山行日;2014.10.11~12
目的地:阿寺山
コース:10/11 八海山ロープウェイ山上(10:30)~女人堂(11:30)~千本檜小屋(12:15泊)
10/12 千本檜小屋(6:40)~迂回路~大日岳基部(7:20)~入道岳(7:50)~五竜岳(8;45)~神生池(9:40)~阿寺山(10:20)~蛇バミ沢(12:30)~竜神碑(13:15)~広堀登山口(14:15)~山口バス停(14:50)=バス=八海山ロープウェイ
目的地:阿寺山
コース:10/11 八海山ロープウェイ山上(10:30)~女人堂(11:30)~千本檜小屋(12:15泊)
10/12 千本檜小屋(6:40)~迂回路~大日岳基部(7:20)~入道岳(7:50)~五竜岳(8;45)~神生池(9:40)~阿寺山(10:20)~蛇バミ沢(12:30)~竜神碑(13:15)~広堀登山口(14:15)~山口バス停(14:50)=バス=八海山ロープウェイ
=急告=
10/11に千本檜小屋に同宿された女性2人組の方へ。
私は、阿寺山コースを推奨致しました。
本日、同コースを歩いたところ、蛇バミ沢に降り立った所から広堀登山口の間の登山ルートが非常に不明瞭になっていました。初心者だけでの通行は道迷いの危険があると思いました。阿寺山コースの推奨を取り消すとともに、軽率な言動を反省しております。
10/11に千本檜小屋に同宿された女性2人組の方へ。
私は、阿寺山コースを推奨致しました。
本日、同コースを歩いたところ、蛇バミ沢に降り立った所から広堀登山口の間の登山ルートが非常に不明瞭になっていました。初心者だけでの通行は道迷いの危険があると思いました。阿寺山コースの推奨を取り消すとともに、軽率な言動を反省しております。
たぶん20年ぶりくらいで阿寺山に向かった。20年前の記憶では、池塘の点在する美しい所。歩くのに不自由した記憶はなかった。
そんな、訳で、夕食時隣り合わせた女性二人に阿寺山を推奨してしまった。実際歩いてみて、下部の沢沿いに道らしきものが少なく、道標も乏しく、間延びした赤テープを追わなければならない所が多かった。さらに、勘を働かせる必要もあった。
20年の間に、道型が失せたのか?記憶が定かでない。女性二人組には申し訳ない事をしてしまった。
そんな、訳で、夕食時隣り合わせた女性二人に阿寺山を推奨してしまった。実際歩いてみて、下部の沢沿いに道らしきものが少なく、道標も乏しく、間延びした赤テープを追わなければならない所が多かった。さらに、勘を働かせる必要もあった。
20年の間に、道型が失せたのか?記憶が定かでない。女性二人組には申し訳ない事をしてしまった。
10/11
朝寝坊と渋滞で、現地到着が大幅に遅れた。急遽コースを反対廻りに変更するとともにロープウェイを利用する事にした。
朝寝坊と渋滞で、現地到着が大幅に遅れた。急遽コースを反対廻りに変更するとともにロープウェイを利用する事にした。

紅葉は熟していた。
この上の鎖場で、肩痛がひどく苦戦してしまった。

とは、言え、12時過ぎに千本檜小屋に着いてしまった。
やる事も無く、ピールを飲んでから、辺りをうろついた。
千本檜小屋のロケーションはすばらしい。
眼前に越駒がドーンと見え、小屋裏からは巻機山が同じくドーンと見える。
眼前に越駒がドーンと見え、小屋裏からは巻機山が同じくドーンと見える。
かなり昔に何回か泊まった事がある。当時、秋の小屋じまいは早く10月初旬には閉めていたと思う。期間外開放部屋にも2回ほどお世話になっている。現在は、もう少し営業しているようだ。
盛り切りのカレーを食って、すぐに寝た。
10/12
昨日は一番で小屋に入っていたので、日の出が見える窓際に陣取っていた。
昨日は一番で小屋に入っていたので、日の出が見える窓際に陣取っていた。

