2009年11月

山行日:2000年頃


先々週の水曜日。いきなり右ひざが痛くなった。ひざの裏側を中心に全体が痛い。

週末には痛みは大分おさまった。

先週の日曜日、早朝、リュックを背負い駅に向かう。
駅に着く前に再び、ひざに痛みをおぼえた。
三つドッケ。自宅最寄駅前で敗走。またしても珍記録を樹立。

今週も、山はお休み。



そんな訳で、過去に毎週のように行っていた氷ノ山を紹介させてください。


①波賀町コース
   ヤマメ茶屋~夏山コース~35番標識~二の丸~氷ノ山
           ~積雪期コース~35番標識 


国道29号線から少し入ったところに出発点のヤマメ茶屋がある。茶屋の爺さんは少々頑固だ。茶屋前には決して駐車しないこと。
ここからスキーに乗り長い林道を行く。
林道T字路左が夏山コース。右が積雪期コース。どちらからでも行ける。積雪期コースの林道が尾根を巻き、尾根の突端の直前で緩斜面に取り付く。すぐに尾根上に出る。やがてスキーツアー標識が現れる。35番標識あたりで夏山コースと合流する。美しいブナ林だ。



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35番標識を過ぎると徐々に森から林へと変わってくる。


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林が切れれば赤い二の丸避難小屋が見えてくる。これが、なかなか近づかない。


二の丸避難小屋では、若桜氷ノ山スキー場からのルートを合わせる。4月になれば、こちらから大勢のスキーヤーが押し寄せる。
二の丸では、帰りの方角・木の位置などを良く確かめておく。広大な斜面でルート・方向を見失いがちだから。戸倉に帰る人は少ないし。

二の丸からは、いくつかのピークを巻きながら、最後の一のぼりで氷ノ山山頂に着く。

山頂の避難小屋で一休み後、滑降に移る。大屋川源頭部に喝采を叫び滑る。右に小岩が見えたら、この下を絡む様に滑り、ブナの森に入る。シールを着け、斜登行で二の丸に戻る。二の丸から方角を定め、大雪原を下る。左手に16番標識を見つければ安心だ。夏山コースを下る場合は35番標識を見逃してはならない。冬コースは尾根どうしにブナ林を下る。この後、長い林道下りだ。4月に入っていれば、何回かスキーを脱がなければならない。

ヤマメ茶屋で、ヤマメ定食を食ってから帰途に着く。ヤマメの刺身は絶品だ。茶屋を出る頃にはいつも日が暮れていた。

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赤:登り 
青:スキー滑降

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②大屋町コース
   横行渓谷上流除雪地点~林道~大段平~大屋町避難小屋~神大ヒュッテ~千本杉~氷ノ山


大屋町コースは横行渓谷の林道の除雪地点により、かかる時間が大幅に異なる。なので、真冬はよしたほうがよいかもしれない。4月中旬までは、快適に滑れるので春スキーに向いているかもしれない。
但し、おいらが氷ノ山に行っていた時期、おいらともう一人のオッサンしかこのコースに入っていなかった。オッサンもおいらもこのコースが大好きで、3月中旬から4月中旬まで、毎週このコースで出会っていた。
おいらが、岡山を去ることが決まった時、オッサンの滑降姿を写真にとった。翌週写真を渡そうとしたが、その日に限りオッサンは姿を見せなかった。おそらく雪の多い扇の山に転戦したのだろう。毎週会って言葉を交わしていたが、名前さえ知らなかったのだ。

横行川の林道除雪終了地点からスキーを履き登る。林道T字路を右に。大段平から尾根に乗り氷ノ山を目指す。一旦尾根形が無くなつたところで、右手に白い急斜面が見える。この斜面の左手木の生えた所を登る(危ないので)。登り切ると大屋町の立派な避難小屋が見える。顕著な尾根を登ると神戸大学ヒュッテ。
ここを真っ直ぐ登り杉林を越えると氷ノ山山頂だ。

4月の第一日曜日は凄い数の登山者がやってくる。足元は、ツボ、ワカン、スノーシュー、ステップソールスキー、ショートスキー、ゲレンデスキー、山スキー、テレマークスキー、スノーボードなど。ありとあらゆる足元が揃うのである。
これらの人々の8割りが若桜氷ノ山スキー場から、1割りが氷ノ山スキー場から、残りは戸倉方面から来ていると思われる。そして、2名が大屋町から。

