行った日:2013.6.30
コース:JR京葉線塩浜駅(7:20)~市川大橋・江戸川(7:50)~道迷い~江戸川河口付近~市川大橋(8:20)~東京メトロ東西線(8:40)~江戸川大橋(9:10)~JR総武線(9:50)~里見公園・探索(10:30)~北総線(11:10)~新葛飾橋(11:30)~葛西神社~ラーメン屋~半田神社~上葛飾橋(13:20)~つくばTXゅ14:00)~JR武蔵野線三郷駅(14:30)


山に行くか迷っていたが、午後から北関東は雨と言う予報であきらめた。
川歩きにでかけよう。

今日から江戸川を歩くのだ。

江戸川を調べてみると、江戸時代以前は太日川(ふといかわ)と呼ばれていたそうだ。現在は利根川水系であるが、当時は利根川とは繋がっておらず現在の渡良瀬川と思川が源流であった。即ち安蘇山塊全域と足尾の山々の水が流れていたというわけだ。


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市川大橋。市川塩浜駅より国道357号線を歩いて江戸川に達する。ん、江戸川放水路とある。まぁいいか・・・。

高架の国道からなかなか江戸川に出られん。あっちこっち歩いて、ようやく江戸川に出て、一旦海の方に向かう。


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市川市高谷新町。江戸川河口付近。道に迷っているうちに、海の方は晴れてきた。


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少し戻るとこんな標識が。この後、250m毎にず~っと建っていた。


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土手はサイクリングロードとなっており、多くの自転車愛好家が走っていた。ジョギングの人も多い。釣り人も多い。徒歩ラーは少ない。



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市川市稲荷木(とうかぎ)江戸川大橋付近より振り返る。左江戸川(放水路)、右旧江戸川。


市川関所跡を過ぎ、京成線をくぐる。
高校生の時、江戸川沿いに春日部から京成線まで走らされた事を思い出す。


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市川市市川。京成線をくぐると国府台の台地が見え始めた。本日のお目当てである。

国府台には「里見公園」が南北2箇所にあり、どこかに国府台城跡があるはずである。
高貴な香りが漂う女子大の手前に南側の里見公園があるはずである。

行ってみると、森の中で中国の人々がなにやら拳法の練習をしていた。その先で少年野球が賑やかに行われていた。
一旦、台地を下る。


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江戸川は国府台の台地を削るように流れている。


北側の里見公園に行った。

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市川市国府台。里見公園北側。

里見公園は花が綺麗に咲いていた。城跡はなかなか見つからなかった。

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あった、あった!でもこれだけ。素人目には、遺構などは判らなかった。解説板もやや内容に不満が残った。

解説板には、築城は太田道灌との関連が書かれていた。対岸の東京都江戸川区・葛飾区には岩槻街道なる道があり、中川に通じる。中川は旧利根川と旧荒川であるので、元荒川沿いにある岩槻城=太田氏の関連を連想してしまうのだが、いかがなものか?(後で調べよ~っと)


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今日のメインデッシュ国府台を振り返る。少し食い足らないかったなぁ~。

江戸時代より前は、中川以東が下総国。力をつけた里見氏と新勢力の北条氏、それに旧勢力の関東管領上杉氏・足利公方などなどが関与して国府台合戦が勃発したようだが、複雑すぎて頭の中にはいっこうに沈殿してこないのである。



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矢切りの渡し付近を通過。



新葛飾橋を渡り、東京側へ移動。


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葛飾区東金町。葛西神社へ寄り道。


腹が減ったので、旧水戸街道へ出て、ラーメン屋に入る。

少し先に半田稲荷がある。ここは、足利公方との関係があるらしい。



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葛飾橋を通過。対岸の松戸市。


河川敷には野球場が続く。子供も大人も真剣にやっている。しばし、野球観戦。



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真っ直ぐな土手。暑くなってきた。歩く事に辟易してきた。

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三郷市新和。ノドの乾きが耐えられん。


土手下に降り、自販機を捜しながら車道を歩くも見つからず。再び土手に上がり少し歩くと下に自販機が見えた。


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遠くにJR武蔵野線が見えた。暑くてどうしようもない。


もう少し歩くつもりであったが、暑さにやられあえなくダウン。JR武蔵野線三郷駅で本日の歩き留め。海からたったの27kmであった。