越駒の肩から日が登った。小屋の窓から。
朝飯を食って出発。
前日の鎖場での肩痛では、とても八ッ峰の通過は無理。迂回路を行った。迂回路も斜面が常に左側にあるので、痛い左腕を使わなければならず、涙目は収まらなかった。

屏風道の尾根。現在こちらは、下り禁止となっていた。

入道岳手前より。
入道岳からは妙高・火打、白馬、上越国境の連嶺、上州武尊、日光白根、尾瀬燧、浅草、守門などなどが見えた。その他未踏の越後の山々が数限りなく見えた。
入道岳付近からは刈り払いがされていた。刈られた草木は膨大な量であった。刈られた根曲がり竹に足を滑らせて転倒。こらえきれずに泣いた。

五竜岳より阿寺山。奥に巻機山。
五竜岳付近から天嶮・オカメ覗きを見て、あそこには絶対行きたくない、とあらためて思った次第である。

五竜岳より、少しづつ標高を下げて。

お目当ての神生池。神生池と入道岳。
この先、次々に池塘が現れる。

中ノ岳。

池塘の先に阿寺山。
この付近、湿原に土足で上がり込む感じ。木道など無いが、特に荒れた様子は無い。それだけ人の訪れが少ないのか?とりあえず、入道岳の先からは人っ子一人いない。
阿寺山の山頂標識は阿寺山鞍部にあった。僅かな距離で山頂が見える。昭文社1995年度版には黒い点線で山頂への道記号がしるされているが、そのような道型は全く見えなかった。凄まじい灌木藪が目の前に広がるだけだった。
阿寺山からの下りは歩きにくい。刈り払いの草木がゴロゴロ石の上に残置されている。文句は言うまい。刈り払いして頂いた方に申し訳ない。次いでテリテリの赤土と続いた。下りの苦手な俺は閉口した。
やがてブナ林となり、蛇バミ沢に降り立った。石に赤ペンキがあった。しばらく沢筋を下る。見えずらいテープに導かれ右岸の小道に入った。再び河原歩きとなる。道型は無し。時折赤テープ。なんとか竜神碑に辿り着いた。道もある。もう大丈夫と思ったが、再び河原に出る。
砂防堰堤(日光などで床固と銘板に書かれているタイプ)が現れる。左岸から簡単に通過できるのだが、ここでルートを失った。堰堤の所にテープはあるのだが、その先に何も無し。道型も無し。ど~すんベ~。歩けるのは、砂防堰堤から下流側に繋がるコンクリート製の護岸の上だけ。仕方ない、取り敢えず護岸の上を行ってみよう。
砂防堰堤(日光などで床固と銘板に書かれているタイプ)が現れる。左岸から簡単に通過できるのだが、ここでルートを失った。堰堤の所にテープはあるのだが、その先に何も無し。道型も無し。ど~すんベ~。歩けるのは、砂防堰堤から下流側に繋がるコンクリート製の護岸の上だけ。仕方ない、取り敢えず護岸の上を行ってみよう。
やがて護岸が尽きて、左岸から沢が流れ込んでいる。その沢の上になにやら壊れかけたコンクリート製の何かが架かっている。辺りを歩き廻って、古いテープを発見。えーっ、こんな所を通るノ!といった感じで、壊れたコンクリート塊の脇から水流を渡って・・・。などと、とても一般コースとは思えない状態で、最後に赤テープの所で河原から這い上がると林道に出た。林道を下りはじめて、すぐに「五竜岳・広堀登山口」の標柱があり、そこから河原の方へ草深い踏み跡が続いていた。
ああっ、気軽に阿寺山などを紹介してしまって、しまったなぁ~。
後悔しつつ、山口のバス停に向かった。
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