大屋町コースの滑降は快適そのものだ。千本杉~神大ヒュッテ~大屋町避難小屋~白い斜面まで至福の滑りが楽しめる。林道でスキーを脱ぐことも無い。

春の日にまことにのどかにスキーを楽しめるコースだった。

山行日:2009.11.15
目的地:子の権現
コース:飯能駅(7:15)~能仁寺~天覧山(8:00)~多峯主山(8:40)~天覚山(11:00)~大岩~大高山(13:00)~前坂(敗走13:45)~吾野駅(14:20)

前日、14日の土曜日は菓子王君と大岳山に行く約束であったが、あまりにも天気が悪そうなので中止となった。変わりに、本日いつも通り、単独での山行となった。
場所は、奥武蔵第二列目の山。飯能駅から子の権現を目指した。行程は10時間を越えるが何とかなるべぇー。


先週の火曜日に本屋から書籍が到着したと連絡があった。
「全踏査 日光修験 三峯五禅頂の道」池田正夫著 随想社刊 4700円
である。
当ブログにも時折訪問してくださるアキ爺さんのブログで出版が紹介されていた。
10月26日発刊。
すぐに、書店に申し込んだ。
通勤電車の中で、冬峯、春峯、夏峯と読み進み、残すは秋峯のみ。
飯能に向かう電車の中で読みふけった。

著者は、三峯五禅頂のルートを6巡したという。まさかこんな御仁がいらっしゃったとは、驚きを禁じ得ない。
内容は期待にたがわぬ、いや期待以上のものだった。古文書の要旨と踏査の記録が併記されており臨場感あふれるものだった。
判らない単語、センテンスも多いが、今後何度も読み直すことになるだろう。




飯能駅には多くのハイカーが降りたつた。
おいらは、能仁寺に向かった。

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能仁寺は美しく紅葉していた。


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能仁寺から天覧山への道が見つからなかった。地元の人と見受けられる方に道を教わった。


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天覧山からの展望。富士山が美しい。予定していた大岳山、御前山もよく見える。


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天覧山直下の紅葉。紅葉はこの後無し。全て杉林。


多峯主山に向かうが、道の工事で迂回路へ回る。

緩い下りで足を滑らせた。つま先が目線の位置で見えた。背中から地面に叩きつけられた。見事な足払いだった。これまでの人生で最も見事な転倒だった。空中での浮遊感が忘れられない。杉林で表土は全く無く、踏み固められた関東ローム層がむき出していた。前日の雨で粘土化した関東ローム層は水分をたっぷりと吸い込んでいたのだ。さらに、おいらの2980円の登山靴もどきの靴底には、すでに溝は無くツルツルの状態だったのだ。


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途中の尾根上にある不思議な雨乞い池。


地図に無い道がやたらと多いが、標識類は少ない。大回りした感じで、多峯主山に到着。
展望はすこぶるよい。西側の丹沢、奥多摩方面がよく見える。
山頂からの道がたくさんある。地元の人とオボシキ方に天覚山へのルートを聞き、出発。

小さな頭峰を数限りなく越える。やがて、西武鉄道が開発を諦めたと思われる造成地を右に見ながら下る。車道に飛び出した。自宅から名栗川周辺に車で来る時に使っている道だった。
昭文社の地図では正面に登山道があるはずだったが、実際はだいぶ右手に歩いた所にルートがあつた。


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ルートは住宅街のすぐ脇を通っている。ここからは、昨年歩いた奥武蔵第一列目の南端部分が見えた。

左手からスコーン、スコーンと心地よい音が響き渡る。人々の笑い声が聞こえてくる。今度はゴルフ場の脇だった。湿った杉林の間から緑の芝生と美しく紅葉した樹木が見えた。

数知れない頭峰を越える。そういえば、ここは多峯主山の一角だった。多峯主山は全国に多くある。修験の山に多い山名のような気がする。京都東山三十六峰というが、ここも負けてはいない。
嫌気がさす頃、天覚山に着いた。ここも西側の見晴らしがよい。ベンチもあるので昼飯とした。

天覚山を少し下ると、右手に平坦地が見えたので立ち寄ってみた。


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両峯神社跡の石碑があった。

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平坦地は二段になっており、かなり広い。背後に岩壁がある。やはり、修験の山か。


尾根に戻り、進む。いくつもの頭峰を越える。杉林ばかりで気力も萎え気味。




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「大岩」 修験の道には自然の大石が信仰の対象となる。ムムッ。


