2010年08月

前回、聞き及んだ茨城県南部の方言

・ジハシリ   手伝い
・デゴジャレ  いいかげん
・チクラッポ  でたらめ
・ノデ     荒っぽく
・ジッコ    婿をもらった人
・カッタデル  かき回す
・ジャンボ   葬式
・ジャンボ廻り 左廻り
・ノガッポイ  かゆい
・ドブグサレ  汗まみれ
・フルメタ   ふるえた
・オサマル   疲れる
・セワヤケル  =イジャケル
・マトマル   まともに ちゃんと
・シャラカス  どかす


新たに聞き及んだ茨城県南部の方言
・ザッカジ
・チョ(-)ロク
・カシキ
・オッペス
・チョドテロ

なかなか味がある。

前回聞き及んだ茨城県南部の方言。

・ヒネコピタ    老けた
・パタグレル    壊れた      このパタグレやろーめが。
・ウックレル    壊れる
・ブックレル    壊れる
・サシコム     夢中になる    こいつめ、サシコミやがって
・ハッコム     夢中になる
・カッツァグ    騒ぐ
・ワゲシ      若い衆
・ゲーロメチキショ カエル
・ネゴメチキショ  猫


その後、聞き及んだ茨城県南部の方言。


・ジハシリ
・デゴジャレ
・チクラッポ
・ノデ
・ジッコ
・カッタデル
・ジャンボ
・ジャンボ廻り
・ノガッポイ
・ドブグサレ
・フルメタ
・オサマル
・セワヤケル
・マトマル
・シャラカス

県北、はたまた他県で通じるのだろうか?それにしてもジャンボには驚いた。アフリカか!

山行日:2010.8.22
目的地:寒沢の宿、太郎山
コース:新薙コース登山口(7:30)~1900mヤブ入り(8:10)~登山道に引き返す~1880mヤブ入り(9:00)~水の流れれる沢~白い河原~周辺徘徊~敗走~1920m登山道(11:45)~新薙登山口(12:15)


多くの方々が行かれている寒沢の宿に行き、そこから新薙の北側の薙に沿って太郎山に登る事を計画した。


新薙登山口を見つけるのに、右往左往した。林道を2往復してしまった。結局数台停まっていたガレた沢のすぐ先に登山口の標識があった。初めからケチがついていたのだ。
おいらの他に2組3人が出発した。
寒沢の宿は小真名子山と太郎山の鞍部1879m付近にある。チラチラとネット情報を見ていると、多くの人は新薙登山道を寒沢の宿と同じ高度まで登り、トラバース気味に達しているようだ。おいらもそれに習い、1800m付近より右側を注意深く観察しながら歩いた。
コース入り口の候補は3箇所あった。


イメージ 1
1900m付近の目印。

まずは1900m付近の3本テープの先にある薄い踏み跡を辿った。しばらくすると踏み跡を逃し密林となった。これはかなわんと思い、登山道に復帰した。
登山道を少し降り、1880mの踏み跡を辿ることにした。

イメージ 2
1800m付近の目印。

ここに入るとかなりしっかりした踏み跡があり、境界見出しの赤いプレートが散見された。また木には赤いペンキが小刻みに塗られていた。磁石の方向もほぼいい感じ。これに従い歩いた。

