を2箇所越えると尾根に出た。目の前に赤テープがあった。助かった。
ホットするも束の間、急斜面でまたまたルートを失った。先ほどと全く同じパターン。左へ外し、右へ戻る。疲れたワイ。
1971mの下りは、慎重を期した。これ以上迷うと今日中に帰れなくなる。気を引き締めて磁石をセット。特段迷いやすい所ではなかった。
いよいよ、金田峠が近づいてきた。傾斜が緩んだ所から、辺りをキョロキョロ。石祠探しだ。

イメージ 12
金田峠に何とか午前中に着いた。でも、遅すぎるワイ。

アセッテ石祠探しを行ったが、見つからない。時間的に随分遅れている。諦めよう。

イメージ 13
足下に刈り込み湖が見える。人里に近づいたような気がした。

1949m峰は急斜面だった。笹が濡れていて滑る。笹を掴みながらの登りとなった。最後の於呂倶羅山の登りは石楠花がうるさかったが、尾根を小さく回避すると思っていたほどの事は無かった。

イメージ 14
於呂倶羅山到着。遅い昼飯を食った。

於呂倶羅山まで来れば、もう大丈夫。と思ったが、とんでもない。濡れた笹の急斜面の下りは恐ろしかった。笹を掴んで何とか下るといった按配。テープ乱立のおかげで下れたようなもの。磁石だけでは何処に降り立っていたことか。時間はかかったが無事山王林道に到着。助かった、との気分が覆う。この下りで水を全て飲み干してしまった。

イメージ 15
山王林道より。ドビン沢の奥の山が怪しく聳えていた。

山王林道をトボトボと歩いた。喉の渇きが耐え難い。再び山道に入り、光徳目指して駆け下る。光徳牧場でアセロラドリンクを一気に飲み干す。外人さんに話しかけられ、相手をしているうちに、最終バスの時間が過ぎてしまった。あ~ぁ。再び車道をトボトボ歩く。

兎に角、夏峯ルートの最難関と思われる区間を歩くことができた。しかし、ツイていた部分があった。終日展望があったことだ。ガスにでも巻かれてしまったらルートミスからの復帰が困難だったかもしれない。少しでも天気がいい日に、と思い、実行日を一日遅らせたのは正解だった。しかし今後、このコースを再び訪れることは無いと思う。おいらにとって、夏峯ルートは厳しかった。

山行日:2011.8.3~8.4
目的地:庚申山、石塔尾根
コース:8/3銀山平(12:50)~一の鳥居(13:40)~七滝~庚申山荘(15:10)
8/4庚申山荘(5:00)~庚申山(6:20)~1745m(7:20)~オロ山(8:00)~沢入山(9:30)~中倉山(10:20)~仁田元沢の林道(11:40)~銅親水公園(12:30)~間藤駅(13:20)

庚申山から石塔尾根を下ろうと思って2年がたってしまった。その間、天候不良を理由に3回程中止している。そろそろ、行っておかなければ。今回も天気予報はパットしないが、ダメ元で行く事にした。

8/3
りょうもう号は小学生の時、衝撃的に現れた。地味色の東武鉄道の中で、ショッキングピンク一色のりょうもう号がおいらの街を走り抜けたとき、小学生の間で話題となった。「オレは見た」「オレの方が先に見た」と。しかし、りょうもう号が現れて40年間、乗った事はなかった。
この度は、りょうもう号に乗ることも楽しみであった。デザインは一新され、スマートな感じになっていた。しかし、インパクトは以前に比べれば遥かに低下している。乗ってしまえば、いやにノロイただの特急列車であった。
相老で渡良瀬渓谷鉄道に乗り換えた。こいつも、ノロイ。一両編成の車両にはオネイチャンのアテンダントが乗り込み華やいでいた。

通洞で下車。食堂を探すが見当たらない。オバチャンに聞くと、少し歩いた所にソバ屋があるという。ソバ屋で冷やしタヌキソバを食った。
駅に戻り、ヒマそうなタクシーに乗った。

銀山平は予報通り、ドンヨリ空。ヤケに蒸し暑い中を歩き始めた。林道はジャブジャブ水が流れていた。すぐに、足が濡れる。
林道が砂利道に変わる所に2台の車があった。ここは、侵入禁止。特権を得てやってきたのだろう。特権の横行する世界はろくな所ではない。

このあたりで、汗ダク状態。気温はさして高くなさそうだが、やたらに蒸す。いつ雨が降ってもおかしくない。

イメージ 1
汗ダクで、一の鳥居着。ポンジュース500mlが、瞬く間に空になった。


イメージ 2
七滝に寄る。但し遊歩道は破壊され、橋桁が転がっていた。

今日の行程は2時間半。楽勝と思っていたが、とんでもない。蒸し暑さに体力が消耗していった。鏡岩など名勝が続くが、それどころでは無い。早く小屋に着きたい。

イメージ 3
庚申山荘に到着。先客無し。

小屋前の階段に腰を下ろし、早速ワンカップとバターピーを頂く。そして、文庫本を読む。

イメージ 4
のどかな時間が過ぎていく。

5時に晩飯。サッポロ一番醤油味+サトウの切り餅、シーチキン、トマトスープでお仕舞い。布団を敷いて、寝るしかない。この後3名が到着。
夜間、小屋のデッキに出ると鹿が2頭、草を食んでいた。そして、豪雨が降ってきた。