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そして、ついに石祠が現れた。やっぱり。


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石祠から僅かで大高山に到着。ここも展望良し。

大高山のすぐ下で、再び石祠が。

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明治41年9月奉納。 願主 武田某。

ここからも呆れるほどの頭峰を越えた。車道を横切り、少し登ると前坂に着いた。昭文社の登山地図では、大高山~前坂0:20となっていたが、おいらは0:40もかかつてしまった。道を間違えたかと思ったほどだ。
この先、子の権現経由吾野駅まで4時間を要する。着くのは5時頃だ。杉林だらけの道をいくつもの頭峰を越えていくのはつらい。今日はここまでとしよう。竹寺に回ることも考えたが、次の機会にとっておこう。諦めの早いのが、おいらの取得。今日はここから吾野駅にくだろう。

下り始めると、あっという間に駅に着いた。山の高さは400m台なのだから当たり前だ。でも疲れた。とてもお気軽ハイキングコースではなかったのだ。GPS持参の方に、累積標高差を計ってもらいたいものだ。
ちなみに、おいらの疲労度式センサーは累積標高差1000mを軽く越えていた。


駅前の売店でビールを飲み、車中の人となる。もちろん、「全踏査 日光修験 三峯五禅頂の道」をむさぼり読んだ。
家に着く頃には残り数ページとなっていた。

山行日:2009.11.8
目的地:日光白根山
コース:菅沼(7:45)~白根山(10:30)~菅沼(13:50)

先週、通勤電車から日光の山々が白く見えた。ネット情報でもかなり雪が降った様子がうかがえた。
だから、日光白根山に行ってみよう。


湯元の駐車場から、中曽根の尾根が白く見えた。時間も遅くなってしまったので、菅沼に回ろう。
金精峠を越え、菅沼に着くと7:30。だいぶ遅れをとってしまった。駐車スペースには7~8台の車があった。ようやく閑散期に入ったようだ。


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今年初めての雪道。



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登るに従い、僅かに雪が増えたようだ。




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また、少しだけ。


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弥陀が池に着くと日光白根山が正面に。思ったほどの雪では無い。


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とは言え、弥陀が池は半分凍っていた。


一服しようと、胸のポケットまさぐるがタバコが無い。ズボンのポケットにも。天気同様、気持ちはどんよりとした。いや、怒りに近い。

かつて、双六池でタバコを忘れたことに気付き、5日の予定を2日で下山したことがある。おいらは、病気なのだ。

イライラしながら、最後の急坂を登る。雪が凍り気味で恐る恐る登る。


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菅沼と燧ケ岳が見えてきた。北の方は天気が良さそうだ。燧、会駒に雪が少ないのは意外だった。


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山頂到着。気温1℃。皇海山とその奥に袈裟丸連山が。v字の切れ込みはは八反張りのコルか?


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今年の最大の目標だった錫が岳。もう今年は無理かもしれない。


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五色沼は凍っていないようだ。


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表日光の山々。


山頂には他にお一人。非難小屋からの坂にも雪があり、結構厳しかったそうだ。
今日はこのまま、おとなしく来た道を帰ろう。一刻も早くタバコにありつきたいし。


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下り始め。至仏山には雪がある。


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あの岩峰の間を下るのだ。


ルンゼ状を恐る恐る下る。アイゼンを持ってくればよかった。登山者が次々に登ってくる。小石を落としてしまった。すいません。


弥陀が池から、五色山に回ろうと思っていたが、タバコ吸いたさに負け、直接菅沼に下る。
少しだけ緩んだ雪を踏み、一目散に下った。

車のドアを開け、タバコを手にする。あわてて吸ったが、大してうまい物でもない。
あ~ぁ、とため息をつき帰途に着いた。


日光の渋滞は中禅寺湖の大鳥居だけだつた。市内は混んでいるようだが、日光・宇都宮有料道路に乗りさっさと帰宅。

山行日:2009.11.1
目的地:瑠璃殿から滝が原峠の尾根
コース:東武日光駅(8:30)~瑠璃殿(8:55)~鉄塔(9:25)~869m峰(9:45)~897m峰(10:05)~化星の宿(10:20)~合峰(10:50)~(11:05)鳴虫山(11:40)~合峰(11:50)~969m峰(12:40)~滝が原峠(13:10)~やしおの湯~化け地蔵~神橋~東武日光駅(15:00)


鳴虫山に登るのに、6月に偵察を行った。世の中広しと雖も、鳴虫山登山でわざわざ偵察を行った者は少ないだろう。おいらはやはり変人の部類に入るのかもしれない。

偵察の結果、鳴虫山の取り付き点の候補は、

1.瑠璃殿脇
2.日光市総合庁舎裏の戊辰戦争関連のお墓
3.日光金谷ホテル裏庭

の三つ。

三峰五禅頂の正規ルートは金谷ホテル裏のようだ。
その後、ネット情報を収集していると、瑠璃殿脇からのルートが面白そうに思えた。イノシシの古い石像に興味を引かれたのだ。
なので、瑠璃殿基点で鳴虫山に登ることにした。

