山行日:2016.3.21
目的地;難台山城
コース:羽梨山神社(7:40)~すずらん登山口(長沢地区)~すずらん群生地~470m圏主稜線~難台山~難台山城跡~駒場地区~羽梨神社(12:00)



セとナさんの所属する山の会の皆様が、難台山城跡の道標を設置してくれたとの記事を拝見し、再び難台山城に行ってみる事にした。前回は、お役所が設置してくれていた案内板をたよりに藪を漕いでみたのだが、城跡らしき形跡は見いだせなかったのだ。
今回は、足の状態が思わしくないため、館岸城は割愛した。



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出発地の式内社羽梨山神社。


「雨が降り出しませんように」
と言った塩梅の天気。



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県道を西進。道々に花が咲く。



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なんとか、天気は持ちそうだ。


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大きな案内板があった。ここが、すずらん登山口であった。


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道は、舗装道。


広い谷に舗装道が伸びる。両サイドには、放棄された段々畑か棚田の跡のようなものが続く。やがて砂利道となる。クシャミを連発しながら歩く。だ~れも居ない山にクシャミがコダマする。

沢から離れて、尾根を絡むように進むと、



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すずらん群生地に着いた。今は咲いていない。5月中旬らしい。


すずらん群生地には、電気柵が巡らされていた。対象は獣なのか人間なのか?人間ならば、悲しいのぉ~。
そう言えば、浦山の花園も大分荒れてきたとの風聞がある。


ここから、結構な斜面となる。ヒーヒー言って主稜線に出た。


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主稜線に設置の道標。なにせ、この山、道が多いので、こう言った道標は助かります。


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主稜線470m圏から、雨巻山、高峯、仏頂山の連なり。


ここからは、少しは登山者がいます。


もう一ガンバリで、


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難台山山頂に着いた。どんより空の向こうに筑波山~足尾山~加波山の連なり。


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難台山山頂から東側に、太平洋が見えた気がした。


アンパンを食って出発。

山頂から主尾根をチョットだけ歩くと、「難台山城跡→」があり、ここを下る。


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ここも結構な急斜。ロープをつかんで下る。刈り払いの跡もありました。有難いこってす!


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おおっ、新設の難台山城跡の道標だぁ~。


道を外れて、「城址内通路」に入り込む。


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ムムッ・・・。この岩は、昨年見ておるゾ!


しかし、昨年よりも踏み跡が明瞭化しているではないか。踏み跡に沿って下ると、


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おおっ、ここか!地元山岳会の皆様ありがとうございます。昨年は、ここまで下には来なかったよな。


上の案内に従い、さらに下ると、



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確かに、段切り跡と思われる斜面が。


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ここにも・・。


写真では判りにくいが、確かに段切り跡と思われる斜面が3段ほどあった。そして、狭いながらも削平した平場があった。もう少しあるのでは無いかと、さらに下る。ムムッ・・・、イバラ藪だわサ!ここで諦めた。右手にあるはずの登山道に復帰すべく山腹を下るも、登山道らしきものは無し。仕方ない登り直そう。山岳会の案内まで戻り、登山道に復帰した。


難台山城は、南北朝時代に南朝方の勢力として小田五郎、小山若犬丸らが立てこもり足利勢力と対抗したとの事。真壁氏の支援を受けていたが、佐竹氏が真壁からの補給路を遮断した事により破れたと。


帰り道は、複雑怪奇であるが、


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こう言った、新設の案内表示により、


無事、駒場の里に下り着く事ができた。


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駒場地区にて。



なんにしても、地元山岳会の皆様による案内標識、刈り払いにより、難台山城跡が発見でき、難解なルートをスッキリと下る事ができた。感謝申し上げます。


駒場地区をブラブラ歩いていると、青空が見えてきた。余りにも美しい風景に、あっちこっち歩き廻り、予定時間を超過して羽梨山神社に帰着した。