イメージ 3
一度小沢に下る。僅かに水が流れていた。

対岸に登り直し、進む。
小尾根上を北側に登り、まずいなと思った頃、右に降る踏み跡を見つける。これを辿る。この頃、赤いペンキは見失う。

イメージ 4
やがて、白い河原に出た。水の流れは無い。沢筋の奥に太郎山が見えた。

高度計は、1880mを指していた。
河原を対岸に渡ると、やや平坦な密林となる。磁石を定め進むと小さな赤いテープが2つ続けざまに見つかった。近いのではと思ったが、寒沢の宿は現れなかった。少々不安になり一旦白い河原に戻る。なかなか戻れない。マズイなと思った頃ようやく河原に復帰。
河原を上下してみると、太郎山と小真名子山を直線的に結ぶ位置に居ることがわかった。寒沢の宿は近いはずだ。磁石をセットし直し、白い河原の左岸台地を降った。するとかなりはっきりした踏み跡とピンクテープを見つけた。辺りを探し回るが見つからない。一升ビンやビールビンが落ちている。近いはずだ。
しかし、見つからない。
ヌメリのある倒木に足を滑らした。とっさに目の前の木を掴んだ。手のひらに痛みを感じる。見ると手のひらから血が吹き出した。出血部を抑えた後、水筒の水で洗い流した。リュックの雨蓋の奥にクシャクシャのバンドエイドが一枚あった。これを貼る。バンドエイドがみるみる赤くなる。右手の親指で出血部を再び抑えた。しばらくすると、出血はおさまったようだ。
なおも、捜すが見つからない。歩き廻っていると、今度は右足が腐った木のウロの様な所にはまった。股まで落ちた。その時したたかにスネを打ち付けた。足は腐った木屑にまみれた。最早ここまで。撤退を決意する。
白い河原にはなかなか戻れなかった。大分下の方で河原に降り立ち、河原を登った。行き過ぎ、また戻る。ようやく、元の位置に復帰。この河原の左岸を登れば太郎山に登れるような気がしたが、その意欲はすっかり失せていた。
退路とて見つからず、磁石でトラバース。往路では目にしなかった急峻な崖を上り下り。谷の底で大真名子山を確認。さっきまで小真名子山と思っていたのは、実は大真名子山だということが、この時わかった。あ~ぁ。これじゃぁどうしようもないね。自分にあきれる。

手を樹液でベトベトにしながら密林を掻き分ける。赤土の小沢と思ったら登山道だった。標高1920m
で登山道に復帰。落ち込みながら駐車地点に戻る。


イメージ 5
あの、タワミ近くに行きたかったのだよ。

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野に咲く花も、今回ばかりは気休めにならなかった。


当分、寒沢の宿探しはよしておこう。
充電期間が必要。
次回は、たそがれオヤジさん・他のネット情報をカンニングし、頭に叩き込んでからにしよう。
いつになることやら・・・。トホホ・・・。

結構多くの所に住んだので、各地の方言を聞いてきた。

語尾で驚いたのは、大分。
チッとかチャが使われていた。うる星やつらが実在していたのだ。


口癖的方言もある。
茨城県石岡市。
「カマンメー」と「イジャケル」は一日に10回は聞いたような気がする。

岡山県倉敷市。
「オエンノー」は一日10回
「ボッケーノー」「ボレーノー」「ボッコ~」も各10回。

これらの言葉のニュアンスは毎日聞いているので何となく判ってくる。
挨拶的、相槌的要素も大いにあるような気がする。


会話の中で困った事も時には起こる。
大分市。
ぶなじろう「スパナとメガネ貸してくれる。」
Eさん  「後でナオシテおいてね。」
ぶなじろう「今直さないと。」
Eさん  「・・・・。」
   (大分でナオスは、かたずける。)

倉敷市。
Oさん   「ぶなじろうさん、原料がミテました。」
ぶなじろう「満ちた?原料が溢れたのかい?」
Oさん  「いえ、ミテました。」
ぶなじろう「・・・?」
   (倉敷でミテタは、無くなった。)


ところで、最近茨城県南部のオバサマとの会話で、オバサマに意味不明の単語を連発され往生した。
・ヒネコピタ
・パタグレル
・ウックレル
・ブックレル
・サシコム
・ハッコム
・カッツァグ
・ワゲシ
・ゲーロメチキショ
・ネゴメチキショ
いちいち、単語の意味を聞きながらお話した。
でも、楽しい会話であった。
茨城方言の保存を希求するもである。

山行日:2010.8.16
目的地:根名草山
コース:金精峠下(7:00)~金精峠(7:30)~温泉が岳分岐(8:20)~温泉が岳(8:30)~旧念仏平避難小屋(9:30)~新念仏平避難小屋(9:40)~(10:20)根名草山(10:40)~(11:20)新念仏平避難小屋(11:40)~金精峠(12:40)~金精峠下(13:10)

今年も、お盆休みに錫ヶ岳を計画したが、天候不良を理由に中止した。もうそろそろ強行的に行かないと行かず仕舞いになりそうな雰囲気が漂い始めた。
お盆休み最終日、根名草山に大量に買い込んだ食糧の一部を背負って出かけてみた。