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青線:今日歩いたコース。


東武鉄道快速日光行きに乗り、日光駅に着いたのは8:30頃。バス停に向かうハイカーを横目にとぼとぼと歩き出す。

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瑠璃殿。このヤシロの謂われは知らない。日光市総合庁舎の少し手前にある。

右手の細いふみ跡に取り付く。杉の枝打ちで小道は覆われている。急坂を登ると、すぐに目的のイノシシ像に出会えた。


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すばらしいイノシシ像。苔むした感じがなんとも言えず神々しい。

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神々しいのに、ユーモラス。

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他にもいくつかの石像があつた。

早くもハイライトが現れ、鼻息を荒くして登る。この先何があるのだろう。期待感が高まる。

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日光の社寺が見下ろせる。だいぶ登ったようだ。

869m峰手前の急斜面で多量の倒木に出くわした。周りを観察し、右手の尾根に回りこんだ。鹿道があり、簡単に尾根を移ることができた。しかし、ここから869m峰までは物凄い急登となった。木の根、枝を掴み、なんとか登り切る。
ここからは、細い尾根となり、迷うようなことは無かった。小さな登り、下りを繰り返し、897m峰かなと思ったとき、前方に標識が見えた。銭沢不動尊→への標識だった。その方向を見ると、藪の中に赤/黄の目印が乱打されていた。
ここを下ると、小広い平坦地となつた。左前方に石祠が見えた。

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化星の宿だった。

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石仏でも乗っていたのだろうか。

ここからやや登りとなる。尾根上を行く。道は消えては現れ、現れては消える。ただ、尾根をはずさなければ問題ない。深い藪も無く歩きよい。
やがて、トンでもない急坂となる。恐らく50°はあろうか?と思われる。幸いトラロープが張られていた。それでもヒーコラ言って登る。このようなところが二箇所。これを通過するとやや藪が深くなり、傾斜が緩む。目の前に「入っちゃいけませんよ」のロープが現れた。
ロープをくぐると合峰だつた。ついに一般登山道に出た。

合峰にも石祠があつた。
歩きやすい、登山道を鳴虫山に向かった。


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盛りを過ぎた紅葉を見ながら進む。

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鳴虫山到着。山頂からの女峰山。


山頂には何組かいらっしゃる。
予定より少々遅れている。今日は、15時過ぎから雷雨の予報。急いでで昼飯を食う。

一旦、合峰に戻る。合峰南の小峰のほんのさらに南に、「入っちゃいけませんよ」的ロープが張ってあり、これを目印に入っちゃった。

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ロープの先には、こんな看板も。ここが、滝が原峠へのルートだ。

コンパス、高度計をあわせ、尾根を下る。踏み跡はかすかにある。
急坂を下り、傾斜が緩むと、二重山稜となった。右の山稜におびただしい数テープがあった。右の山稜をゆるく下ると、左の山稜はいつしか谷に消滅していた。

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^平坦地にでると、ここにも石の何かがあつた。この先にも石祠が一つ。

笹薮がきつくなるが、何故か踏み跡が明瞭となる。登りとなり、やがてT字路となった。左右から踏み跡が続いている。地図を見て勘を働かせ左へ行くとピークに出た。高度計は990mを示していた。回りにここより高いピークは無い。三角点を探したが見つからなかった。しかし、ここは969m峰と確信した。気圧が下がっているのだろう。高度計の数値は参考にしかならない。磁石を合わせて下ると、紅白のテープが現れた。踏み跡もかすかにある。
尾根が細くなると、再びT字路に出た。最後の分岐だろう。ここを左の小尾根に入った。すぐに右下に舗装道が見えた。滝が原峠直上まで行くと法面で下れなくなると思い、ここから強引に舗装道に下った。滝が原峠から約100m位の所に降り立った。

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唐松の紅葉を見ながら車道を下る。

長い車道歩きに辟易した頃、やしおの湯に着いた。バス停に行くと多くの人が居た。なんでも12時のバスがまだ来ていないんだそうな。今は13:30。車から降り、温泉に入ろうとしていた人に聞くと、国道は大渋滞だそうだ。
バスを諦め、憾満ヶ淵に向かう。

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紅葉は日光の町で最盛期。


化け地蔵を過ぎ、


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ようやく、神橋に。

四本龍寺に立ち寄ろうかと思ったが、あまりの人の多さに呆れ、そのまま日光駅に向かった。
駅のベンチでビールを飲み、特急券を購入し帰途に着いた。

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