行った日;2016.8.6


山で、ヌメッた橋が渡れないと言う情けない状況で、仕方なく「秩父神社」、「埼玉県立川の博物館」に寄ってみたものの、なんの満足感も得られず。


小川町で蕎麦でも食って帰りましょうと、車を走らせている途中で、嵐山町の「杉山城」を思い出した。



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おおっ、以前はこんな案内は無かった。



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杉山城大手口。ここに立派なパンフレットが置いてあった。



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パンフレット。


パンフレット・・・・。
杉山城は、鎌倉街道を見下ろす丘陵の尾根上におよそ10の郭を配置した縄張りとなっています。
高度な築城技術により、「築城の教科書」「戦国期城郭の最高傑作」という評価がされてきました。

これまで、高度な築城技術から、「後北条氏の城」として認識されていましたが、嵐山町では平成14年~18年度にかけて学術発掘調査を実施しました。その結果、城跡の年代が15世紀末から16世紀前半であり、後北条氏の時代ではなく、それ以前の山内上杉氏により造られた城であったことがわかりました。



なるほど。
嵐山町によると、「杉山城問題」は解決したということか!



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やっぱりこの城跡はスゲーなぁ。


近世城郭ファンは別として、城跡好きにとっは必見ですなぁ~。


ようやくにして、満足感を得て、帰途に着いた。