8/4
4時起床。外では雨だれの音がする。う~ん。帰ろうか。
デッキに出ると、雨は降っていなかった。昨晩の豪雨が木々から落下する音だった。同宿者もデッキに出てきた。そのうちの一名は先日前白根で会ったオニイチャンだった。無事、錫、日帰り往復ができたとのこと。本日は、皇海山往復だそうだ。がんばりますなぁ。

さて、出発予定時間はすでに過ぎている。どうすんべぇ。曇天、蒸し暑さ。どうも積極的になれないのぉ。とりあえず雨具のズボンだけはいて出発。

険しい道に直ぐにバテル。お山巡りコースなどとんでもない。汗ダクで庚申山を目指す。

イメージ 5
ようやく、遠くが見える所にきた。早く雨が降り出せばいいのに、と思いはじめる。

イメージ 6
何はともあれ、庚申山に着いた。この先に展望地があるようだが、この天気では行っても仕方ないだろう。

さて、ここで。決断せねばならない。帰るか、行くか。秋にでもまた来よう。帰ることにした。
くだり初めてすぐに左手にテープがあった。たそがれオヤジさんが教えてくれた目印だ。ふらふらと目印に誘い込まれるように、薮入りしてしまった。こうなったら行くしかあるまい。磁石をセット、高度計を合わせた。

シラビソの森で全身ずぶぬれとなった。靴もすでにカポカポいっている。ダン広の尾根は嫌だ。磁石にクビッタケ。踏み跡など直ぐに失ったワイ。鹿道を辿る。何かの弾みで高度計を回してしまった。シマッタなぁ。仕方ない。磁石のみに頼る。

イメージ 7
ようやく庚申山を下りきったようだ。ここを1745mと仮定し、高度計を合わせなおす。

オロ山の登り。テープなど全く見かけなかった。部分的に背丈を越える笹となるが、穏やかな性質で、踏めば皆倒れる。ただ、上半身は風呂上り状態。時折、踏み跡様のようなものが現れる。
やや急な斜面が現われ、石楠花が混じる。右に回避するとヒョッコリ、オロ山に到達した。

イメージ 8
オロ山山頂には、「明大ウォーキング'81」があった。'81といえば、おいらが社会人になってすぐのころ。30年で、ようやく明大ウォーキングに追いついた気がした。なんと生長の遅いことよ。

イメージ 9
オロ山山頂から黒檜岳~三股山の尾根が見えかけてきた。天気は良いほうに推移しているようだ。

オロ山山頂には石楠花がやや繁茂。ここも右手に回避。するとはじめてテープを目にした。そして、明確な踏み跡が現れた。踏み跡を辿る。しかし、急な下りで見失う。笹の繁茂を踏み倒し強引に下る。全身スブ濡れだぁ~。

イメージ 10
オロ山を下りきった。ここより、笹は矮小化。踏み跡もさらに鮮明となる。

イメージ 11
沢入山が見えてきた。こっちから見るとそんなに急なんかい!

イメージ 12
仁田元沢の源頭部。美しいねぇ。

イメージ 13
それに引き換え、松木川側は、厳しい表情。この対比が何ともいえんなぁ~。

イメージ 14
沢入山到着。以前来た時は、字が全く消えていた。そう言えば、誰かがマジックで記入したとあったよな。

沢入山まで来れば、もう大した登り返しも無いし、藪も無い。天気も回復傾向に見える。群馬県勢の皆様がアタックしている搭の峰が見える。あれが出川源頭岩峰群か、などと、いちいち感心しながら歩いた。肝心の庚申山、スカイ山は一向に顔を出さない。

イメージ 15
いい感じの石塔尾根。

イメージ 16
半月山と社山が見えてきた。

イメージ 17
岩場に咲く花。徒然さん、名前教えてください。(この前教わった、シモツケが庚申山に群生していました。)

イメージ 18
中倉山が見えてきた。
中倉山にも山名板が設置された。足尾のRR氏がマジックで山名を記した石はなくなっていた。誰も来ないので、ズボンを下ろし下半身を乾かした。たいして、乾かなかった。
ここで、大休止。なっちゃんリンゴ味が飲み干された。残るは、水筒の水1L。
13時30分には間藤に着きたい。予定想定時間より30分遅れている。

1499.5mで磁石と高度計をセットし直す。ハイトスさんのように最後まで石塔尾根を辿る事はできないので、南下する。1240m付近からは尾根を離れ、テープに導かれ仁田元沢に向かって南東へ下った。上久保沢の少し上流で仁田元沢の林道に下りついた。滑滝のように水の流れる林道を下る。コンクリートの林道はヌメリを帯び、足が滑る。クソッタレ!電車に間に合わなくなるヨォ~。


イメージ 19
水道橋から。鹿が2頭仁田元沢を渡った。



間藤に急がなければ。炎天下の車道をひたすら歩いた。


イメージ 20
中倉山を振り返る。ハイトスさんはあそこから登ったのか。スゴイねぇ。

イメージ 21
振り返ってみれば、今日一日楽しかった。



間藤駅は晴れていた。駅で、ずぶぬれの下着を取り替えた。美人車掌は、おいらが何故ずぶ濡れなのか、わからなかったろう。足の裏がフヤケテ痛い。

山行のきっかけを頂いていた、たそがれオヤジさんにお礼を申し上げます。

↑このページのトップヘ