根名草山行きはトイレの便座で座りながらようやく思いついた。とりあえず、行っておこう。

根名草山は何年か前に実行する段取りができていた。日光沢温泉に予約を入れたが、旅館のオッサンが、大雪が降ったので、金精峠から来るのは無理と云って来た。どうしても行くと言ったら、電車とバスではなおさら無理と一喝されたのだ。

今回は、夏山でマイカー利用。天気予報は晴れに変わっていたので全く問題なし。但し、マイカーなので日光沢には抜けられない。

朝靄の中イロハ坂を登ると天気は上々。金精トンネル直前の駐車地に車を停めた。オサッンと若者が出発した。おいらも少し間をおいて出発。いきなりの木段で5分ともたずバテる。段差が大きすぎる。それだけ急傾斜と云うことか。薙ぎの押し出しにより登山道が埋まったのか、新しい道に行くように指示板がある。最後は固定ザイルに掴まって登る。菅沼側から登った方がはるかに楽だった。

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峠の登りより金精様。


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またまた、金精様。峠へはここからやや下り気味に行く。


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さらに金精様。温泉が岳の登りより。金精様が好きなのだ。


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金精様と白根山。このあたりまで、天気は良かった。


温泉が岳分岐の標識で、温泉が岳に向かう。笹が道を覆っている。下半身ずぶ濡れとなる。


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温泉が岳山頂の池。いや、水溜り。


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温泉が岳山頂より根名草山方面。平たい頂の後ろにチョコンと頭を出しているのが根名草山。


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表日光連山は、すでに霞みはじめた。

山頂には、
平成21年9月吉祥日
熊野修験道
の木の札が置かれていた。

この木の札は、日光山中でよく見かける。
細尾峠付近・女峰山、そして温泉が岳。夏峯復活か?


温泉が岳は昨年の残雪期に訪れていた。雪の温泉が岳山行を教えてくれたのは、おいらがブログを始めた頃いつも暖かいコメントを寄せてくれた「蓼の湖」さんだった。「蓼の湖」さんのブログは突然更新されなくなった。なにかあったのか。少々心配している。お元気ならばそれでよいのだが。

そんな、思いを抱きながら、先へ進む。温泉が岳北側の平坦地は小さいながら草原の気持ちの良い場所だった。傾斜の緩い尾根道を呑気に歩いた。


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そして、金田峠へ繋がる尾根が見えた。

金田峠に繋がる尾根の入り口を捜しながら歩いたが見つからなかった。大谷川流域の尾根筋で、おいらが最も恐れている区間だ。いつかは、この尾根を辿ってみたいのだが・・・。


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ほんの少しの下りではあったが、沢型に水が流れていた。尾根から離れていないのに不思議だ。

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水場から1分とかからず旧念仏平避難小屋跡に出た。惜しいなぁ。絶好の位置にあったのに。

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旧避難小屋から約10分で新念仏平避難小屋に着く。備え付けのノートを見ると、本日黒岩山経由で鳩待峠へ向かった人がいた。

去年、丹後山避難小屋のノートにはやはり平が岳経由で鳩待峠を目指す事が書かれていた。みんな凄いねぇ~。そして、山は繋がっているんだねぇ~。

時計を見ると随分時間が経っている。夕方野暮用があるので14時には駐車地点に戻りたかった。呑気に歩きすぎたワイ。ここより、スピードアップに努める。緩やかな登り下りで、鈍足のおいらでも何とかなった。

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根名草山到着。昭文社のコースタイム通り。これは、悲しむべき事実でありました。

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根名草山山頂の少し手前の笹の丘より日光の山々を見る。怪しげな雲が湧いている。手前の低く横長の尾根は難山高薙山か。群馬側は、もう少し明るかった。

一服後、往路を戻る。道々気になっていたのだが、キノコがやたらに多い。キノコに関して全く無知。食えるものなら採ってみるのだが。

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キノコ①

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キノコ②

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キノコ③

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キノコ④

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キノコ⑤

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キノコ⑥

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キノコ⑦

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キノコ⑧ 左はシメジぽくて食ってみたい。右のヤツは食いたくない。

道を急ぎ、おっかなびっくり金精峠を下る。次回は菅沼から上がろうと決意する。


とうとう、お盆休みの山もショボクなってしまった。根名草山がショボイという訳ではなく、山行形態や規模のこと。来年は、気持ちを改めなければ・・・。(この気持ち、来年まで覚えているのかねぇ~。)

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